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∞26勉強26∞

『え~、本日もいつも通り、授業を進めていきたいと思います』


 手と手を離すと同タイミングで、勉強室の電子黒板前にマイクを持って現れたメガネの年寄りが、オレたち全員に向かって声を上げていた。


 オレは、咄嗟に机の下に置いてあるルーズリーフとシャープペンシルを取り出し、緊張の面持ちで授業体制を構える。今まで授業を受けたことがない以上、どのようにして授業が始まるのか注意して見ておかなくてはいけない。


『では、お手元の青いボタンを、初めての方は赤いボタンを押してください』


 続いて言い放たれた年寄りの言葉に、オレは疑問を抱いた。


 青いボタン? 赤いボタン? オレは多分初めてだから赤いボタンを押すべきだと思うのだが、お手元と言われても、それがどこにあるのかが分からない。机上にあるのかとも思ったが、あるのはオレの置いたルーズリーフとシャープペンシルだけ。至ってボタン的なものは存在していなかった。


 しばらく悩ましげにボタンの位置を探していると、右隣に座っているシャマに肩を叩かれた。


「どうしたの?」


「いや、あのおっさんの言う、ボタンってのはどこにあんのかな~って?」


「あ、初めてだもんね。それならそこにあるわよ」


 そう言って、オレの脇下辺りを指差すシャマ。指の差す方向に目を向けると、案の定赤いボタンは見つかった。どうやら机の横、オレの左手側に位置していたようだ。


「おお、サンキューな」


 礼を言ったあと、赤いボタンを指で押すオレ。途端に目の前の机から、青く透明な小型の電子黒板が現れ、驚きに椅子から転倒しそうになった。


 電子黒板、光で形作られた黒板。光なので触っても通り抜けてしまうだけだが、隣の女の子の前に映し出されている電子黒板の内容と、シャマの内容が一致していない以上、それぞれにあった勉強をこの電子黒板が行っていることになるんだろう。


 なんて便利な機械なんだと思いながら、オレはオレ自身の目の前に現れた電子黒板を見る。そこには《あなたは初めて授業を受ける人ですか?[はい/いいえ]》という文字が映し出されていた。これにどう答えていいのか、とりあえず恥かしさを堪えながら電子黒板に向かってシャープペンシルの先を[はい]の方に近づけてみると、見事に電子黒板をシャープペンシルが通り抜けていった。


「何やってんの?」


 不思議そうな目でオレを見るシャマ。その目線に、オレはついつい頬を赤くしてしまった。こういう分からない時に起こしてしまう行動、珍行動ちんこうどうだが、人前でこんな恥さらしをするのはなんというか、今すぐこの場から逃げ出したい気分だ。


「いや、こういうのって、どこを押せばいいんだ?」


 こめかみを掻きながらシャマに訊くと、シャマはオレの持っているルーズリーフに指を差し、口を開いた。


「あんたの持ってるルーズリーフに書くのよ。ほら、あたしの見てわかんない?」


 そう言って、見せてくれたシャマのルーズリーフには、綺麗に書かれた文字が沢山あった。


「ルーズリーフに文字を書けば、電子黒板がそれを察知して、回答を認識してくれるの。どうしてそんなことが可能なのって思うかもしんないけど、それはあたしに聞いても皆無だからね」


 ルーズリーフを元の場所に置き、再び勉強に熱中するシャマ。彼女のおかげで使い方を理解したオレは、そっと頭を下げたあと電子黒板に面と向かう。そこには、先ほどと同じ文が映し出されていた。


《あなたは初めて授業を受ける人ですか?[はい/いいえ]》


 もちろん、この質問には[はい]を選択するのが妥当だ。オレは、ルーズリーフにシャープペンシルの先を添え、横線の一番上に[はい]と小さく書いた。


 すると、電子黒板に映し出されていた[はい]という文字に赤丸が添えられ、文字全体が次の文字へと変化した。


《それでは、まずはじめにあなたの知力、学力をコンピューターに認識させるため、実力診断テストを行いたいと思います。》


《それでは、問題文に従って、お手元のルーズリーフに解答をお書きください。》


《回答はルーズリーフのどこに書かれても認識できますので、お好きな所にお書きください。》


 自動で次々に出てくる文字を読んだあと、オレは目を細めて戦闘しっぴつ態勢へと入った。


《では、問題一――光がある物質から別の物質に斜めに進むとき、境界面で光の方向が変わる現象を何と言うでしょうか?》


 ……光か? それならオレは答えることができる。というかレベルが低すぎないか? いくら不幸者だってこれくらいの問題、楽勝の二文字で済むだろ。


 オレは、即座にルーズリーフへと書き込んだ。


[光の屈折]


 書き終わると同時に、その問題が消え、次の問題が映し出された。


 答え合わせはしないのか後でするのか、まずは問題を解けということらしいな。


《問題二――空気中に存在する二酸化炭素。この二酸化炭素の元素記号を答えなさい。》


 なんと、先ほど女の子の問いに出た問題が、二問目にして出てきたようだ。この答えは一度書いて認識済みだ。


 オレは、ルーズリーフに[CO2]と書き入れ、次なる問題が出るなり文を読んだ。


《問題三――国名、タイ。その首都はバンコクであるが、その国の通貨名はなんといったものだろうか?》


 問題三を読んで、オレの指が止まった。タイ民からしたら自国の通貨を答えるなど容易いと思うが、公園で孤独に暮らしていたオレが他国の通貨までわかるはずがない。ただでさえ日本の円で苦戦していたというのに……このままでは問題を間違えてバツ印を付けられかねない。それはオレを奈落の底へ突き落とす並に大変なことだ。真面目に答えてバツが付けられるほど苦しいことはないからな。


 そう思ったが、オレは一つのアイデアを頭に浮かばせた。


 真面目に答えてバツを付けられるくらいなら、いっそのことふざけて書くのはどうだろうか? そうすれば、例え間違ったとしてもメンタルを傷つけることなく問題を終了できる。


 ルーズリーフに、バツをさらにふざけたように、バーツと書く事を決心したオレは、シャープペンシルを強く握りしめてその文字を書いた。


[バーツ]


 別に誰が見るでもないのにむきになるオレ。仕方ない。学校というのが初めてな分、問題を解くのも初めてなんだから、少しは解答にもこだわる。一般人と比べると、間違えたくないという気持ちは誰よりも強いと思う。


 ルーズリーフに書いた解答を認識した電子黒板からは問題が消え、次の言葉が映し出され始めた。


《以上で、実力診断テストを終わります。授業内容は後日までに処理をさせていただきますので、授業が終わるまであなたの答えた問題の答え合わせをしていて下さい。》


 どうやら三問で実力テストは終わりらしく、オレが出した回答と、答えが映し出された。


《問題一――あなたの解答[光の屈折]解答[光の屈折] 正解 》


《問題二――あなたの解答[CO2]  解答[CO2]  正解 》


《問題三――あなたの解答[バーツ] 解答[バーツ]  正解 》


「……」


 全問正解。どうやらふざけて書いたバーツが当たったようだ。本来ならまぐれでも嬉しがるところだが、正直ふざけて書いた解答が当たるのはなんだか癪に障る。


 とりあえず全問正解で答え合わせの必要が無くなったオレは、しばらく勉強室を見渡した。


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