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∞25シャマ25∞

 はりきり、リウに渡された紙を見る。そこには《F段・東→二》と書かれていた。


 F段とは、多分六つ目の、最後尾の机ということだろう。残りの東→二は、東側の端から二番目。オレの予想ではこんなところかな。


 紙をポケットの中にしまい、小さな階段を上るオレ。もう既に沢山の老若男女ごちゃ混ぜに来ており、まるで大学のようだった。


 階段を上り終えると、オレはすかさず東側に歩き出し、端から――というか、そこら辺はほぼ空席――二番目の席を割り出し、椅子を引いて座り込む。


 なんだろうか? 東側の端には一人、自習か予習か真面目な女の子が居るが、オレの周りには他二つ飛ばし以降人が集まってはいなかった。机の人と人の間隔には何も置かれておらず、テストではないがためか、他人の行動を拝見できるようになっていた。なので、オレの隣にいる女の子の白紙の紙に書いている内容が見て取れる。


《問題一―三十六、空気上にある二酸化炭素、その元素記号を書きなさい。》


 どうやら理科の問題のようだ。こういうのって、本来は中学一年生頃に習うものじゃなかったか? 学校に通っていなかったので何とも言えないが、この答え、オレにも分かるぞ。問題の解答を書くのも面倒臭く、頭の中で記号を思い浮かべる。


 二酸化炭素――元素記号CO2――。


 常識だ。学校にも行っていないオレがわかるくらいなんだからな。といっても、実は公園で捨てられた教科書をひたすら読んで覚えていただけなんだがな。

次に、オレは気になっていた女の子の解答を覗き見た。この島には不幸者しかいない。という事は、イコール皆頭がよろしい方ではない。ということだ。つまり、今オレの隣にいる女の子の解答は――


 二酸化炭素――元素記号NSKTS・・・・・――。


 ああ、やっぱり。というか予想の斜め上を超えていた解答だった。どうしてこんな記号になったのかは想像がつく。おそらく、二酸化炭素――NSKTS(二酸化炭素)と、ローマ字に置き換えたんだろう。多少省略しているようだが。しかし、このまま間違いを覚えてもらっては困る。人とはあまり接さないオレにとって初めて会う人との会話は極力控えたいが、この島に住み着く以上、交流関係を大事にしていかなくてはならない。なので、オレは隣の女の子の肩を叩いて口を開いた。


「あ、そのな、そこの答え、NSKTSじゃなくて、CO2な」


 問題一―三十六を指差しながら言うオレ。すると、間違いに気づいた女の子は、消しゴムで自分の解答を消したあと、オレの言ったCO2を書き、頭を下げて「ありがとう」と、控えめな声で言ってくれた。


 うむ、この子、まだ見た目から言って小学校高学年といったところかな。こんなに若くしてこの島に来るとは、何か触れてはならない事情でもあったのだろうか?


 人の傷を抉るわけではないが、なんとなくそんなことを思ってしまった。


「へぇ~、あんた頭いいのね」


 突然、今度はオレが肩を軽く叩かれ、即座に後ろを振り返る。


 そこには、オレと――リウと同じくらいの年齢をした、ショートの赤毛に、スラリとした顔。強気のエメラルドルリーンの瞳が印象的な少女が立っていた。


「お、おう……オレか?」


「あんた以外に誰がいんのよ」


 自分に向けて指差すオレを見たあと、ピンクの柄が入った白の半袖シャツに、短い灰色のファスナーの付いた薄い服を上着に着込み、茶色のベルトと短パンに下半身を包んだ、スポーツ系の少女が、右隣に座り込んだ。


「そこがあんたの席なのか?」


「そうよ? それより、あんた見ない顔ね」


 席に座り、机の下から教材を――教材は机の下にあるようだ――取り出した少女が、強気の目を細め、オレの顔を覗き見る。


「ああ、最近ここに連れてこられたからな」


 そう言うと、少女は「ふ~ん」と唸ったあと、顔を前に向け直して手に持った教材を広げ始めた。


「ああ、自己紹介をしてなかったわね」


 教材を広げたかと思ったら、回る丸椅子を四十五度回転させ、全身をオレに向けた少女が礼儀正しく口を開けた。


「あたしの名前はシャマよ。半年前からここにいるから、私の分かることだったらなんでも答えるわ」


 少し焼けた腕、脚の肌を露出しながら、シャマと名乗る少女がにっこりと笑う。それにつられて、何故かオレの口元まで緩み出しそうになり、慌てて歯を食いしばった。食いしばる理由は至って簡単。ここで意味もなく笑ってしまえば、オレは彼女の名前を馬鹿にしている、そんな風に見られるかもしれないからだ。人の自己紹介を笑いながら聞くなんて言語道断。死刑ものだからな。


 と、相手が名乗って自分が名乗らないのはいささか不本意というものだ。なので、オレも丸椅子を百三十五度回転させ――途中で小さな女の子に間違った回答を教え――シャマと面と向かった。


「オレの名前は、本来はちょっと言い難い名前がある――」


「ストップ!」


 こめかみを掻きながら、クローンについてなどを長ったらしく説明しようとしていたオレの口元を人差し指で押さえつけ、オレの口を止めたシャマ。


「この島には、一人一人悩みを抱えた人たちが沢山いる。ただでさえ不幸者の集まりなのに、他人の不幸まで考えられるほど自分の精神状態が正常な人間なんてあんまいないのよ。だから、ここでの辛い経験話はNGエヌジー! いいわね?」


「あ、ああ」


 ほっそりとした人差し指が口元から放され、オレは分かったと首を上下に振る。


 確かに、この島に来るということは、何らかの辛い人生を送ってきたからだ。それは人それぞれ違い、多彩な思い出が残っている。そこに他人の不幸な思い出が入ることによって、その人のメンタルが崩れ落ちることに繋がるかもしれない。それは愚の骨頂というものだ。


 オレは、「すまん」と一言謝った後、もう一度自分の名前を答えた。


「オレの名前は羅玖珠ライ。よろしくな」


 右手を出すオレ。それを見て、シャマも同様に右手を出し、オレたちは共に握手を交わした。お初の人と握手するのは緊張するが、年齢層が一緒のためか友達感覚が保たれていた。


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