∞24草食系クローン24∞
朝食、オレがこの断行の島に来て二度目の食事だ。昨日は自身の胃袋のことを考えず、無造作に食を持ってきたせいで、残飯が増えてしまった。しかし、今日はそうはいかない。既にオレの食べきれる範囲が確定している中、丸いカウンター席に運ぶべき食事の量は――
「……懲りないの? それともわざと残飯をだそうとしてるの?」
オレの持ってきた食事を見て呆れるリウ。無理もない。なんたって今日の朝食の量は、昨日と似たような、ワカメと昆布の味噌汁、白米(大盛り)、野菜炒めに唐揚げと、ともに三倍の量を持ってきているのだから。
「……もはやネタね」
「いや、ネタで大事な食材を無駄にするはずがないだろう?」
「……ネタじゃ、ないんだ」
当たり前だ。食料で苦しみを味わったオレが、何故食料を使ってネタなんぞをやらなければいけない? それはまるで神からもらった随一のチャンスを自ら葬り去るようなものと一緒じゃないか。そんなこと、例え金持ちにやれと言われてもできやしない。
オレは眉間にシワを寄せたまま固まっているリウに目も呉れず、目の前にある食事を見つめる。
さて、最初はどれから食べようか? 野菜炒めもいいが、初めというのには合わないだろう。ということは、ここは日本が誇る白米から! と、箸を右手に沢山の白米を掴み、大きく口を開けて頬張る。して、オレは食べるのを断念した。
「すまん、残りは子豚ちゃんにでも与えてくれ……」
そう言って、オレはカウンター席に頭を張り付けてへばった。どうやら一日ではオレの胃袋が正常になることはなかったらしい。怪我をしていた足が直ぐ治ったのに対し、胃袋は治りが遅い。これ以上大きくなることはないのだろうか?
へばっているオレを、冷めた目で見るリウ。どうでもいいが、どうしてオレは食べられるかもあやふやな状態で、こんなに沢山の量を持ってきたんだ? ネタなのか? 食材を使ってオレはネタを……?
「くっ、こうなったら腹が壊れるほどガッツリ残りも食ってやるぜ!」
カウンター席に張り付けられた頭を上げ、一人でに食い荒らし始める。味噌汁、白米、野菜炒め、唐揚げ。その一つ一つがオレの口の中にどっさりと流れ込み――
三十分後――オレは全てを食い尽くすことに成功していた。
「あ――……食った食った。今までにない食後の苦しみ感を今オレは味わってるぜ」
背もたれに背を任せながら、膨らんだ腹を両手で摩る。今までは腹の減りで苦しんでいたオレだが、こんなに苦しくなるまで食べ切ったのは初めてだ。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
オレが食べ終えたのを見るなり、突然立ち上がったリウに思わず声をかけてしまうオレ。
「おいおい、どこへ行こうってんだ? そんなに焦らなくても……」
「ダメ。この島でも、他国と同様『勉強』というものがあるの。まだ冴え時の子が勉学に励むのは当たり前。もちろん、私たちも勉強をしないといけないの」
勉強? いわゆる学校的なものだろうか? 確かに、いくら不幸な者たちの集まる島だからって、勉学をせず生きていけるとは想像もつかない。不幸者は不幸者らしく、それなりの勉強をしないと生きることができないんだ。
「つまり、オレたちも幸せな奴ら同等に、勉強ができるのか?」
嬉しそうに声を上げるオレ。毎日のように学校に通っている奴らには到底わからないことだと思うが、学校というのは不幸な者にとって一番行きたいところであり、唯一の憧れでもあるのだ。だから、学校へ行った事の無いオレにとって、それは素晴らしく耳寄りな情報なんだ。
しかし……オレは自身の一つの欠点を見つけた。学校に通うには、全員が揃った制服を着込む必要があるのだ。征服ではない、制服だ。それをオレは現在用いていない。これでは学校へ通う手段が無いのだ。そうリウに伝えたところ、何を思ったのか、オレに向かって首をかしげながら口を開いた。
「制服は別にいらないよ? あくまでも勉強をするための勉強室というのは、このセントパル塔の中にあって、どんな時でも好きな時に勉学に励むことができるの。だから、そんな勉強の時だけに使うような制服は無いの」
それを聞いて、オレは目を見開いて驚いた。制服はいらない。つまり私服でよろしいということだ。服を仕入れていないオレにとっては詰問といったところだが、今着ている薄着のシャツと、トレーニング用の長ズボンさえあれば十分だろう。あくまでもオレは勉学に勤しむのだ。私服を気にしている暇はない。
「なるほどな。で、それはいつ行われるんだ?」
オレの言うそれ、というのはもちろん勉強室で行われる勉強のことである。
「そうね、今が七時二十五分だから、あと五分くらいかな?」
ひらひらのピンク色の短いスカートからスマートフォンを取り出したリウは、正確な時間を言ったあと、勉強室での勉強が始まる予定の時間帯も声に出して言っていた。
というか、あと五分? それはもの凄くやばいのではないだろうか? 勉強室がどこの階かは知らないが、食堂であるここはというと一階。勉強室が三階以上であると、今から全力で走っても間に合うかどうかあやふやだ。
オレが焦るような表情を見せていると、落ち着きっぱなしのリウが、オレにおいでおいでと手を振りながら食堂を後にしようとするので、腹のヘコんだオレはそそくさとリウの跡をついていった。
「なあ、時間は大丈夫なのか?」
リウの横に並び、時間に心配するオレ。だが、至ってリウは焦る表情などひとつも見せていなかった。
「大丈夫。なんたって勉強室は食堂と一緒で一階にあるんだもの。遅れないよ」
なるほど。勉強室は一階なのか。通りでリウが急がないわけだ。
オレの隣を歩くリウは、腰まで長いピンクの髪と短いスカートを揺らしながら歩いている。昨日も言っていた通り、本当にこれがリウの私服スタイルのようだ。顕になった鎖骨と腕、そして脚が目についてしまう。なんというか、この姿でベッドに寝転がると、スカートの下に履いている下着が目に見えてしまうのではないだろうか? それはそれで主として情けないと思えるが、礼儀の正しそうなリウにそんなことが起こることは無いだろう。
オレはしばらく隣から香るシャンプーの香りを心地よく嗅きながら、三十メートル横に位置した大きな扉の中に入った。して、そこに映るは絶景でもある広い空間。まるで協会にも似た感じの風景に、オレは脅かされていた。
「すげぇなおい……もしかしてここが勉強室ってやつなのか?」
長い、半の円周を描く机が六つ。前には大きな電子黒板があり、時代が近代化と進んでいる。田舎暮らしだったオレにとって、この設備は万全すぎて理解に苦しむ。
「見た目通り勉強室だよ? とりあえず、席は指定されているからこの番号に座って?」
そう言って、リウはポケットから取り出した小さな紙をオレへと手渡した。それをオレが受け取ると、リウは「私は前だから、先に座ってるね」と言って六つの机のうち一番前の席に歩いて行った。
急いでないように見えたが、時間も時間でオレの場所まで連れていく余裕などなかったのだろう。
「やれやれ、まあ、初めての授業、受けてみますか!」




