∞20三階20∞
「お待たせ」
結果、白米一粒で根を上げてしまったオレが丸机に頭を付けていると、真上から見知った声――というより、見知った声と言っても、オレが知るのは執事のファーブルの声と、リウの声なんだがな――が聞こえてきたので顔を上げた。
「おお、おかえり」
オレの目の前には、初めて会ったときのような、しかし色違いのひらひらの付いたキャミソールを着込んだリウが立っていた。ストレートに伸ばされた腰まで長いピンクの艶やかな髪。白い肌。キャミソールは今朝の黒色とは違い、正反対の白に身をまとっている。若干黒っぽい線が錯覚的に入っているようにも見えないでもないが、基調は白である。さらに短いスカートもピンクから黒に変わっており、その姿はなんというか……
「お前、このあとデートの用事でもあんのか?」
ボッチで腐った青春を横臥したオレだけかもしれないが、その姿はまさに彼へのアピール。恋人と出かける服装の気がしたのだ。
オレの言葉に、リウが自身の服装へと首を下に向けて一目する。そして両手を背に向け、オレに向き直ったあと口を開いた。
「ないよ? それにこれは私のお気に入り。何もない日はこういったものをいつも着てるよ?」
いつも……だったのか。道理で今朝も着込んでいたのか。しかし、ルックスのせいでもあるのか、リウにはキャミソールがお似合いであり、まさに可愛いの一言に尽きていた。
「でも、そう思ってくれるのはなんだか嬉しい。……ところで、このあとはどうする?」
笑顔を見せていたと思ったら、急に話を変え始めたリウ。どこといっても、オレはこれ以上このセントパル塔の中については知らない。それにどうやらオレの足にも限界の二文字がきたようだ。今更ながらに若干な痛みを感じる。流石にこれ以上の案内は詰問だな。
そう思ったオレは席から立ち上がり、まるっきり人が入ってこない食堂を見回したあとリウに口を開いた。
「今日はそろそろお開きにしようぜ? 流石に足がもたなくなってきた」
怪我をした足を上げて揺らしながらリウに言うと、責任を感じたのか、眉を八の字にして黙り込むものだから、オレは即急に機嫌をとるべき対処した。
「いや、お前のせいじゃねぇよ。それに、案内に同行したのはオレ自身だ。ほら、揺らしても痛くないだろ?」
痛い。揺らしすぎるとものすごく足が痛い。
「だから心配するな、こんなことで心配されると逆にオレの心が不満に満ちて枯れちまうぜ」
足の痛みに耐えながらリウを慰める。すると曖昧ながらも分かってくれたのか、ひとつ頷いたあと、スカートのポケットからピンク色のスマートフォンを取り出し、何やらどこかに電話をかけ始めた。
「……もしもし?」
『あ、もしもし、お嬢様ですね』
電話の相手の声が何故か聴こえる。ずっと外で暮らしていたからだろうか? 野生の本能ってものなのかは知らないが、オレは聴力が良いみたいだ。
さらに黙って話の内容を盗み聴くオレ。相手側の声、それに第一声がお嬢様。これは間違いなく執事のファーブルだろう。年寄り風の声がよく聞こえる。
「そろそろ準備は出来た?」
『はい。既に片付けて万事な状態です』
「じゃあ今から行くけど、ファーブルはそこにいる?」
『いえ、私はこの後メイドのお手伝いに行かなければいけないので……』
メイドのお手伝い? ファーブルのおっさんがあのメイド服を来て「いらっしゃいませ~♪」とでも挨拶するのだろうか? いや、それはそれで怖い。恐怖のメイド喫茶となり得るな。
『失礼ですが、お嬢様がライ様とお部屋へ同行して頂けませんか?』
優しく頼み込むファーブルのおっさん。どうやらオレの部屋について話していた模様だ。ここまでいいようにしてくれて、さらに部屋まで用意してくれるなんて、オレは不幸から幸運に這い上がれるラッキーな奴なのかもしれない。
「うん、分かった。あとは私に任せて」
『ええ、よろしくお願いします』
ファーブルの最後の言葉で電話は切られた。
「と、いうことなの。音声を最大にしていたから聴こえたよね?」
オレへと振り返りながら言うリウ。なんと! どうやらオレの神がかった聴力というのは全く無関係だったようだ。はぁ、リウは気が利くのか利かないのか……いや、気が利きすぎている。
「じゃ、部屋に案内する」
オレの藻掻く心に見向きもせず歩き出すリウについて行くオレ。
食堂を出て、突き当りにあるエレベーターに乗ったオレたちは、会話も惜しくリウが押した三階を目指し始めた。




