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∞19久々の食事19∞

 腹を空かせたクローンは、またもや一階に位置する食堂(まるっきり旅館としか思えないバイキング制)に足を踏み入れていた。


「相変わらずゴージャスな旅館だな」


「旅館だというのは一応否定しておくけど、ゴージャスなところってのは否定しない。ここは自由に食べ物を食べられる、唯一の食堂なの。といっても――」


 食堂を見渡すリウ。それにオレもつられて見渡すと、料理人以外、数少ない人しか来ていなかった。


「ここはあまり人が来ないの。幸せを手に入れた人にとっては自家製が一番。あくまでここはセントパル塔住民の食堂として扱っている」


 こんないかにも豪華そうなところが、セントパル塔の住民しか使っていないだって? それでは残飯は愚か、料理人も不服を感じるのではないだろうか? 千といない住民のうち、数人の人にしか食べてもらえないのだから、さぞ脱全しているだろう。


 オレは周りを見渡すのをやめ、赤いシートを身に載せた数ある長机へと歩き出す。そこには、小さなお寿司やカニ、はたまたビーフが並んでおり、その他にも白米、キャベツ、スクランブルエッグと、多彩な品揃えがしてあった。


「よだれが垂れてきそうだ……早く飯に――」


「もう沢山垂れてるけど……」


 リウに言われ、口元を触ってみると、なんと手には沢山のよだれが付いていた。


 き、きたねぇ……!


 果たしてこのよだれをどう除去していいものか……と思っていたのだが、それはなんらく解決した。この食堂で料理の品揃えをしている、若くて紳士的な料理人さんが、オレへと「ほれ、持ってけ」と言ってポケットティッシュ(食堂をメインにした絵柄)を投げ入れてくれたのだ。


「…………」


 フキフキ…………


 口元のよだれを無事に拭き取るオレ。


「よし、腹が減った。リウ! さっさと飯取りに行こうぜ!」


 まるで子供のようにはしゃぐオレ。仕方ないだろう。子供の頃からこんな場所に来たことがないんだ。人生の一度や二度、童心に触れさせてくれ。


 オレに呼ばれたリウは、オレの気持ちを読んだのか、「はいはい」と微笑ましそうな表情を見せながら、回転しつつ進むオレにゆっくりと後ろからついていった。


 果たしてオレはよそってきた分の食事を食べることができるのか? 白の長い布を身に載せた丸いカウンター席で、オレはそう思った。オレの目の前に広がる多彩な食事。きのことワカメの味噌汁。白く輝く白米。おかずにはタレ付きのかにの足。色とりどりのお寿司が計十皿程度。まだまだ高温で肉汁が弾け飛んでいる見たこともない豪華な肉。そして最後に、野菜が少々。これでは別に平気だと思う者もいるかもしれない。しかし、生憎オレは今言った物を三皿ずつ運んできたんだ。つまり、オレの食事は普通の三倍になってしまう。だが、それは仕方ないこと。なんたって久しぶりの食事だ。ここで沢山食べない奴がどこにいる?


 オレは、リウの目の前に置いてある、白ご飯。ネギとワカメの味噌汁。スクランブルエッグとサンチェを見ながら手を合わせる。それにつられ、リウも手を合わせ――


「「いただきます」」


 食材に向けて声を揃えて言った。


 しっかし、リウの食事……少なすぎねぇか? 女の子ってものはあんまり食べないのかね? まだ朝方だ。夜じゃないんだから思う存分食べればいいのに………。


 そう思いながら、まずは温かそうな味噌汁を両手で持ってそそる。温かく、口の中に広がる朗らかな甘味。ワカメときのこのギャップが合い、懐かしい味を思い浮かばせてくれる。一口飲み終わり、続いてオレは蟹の足に手を出す。ほっそりと、しかし身が引き締まったそれを、垂れを付けて口を豪快に開けて飲み込む。


 モグモグモグ…………


 うまい! 今までに食べたことのない味。……今までを超えると、それしか表現するこがなくなるってか、他にコメントが見当たらなくなるな。外面では馴れなのか、いつもとさほど変わらぬ暗い顔をしていたのだが、内面は有頂天に達していた。が――


 一知半解。


「…………」


 オレは、オレ自身の腹を舐めていたようだ。普段の人間は、食べ物を沢山食べるから胃袋も膨らんでいく。対して、公園に住み着いて、はたや雑草や落ちた白米……泥米などしか食べていなかったオレの胃袋は、沢山食べきれるほど膨らんではいなかったんだ。だからして――


「もう腹いっぱいだ……くそぉ! こんなに目の前に食事があるのに、どうして手をつけられないんだ!」


 ダメだ。腹が膨れて残りが食べられない。このままではオレのよそってきたばかりの食材が無残にも残飯と化してしまう……。しかし、オレの腹はもう限界の意を達している。これ以上食べるのは体にというか、健康に……悪い気がする。


 味噌汁を一すすり、カニの足を一本で満腹感を得られたオレは、なおも欲求不満に苦しみながら、目の前の食事を見て唸っていた。


「……だから言ったのに……まだ胃袋の調子が整っていないんだから、量は少なめにしておいたほうがいいよって」


 言われていない。断じてそんなことは言われていない。


 そう言うリウはというと、ケチャップの付いたスクランブルエッグを白米の上部に乗せ、白米と合わせて少量をすくって口の中に入れていた。桜色の艶やかな口元が上下に動く。


 口を動かしたまま、ケチャップの付いていない部分のスクランブルエッグに目を向けるなり、カウンター席の中心に置いてある醤油瓶を手に取り、目的のスクランブルエッグへと醤油を垂れ流そうとしかけたところで、誤って醤油瓶を手元から滑らせ、目前の丸机へと転倒させていた。


「きゃっ!」


 なんとも女の子らしい声を出したリウは、落とした拍子に傾いた瓶を動かさず、机から垂れ流される醤油を見つめながら、軽く両手を天井へとかざしていた。


 ダラダラダラダラ…………


 醤油が垂れ、リウの足元に沢山溢れていく。どうしようかと悩むリウ。それを見て、オレは脱力していた。いざ拭いてやろうかとティッシュ箱を片手に立ち上がろうとした時、急にリウが椅子を引いて、いやらしいというかなんというか、頬を赤くしながらとんでもないことを口にした。


「……どうしよぅ……私、おしっこ漏らしちゃった……」


 椅子を引いたリウの両の太ももの間には、沢山の茶色く濁る醤油が染み付いており、それはなんというか、今さっきリウが自分から言い放ったように、おしっこにも見えた。そのおしっこは、リウの股を通って、椅子の下へと垂れ流されていた。


 どうしてだろうか? 別に漏らしてもないのに、たかが醤油なのに、女の子の股へと垂れたそれは、まさに色気というものを醸し出していた。いや、ここは醸し出していると言ったほうが過言かもしれない。


 と、個人的関心に触れていたのだが、リウがいやらしくもなく、今度は困った表情をしていたので、オレは慌ててティッシュを片手にリウの元に近寄った。


「ったく、ここで冗談は止してくれよ……。仮にもお前はこの島の主なんだろ? そんな奴が漏らしたりしたらおかしいだろ。つーか、醤油瓶は真っ先に立て直せ。お前はどこに醤油を分け与えるつもりなんだ?」


 醤油瓶を立て終え、椅子から立たせたリウを隣に、周りの垂れている醤油を拭きながら自然と口元を緩めるオレ。初めてだからか、それとも久々に人と会話したからかは知らないが、リウと話すのは楽しい。暇がないと言うべきだろうか? とにかく、オレはそんなリウを横目で見ながら緩めた口をキープしていた。


「あ、初めて笑ったね」


 リウが、醤油の付いた浴衣の端を曲げつつ、膝を曲げてにこやかにオレを見て微笑んだ。


「んな! ……そ、そうだな……」


 確かにそうだと思い、オレはリウの下着が見えそうな程突き出た太ももから目を離しつつ、笑みを浮かべたことを認めるのが恥ずかしく、赤面した。


 それにしても、初めて……笑った……か。確かに、オレはこの断行の島に来た後すら、一度として他人に笑顔を見せつけていない。見せつけたとしても、それは全て目が死んでいたのだ。だがそれを、今リウが壊したんだ。新たにオレへと笑みという感情を与えたのだ。


「…………なんか、すまんな」


 椅子と、椅子の下を拭き終えたオレは、リウと共に立ち上がると同時にこめかみを掻きながら、リウに感謝の言葉を送った。


「?」


 それを聞いて首を傾げるリウ。まあ、その反応が正しいのだろう。リウならオレの言いたいことくらい以心伝心の如く理解していると思ったのだが、どうやら皆無のようだ。オレは首を傾げるリウを見つめながら、恥ずかしそうに口を開いた。


「えーとな、お前のおかげで……その……」


 人となかなか接しないオレにとって、感謝の気持ちは壮絶な程難儀なのだ。他人との交流を無くして、憎しみばかり抱えていたオレにとって、次の言葉はさぞ考えにくく、いいにくく――


「とりあえず、ありがとな」


 半ばの言葉をすっぽかして、ありがとうの一言だけを言うオレ。そんなオレを見て、再び顔を傾けようと仕掛けたリウが、何かを察したのか、疑問だらけだった表情を急ににこやかにして、オレに口を開いた。


「こちらこそ、ありがとう」


 その言葉に、オレは驚愕に眼を見開く。どうしてリウがお礼を言うのか、何故言ったのか、オレには何一つ理解できなかったからだ。いや、何一つではないのかもしれない。オレは先ほどの溢れた醤油の後始末についてお礼を述べたのだと思った。しかし、リウのお礼というのは、そのようなものではないと瞬時に理解させるような気持ちにあたっていた。


「もしかして……もう食べられない?」


 ありがとうからしばしの沈黙の後、オレの残った食事を見てリウが声を上げた。


「ああ、すまんが限界だ。できればこの残り物を今後のオレの食事にしてくれないか? このまま残飯にするのは流石に癪に障るってもんだ」


「いえ、流石に無理。それに、この残り物は家畜の子豚ちゃんがご馳走するから、今後のライの食べ物にはならないよ」


 家畜の子豚ちゃん……。可哀想なフレーズだな。


「そうか……ならいいや。この飯、家畜の子豚ちゃんにでも美味しく分け与えてくれ」


 そう言いながら、オレたちは席を立った。その後即座にリウが「次どこへ行く?」と、浴衣の醤油で濡れた端を押さえながら言うので、「とりあえず着替えてこい」とだけ言い、着替えに出たリウを待つため、もうしばらく満腹な腹と戦うべく残っている食事に手を出した。


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