表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/52

∞18腹の音18∞

「それにしても、オレの浴衣ってのはどれだ?」


 風呂に入る前にリウが言っていたな。オレ専用の浴衣があるって。


 オレは脱衣所の周りを松葉杖を付きながら歩き回る。そして、案の定それは見つかった。洗面台の横に置かれてあったのだ。あったのだが――


「おかしいな、二つ並んでるんだが……どっちなんだ?」


 オレは困惑する。目の前には、『ライの浴衣』と書かれた細い銀棒に貼られたプレートがあるのだが、それを中心にして二つの服が木かごにたたまれているんだ。


 どっちを着ればいいものか……。


 左側には、白を基調とした布で、青い花が書かれてある浴衣っぽいものであり、右側にあるものは、こちらも白がベースだが、肩の方には滑らかな曲線が描かれた黒と白、八対三の割合で色が縞々模様で連なっている。おまけに赤いスカーフというものが存在し、ズボンではなく……なんだろうか、この短そうな輪か状のヒラヒラの布は? これも服装の一部なのだろうか? いや、これはどこかで見たことがあるぞ? 確かオレが公園を出て久々に朝のお散歩に行っていたときのことだ。あの時は水曜日でしかも天気が良かったので、気分転換と思って大人が通らない場所を歩いていたんだ。すると、オレの横を数人の、それも同じ服に身をまとった若い女性が通りすがって行ったんだ。あの時はさすがに恐怖を感じたものだよ。軍隊とか、そんなものだとも思ってしまっていたんだ。しかし、いざ勇気を振り絞ってその数人の女性に着込んだ服について聞くと、「これ? これは制服よ? 見てわかんないの、変な人」と、言われ、オレはひどく驚いた。


「ってこたぁ、これってあの征服・・じゃねぇか!」


 やばい、何故こんなものが……? このままじゃこの征服に世界を征服されかねない。一刻も早く処分しなければ!


 と、ととととりあえず、どちらが浴衣かを認知したオレは、体をバスタオルで拭いた後にそそくさとドライヤーで髪を乾かし、浴衣を着るのに困難したのはともかく、急いで松葉杖を持ちその危なっかしい征服を明後日側のロッカーにぶち込んで、男湯をあとにした。


「はぁ……はぁ……」


「あ、おかいり」


 急いでいたオレを呼ぶように近くから声が聞こえたので、声のした方に振り向くと、青を基調にした布に、白の小さな花柄を入れた浴衣を着たリウが、赤いシートが引かれた長椅子に足を浮かせて座っていた。


「お、おう……ただいま」


 その姿に、オレは自然と見とれてしまっていた。長く艶やかなまとめ上げられたピンクの髪。すべすべでふにふにそうな頬。白いほっそりとした首元。浴衣からはみ出たなんとも綺麗な鎖骨。腰のあたりに布状の赤い帯を巻いてるせいか、胸の微かな膨らみ。ほっそりとしたくびれのラインが上からでもわかるようになっている。浴衣からはみ出た脚も、美を醸し出しており、スリッパを履いているところを見るに――


「ここって旅館なのか……?」


 そう、じゃなくて、オレの本来言いたかったことは、リウが絵画ように美しく見えているのだ……だ。女性の風呂上がりの姿なんて、今までお婆さんのしか見たことがないオレにとって、それは新鮮なものだった。


「第一声がそれなのね……」


 落ち込む声を上げるリウ。


「あ、その……すまん」


 そんなリウを見て、どうすればいいのかわからないオレは、とりあえず後ろ頭を掻いた。


「まあ、いいわ。ちなみにここは旅館ではないけど、旅館とほぼ一緒の価値観。セントパル塔はほとんど自由が利くところだから、浴衣でいようが戦闘服でいようが構わないの」


 赤いシートの引かれた長椅子から降りながら口を開くリウ。


 浴衣はともかく、戦闘服って……例えがおかしいだろ、例えが。


「じゃ、体も洗い終えたようだし、今度は何処へ行く?」


 椅子から降りたばかりのリウが、オレに顔だけを翻して訊いてくる。


「そうだな……」


 親指と人差し指を顎に付けて考えるオレ。しばしの間声も発さず考えていると――


 ぐぅぅぅ…………


 オレの腹から大きな音が鳴り響いた。


「…………」


「…………」


「……ご飯にする?」


「あ、ああ」


 少々赤面しながらも、口元に手を当てて笑いを堪えているリウにひとつ頷く。今まで人前で腹を鳴らしていなかったからわからなかったが、いざ人前で腹が鳴ると、とてもと言わんばかりに恥ずかしいもんなんだな。


 オレは、とうとう笑いを堪えきれずに小声で笑い始めたリウを見ながら、ずっと恥ずかしそうに、頭を掻いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ