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∞14伝説の鐘14∞

 白と茶色の二色に染まった、十メートルはある天井を眺めつつ、オレは少女に遅れをとりながら松葉杖を突いて歩いていた。


 古風を感じる白の壁紙に、太い茶色の木が両端を二メートル感覚で支えている。木が伸びるその先には、木々の間に糸状の硬い棒で釣り上げられた電球の入ったゴージャスなシャンデリアが数えきれない程一直線に並んでおり、まさに芸術。いや、豪邸のようで美しい。


「なんだよここ……オレの暮らしていた家の何十倍、いや何百倍でけぇじゃねぇか!」


 オレのいた部屋から数十メートルでオレは唖然とした。ちなみにオレの住んでいた家とは、普通の一軒家ではなく公園の滑り台のことだ。一応オレにとってはあそこは唯一の寝床であり、唯一自分を忘れることができた空間だったんだ。


 まあ、そこはもう既に父親に発見されて、こんなことにならなかったらオレは今頃、無知蒙昧に父親の殺害の策にハメられて一生を終えていたかもしれない。その点では、名残惜しいが滑り台のことは快く忘れることができるだろう。


 と、少々説明の間合いに若干ズレが訪れたが、結論を言えばオレの住んでいた滑り台より断然大きくて驚いた。ということである。


「そうね、確かにここは大きい。一途の島の二割をセントパルの敷地合わせて占拠しているし、高さが異常だからあなたがそう思うのも無理ないかも」


 オレの前を歩く少女は、唖然と天井を眺めているオレに見向きもせず口を動かしていた。


 断行の島の二割を占めるのか、このセントパルという塔は。だが、一見凄そうにも見えるセントパル塔だが、実際の断行の島は日本列島に存在する北海道より微かに小さいといった、島にしては本当に小さな島なのだ。それの二割だから、つまりは豪邸というのには同意しざるおえないが、そこまでのものではないのだ。しかし、セントパルを豪邸とも思えてしまえるところというのが、なんといっても幅ではなく高さという点なのだ。


「どうかな? まだ施設とかあまりわからないと思うけど、あなたなりにどこか行きたいところってある?」


 急に歩くペースを落としてオレの隣に並んで歩き始めた少女が、オレに首を傾けながら訊いてきた。


 行きたい場所か……。できるなら全ての場所を回りたいというオレの欲望があるのだが、流石にそれはオレの足の限界を考えるに無理に等しいだろう。なにせ、この塔には高さ故に複数の室があり、一日では回りきれない程なのだ。だからして、オレの今行きたい場所というのには数制限というものがあるのだ。


「そーだな……」


 人差し指と親指を顎に付けて考える。すると、何を考えたのかオレの首はぐいぐいと自動的に頂天へと向けられた。


「……頂上にでも、行きたいな」


 不意に出てきた言葉がこれである。


「え、頂上……?」


 それを聞いて、少女がオレの隣で目を見開いていた。馬鹿なのかな、というような表情ではなく、本当に? といった疑問的な表情で。


 まあ、少女の反応もなんとなく頷ける。頂上というのは、オレが興味を抱いてなんとなく言ってみた言葉ではないのだ。昔チラシで見たのだが、セントパル塔には、高さ十メートルの階が十階――百メートルの高さがあり、さらにその上には誰も自身の手で鳴らしたことのないといわれる、大きな黄金の鐘が飾り付けられているという噂なのだ。そう、オレが今口に出している頂上というのがそこ、黄金の鐘がある頂天のことを差しているのだ。


 しかし、そこへ行きたいというだけなのに何故少女が疑問に思っているのか。それはきっと、道のりが遠いからだろう。チラシではなく町の一番優しかったお爺さんに訊いた話だが、このセントパル塔に位置する頂上の鐘に行くには、階段を千段登らなければいけないらしく、一段でも踏み外しがあったら辿り着けないというのだ。流石にそれは聞くだけでも厳しさを感じる。少女はそのことについてオレへと疑問の眼差しを向けているのだろう。


「ああ、頂上だ。ちょっと興味があってな。今のオレは千という階段のうちどれだけ登れるかというのを試してみたいんだ。それに、その鐘というのも一度でいいからお目にかかりたいんだよ」


 我ながら松葉杖を突いている御時世、無理なんじゃないかと思っている。が、そこは今まで辛い目に遭ってきたオレならではの根性で振り切れると思うのだ。無謀な挑戦だとも思うが――


「まあ、それならいいけど……」


 少し安心したような表情を見せたあと、ひとつ息を吐いて呆れたように言う少女。途端にオレの鼻腔に少女の髪から石鹸の香りが漂い、幸せの匂いに目を瞑る。


「あ、そうだよそうだよ、忘れるところだった」


「?」


「悪いが、頂上まで目指し終わったら風呂場に案内してくれねぇか? しばらく入ってねぇもんだから匂いが大変なんだよ……」


 後ろ頭を掻いて言うオレに、数メートル横に距離をとる少女。


「う、うん……分かった」


 軽く鼻を抑える行為にえらく悲しみを背負うオレだが、風呂に入っていないのは事実だ。入院患者のような服を着せられていて多少の匂いは消えたようだが、まだ少々違和感を覚えている。早く入ってスッキリせねば、少女にも、執事にも、そして海街の愉快な住人たちにまで匂いで迷惑をかけてしまいかねない。皆に臭いと罵倒されそうだし、極力早く風呂に入る必要があるんだ。


「おっし、つーことで、まずは鐘の場所まで案内してくれ」


 そう言って、既に二百メートル程直線に歩いた廊下に終わりが見えてきた頃、目の前に位置する階段を登ろうとするオレの袖を掴んで少女が止めた。(鼻を押さえて)


「……?」


「鐘まで行くなら、千段以外はここで吹き飛ばそ」


 そう言う少女が指差すオレとは真逆の方に目線を向けると、そこには白銀の扉がついた、上に『elevator』(エレベーター)という文字が書かれた場所が――


「って、そんなもんあんのかい……」


「うん。なんたってセントパルは普通にビル同様長い建物だもの。エレベーターの一つや二つ設置されていても当然なの」


 おっとりとした口調でオレに説明する少女。確かに、ここまで高い塔にエレベーターがついていなかったら毎度のように十階まで登る人は大変だろう。


「そかそか、じゃあまずはエレベーターだな」


 オレたちはとりあえず階段から振り向き、エレベーターに向かって足を踏み入れながら、ふと思った。


 オレ、今までエレベーターなんか乗ったことあったか?


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