∞10海街のファーブル10∞
生……この言葉を頭の中で連想する。痛い、心が痛い。神様はオレにまたしても酷いことをした。今までの人生、全てで嫌がらせしておいて、この期に及んでもまだ物足りないのか? 苦痛、悲況、無念。オレの心に何かが襲いかかってくる気がして、咄嗟にオレは両手で頭を抱えながら絶望に声を荒らげた。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
大きな、どこにでも聞こえそうな声。しかし、そんなことはお構いなしにオレは叫んだ。気の済むまで叫び続けた。のだが――
『ど、どうしたのですか!?』
不意に、知らない男の声がどこかから聞こえ、すぐさま叫ぶのをやめた。
誰かいたのか? この状態で人に見つかってみろ、クローンのオレは人権というものが一つもないんだ。もしここでオレがクローンだと知っている奴が目の前に現れた途端、オレは弄ばれるように殺されるだろう。
オレは、緊張の面持ちで辺りを警戒する。すると、あったのかもわからなかった白の戸が優しく二回叩かれ、「入りますよ」と慌てるような声を出しながら断りもなく人影が入ってきた。
「来るな! オレに近寄るな!」
半ば警戒しつつ、オレはその人影に叫ぶ。が、人影はオレの言葉を聞いていなかったのか、先程よりも断然心配そうにオレに近寄って来た。
「あ、安心してください。私は決して悪い者ではありません!」
「嘘を付け! どうせお前もオレを殺そうと企んでいるんだろ? んなこと言わなくたって表情を見れば分かんだよ!」
と、人影――白髪の短い髪に老眼鏡。シワが整った輪郭に目の前には執事のようなスーツを着込んだ爺さんが立っていた。そいつの表情を見てオレは、どうにも言えない感情が生まれていた。焦っているのだ。本当に、オレを心配そうに。
「殺す? そんなことはしません。……私は海街に住む執事、ファーブルと申します」
オレの抵抗には叶わんと観念したのか、半ば落ち着きながらオレに自己紹介をしてきた。オレを……殺す気がないのか……?
海街の執事、ファーブル? つまりこの執事服を着たファーブルという名のコイツが執事ということか。しかし、海街とはなんだ? オレはどこに連れて行かれたと言うんだ?
「……おい、なんだよ、海街って?」
落ち着いた執事を見ながらオレも落ち着く。
すると、質問をしたオレを無視したのか、ズボンのポケットから白のハンカチを丁寧に取り上げ、額からにじみ出た汗を拭きながら言った。
「いや~、三日三晩目を覚まさないもんですから本当に驚きましたよ」
「……?」
「まさか、あのようなところでお飛び出しになられるとは……運転手である私もいささかどうしようか悩みました」
汗を拭き終わったハンカチをズボンのポケットに戻す。お飛び出し、運転手……。その二つの言葉を聞いて、オレは瞬時に理解した。
どうやらこの執事が、オレが自ら飛び出した時に引いてくれた奴なんだ。あの日は雪が沢山降っていたし積もっていたから止まれないだろうと思って飛び出して行ったのだが、助かることまでは予測していなかった。どうして殺さなかったんだと目の前の執事に言ってやりたくもなったが、三日もオレは目を覚まさなかったのか……何も食べていないせいか声を出すことも億劫になってきた。
しばらく俯いて黙っていると、執事が今更ながらにオレの質問を思い出したのか、ひとつ遅れて答えた。
「危うく忘れるところでした。海街についてご存知ないようですね。ですが、断行の島と言えば分かるのではないでしょうか?」
「断行の……!?」
その言葉を聞いて、オレは驚愕に目を見開いた。