ありがとうの気持ち
ゆらゆらゆら。
「あの、その……ごめんなさい」
私は思わずそう呟いた。
彼、等々力先輩の背にゆられてるのが、私だったりします。はい。
「謝る言葉よりも、言うことがあるんじゃないのか?」
静かに諭すかのように響くその声に、私はびくっと体を震わせる。
「……ありがとう、ございます」
「ん」
6時間目が体育で、その後は好きに遊んでいいなんて言われたもんだから(担任は体育教師です)ちょっと、調子に乗っちゃいました。
久しぶりにやわらかいボールを使って、ドッチボールしようって話になって、かなり白熱しちゃいました。
その結果……左足を捻るという、なんとも恥ずかしいことになったのです。
そこに上手い具合に通りかかった等々力先輩が、私を保健室まで運んでくれるという。
そういう流れなのです、今。
それにしても、等々力先輩の背中って本当、大きいなあ。
男の人って、みんなこうなのかな?
部活前だったらしく、ジャージ姿だけど、汗臭い匂いはなくて。
顔は見えないけれど、私の声は、たぶん、小さくても聞こえる。
だって、すぐそこにあるから。
うううう、ドキドキしてきた。
しかも等々力先輩って、必要なことしかしゃべらないから、その、今も無言で歩いているんだよね。
私が何か言わない限り、このままだ。
ううう、た、耐えられない。
なんだか、いろんな意味で。ええ、いろんな意味で。
「あ、あのっ、重くないですか?」
「……普通?」
「そ、そう、ですか……」
「昔、ちょっとその、うーんと、ふくよかな子を運んだことがあったが、その子よりも遥かに軽い」
「それは、喜んでいいんですか?」
「気にするな」
その一言に思わず、笑いがこぼれる。
すると、等々力先輩も笑い出して。
「あまり笑わすな、落とすぞ?」
「わわ、それは困りますっ!」
と、そこで、等々力先輩は思い出したかのように。
「そうだ、柊。ちょっと聞いてもいいか?」
「何ですか? 今なら何でも答えますよ。いや、何でもはちょっとアレか」
私の返答に等々力先輩は、ちょっと笑って。
「女子って、何かとプレゼント交換したがるだろ? それ、俺にされたんだけど、そういうもん?」
「え? プレゼント交換?」
「昨日さ、ボタン押し間違って、いちごみるく買っちまって。そしたら、後ろから来た女子が俺の欲しかったコーヒー牛乳買ってさ。交換しましょうなんて言うんだ」
「良い人じゃないですか! もちろん、お礼、言ったんですよね?」
「それが、言う前にさっさと行っちまって」
おいおい。ダメじゃないか。
「じゃあ、その子を見つけて、お礼言わないと」
「だよな。というか、交換ってやってるんだよな?」
「いつもって訳じゃないですが、やりますよ。それに、先輩の話を聞くと、その子、先輩が困っているのを見て、やってくれたんじゃないですか? 優しい子ですね」
「……そう、だよな。ありがとう、ちょっと吹っ切れた」
「それは良かったです」
「ついでにいうと、保健室にも着いたぞ」
その言い振りに私は思わず微笑んで。
「ありがとうございました、等々力先輩」
「ギブアンドテイクだ。だろ?」
そういって、下ろしてくれた等々力先輩は、本当に良い顔をしていました。
そして、翌日。
何故か先輩は、生徒会室に来なくなりました。
あ、あれれ?
今回は背中押してません。押してませんが、あれれ(笑)。