08.説明
どうやら、箱にはタブレットをとりつける専用の端子があったらしい。
そのことに気がついたのは、チカがゴロゴロと音を立てながら、俺の前に箱を移動させていた時の事だった。
単に、箱の上の突起部分にでも立てかけてあるだけなのだろうと思っていたタブレットが、実は箱の上部にある接続端子に斜めに取り付けられているのに気がついたのだ。
……なるほどな。こうやってゲームに参加するつもりだったのか。
本人不在で画面の向こう側って状態で、どうやってボタンを押すタイプのゲームに参加するのか不思議だったのだけど、これで謎が一つ解けたって感じの気分だった。
「さぁて。こちらも準備が出来たようなので、そろそろ説明に入ろうか」
その声を受けて、チカの背後に新しく椅子が出てきた。
その椅子にさっきの夢の中で見たクソピエロを彷彿とさせる斜めに足を傾けた姿勢で腰掛けたると、チカが椅子ごと音もなくス~って俺の前にまで移動してきた。
……同じ目線で対峙する俺達二人。
おいおい、これじゃあ、まるで……。
「チトセ。今から君が対戦するのはチカ君だ。……それが嫌だと言うのなら、私が遠隔操作で直接戦ってやっても良いのだが……。君は、どっちが良い? 好きな方を選びたまえ」
また選択か。……多少、意味が分からない部分も無いわけではなかったが、せっかく対戦相手を選ばせてくれるというのなら、ここはちゃんと考えて選んでおくべきなんだろう。
何しろ、プレイヤーとしての信頼性は圧倒的にチカの方が上だ。
クソピエロ本人に参加させたりなんかしたら、どんな酷い事になるか想像もしたくない。
……でも、チカだからって、変に手加減をしてくれるとも思えないんだよな。
そういう意味だと、どっちでも変わらないといえば変わらないんだろうが……。
──どっちにしたらいいんだ?
クソピエロに聞こえないように、俺は視線でチカに尋ねる。
そんな俺の質問が通じたのか、チカは微笑みながらうなづいていた。
「よし、決めた。チカにする」
「おやおや、無知とは恐ろしいな」
「なんだと?」
「彼女は、今回のゲームこそ初挑戦とはいっても、この手のゲームに関しては玄人どころではない。正に、百戦錬磨。達人級の腕前の持ち主だぞ? ド素人同然の君が対戦するのに相応しいチョイスとは正直言いがたいんだが……。それでも、本当に、彼女で良いのかね?」
そんな風に、しつこいくらいチカで良いのかって聞いてくるクソピエロ。
そんなに自分の手で俺を殺したかったのかよ……?
って、ああ……。殺したかったんだろうな、きっと。
これだけ手間隙かけて、すっごい回りくどい方法まで使って。
こうして俺を勝負の舞台にまで引っ張り込んだんだ。
そんな相手は、自分の手でくびり殺したいに決まってる。
だけど、それが分かっている以上は、それだけは死んでもお断りだった。
「賭けの内容は分からないが、見た感じからして、この箱で何かして勝負するってことなんだろ? そうなると、とりあえず操作できそうな箇所は、この赤いボタン一個しか見当たらない。だったら、このボタンを互いに押すって形で勝負する事になるんじゃないかってな?」
そんな俺の指摘に、クソピエロはニヤニヤ笑いながら、大きくうなづいて見せていた。
「それなら、なおさらボタンを遠隔操作されるとか気持ち悪すぎるだろ。どれだけチカが、この手の勝負事に慣れている熟練者であったとしても、目の前で、ちゃんと直接操作して押してくれた方が、よっぽど信頼できるし、安心できるってなもんだろ」
数字が表示されるらしき部分がデジタル計なだけに、遠隔操作するとなると、裏でどれだけズルされていても、多分わからないだろうしな……。
「フム。本当に、それでいいのかね?」
「ああ。これで良い。あと、チカとだけ勝負するんだから、勝負中は箱との接続は切っておいてもらうからな」
このまま箱と繋がっていられると、横から邪魔されそうだし。
「なるほどな。そういう心配もあったか。……まあ、その懸念も分からんでもない。よし、良いだろう。チカ君。接続端子を外しておいてくれたまえ」
その指示の通り、台の上の接続端子からタブレットが外されて立てかけられるのを見て。
「これで下らないイカサマの心配はないな」
「そんな勝負をつまらなくするズルをする気など、最初から全くなかったのだが……?」
「それでも、さ。そもそも、ズルするやつに限って『ズルなんてしないよ』って平気で言うモンだろ?」
その評価は心外だとタメ息をついてみせるクソピエロ。
だけど、理由はそれだけじゃなかったんだよな。
「それに、どうせ殺されるなら、お前なんかよりチカのほうがよっぽどマシってなモンだろ。常識的に考えて」
「まあ、それについては同感だな。私も君なんかより、チカ君と遊んでいる方が、何百倍も楽しいからな」
そんな男どもの素直な気持ちに苦笑という名の微笑みを返しながら、チカは手早く契約の羊皮紙に自分の名前を書き込んでいた。……どうやら代理人としてチカの名前が勝負相手として書き込まれてしまったらしい。
「さて。では下らない懸念もなくなったことだし、さっそく本契約といこうか。……チトセ。チカ君。手を前に出して契約書の上に重ねたまえ」
チカが台の上に羊皮紙を敷いて、その上に二人の手を重ねる。
クソピエロの指示通りに手を出した俺達二人の手の下には、見た目はすっごくゴワゴワしてそうなのに、奇妙に肌触りが気持ち良い羊皮紙が一枚。その中身はチカの血で書かれた契約の文面があって……。
「ちょっと痛いぞ」
ざくっ。
「!?」
そんな重い音と同時に、掌を冷たい激痛が貫通していく。
それは一体何処から生えたんだよと突っ込みまくりたくなるような、俺たち二人分の血に染まったブッ太い針だった。
その激痛に、思わず体が強張るのと同時に、羊皮紙がボッって音を上げて青白い炎を吹き上げて燃え上がってほんの一瞬で灰になっていく。
不思議と熱を感じさせなかった羊皮紙の炎は、掌を貫通してた金属製の針ごと燃やし尽くしてしまっていた様で、気がついた時には掌を貫通していた針ごと消え去ってしまっていた。
「……よろしい。これで契約は成った。お互いの手の甲に刻まれた制約の紋章によって、契約の強制力は正しく執行される事が確約された。……後は、双方とも、せいぜい後悔のないように、全力で戦いを行うようにしてくれたまえ」
大っきな針で貫通されたはずなのに傷ひとつ付いていない俺達二人の手の甲に、傷跡の代わりに刻まれていたのは、怪しげな光を宿した不気味な三角形のマーク。
その三角形の枠の中には、色々な記号や模様が細かく刻まれているようだった。
チカの手の甲にも同じようなマークが刻まれていたらしくて、そっちにも似たような三角形が刻まれているようなんだが……。
なんだろう、これ……? なにやら向きだけが違う、同じような印に見えるんだけど。
「三角形と三角形……。あっ、そっか。両方合わせたら六芒星になるのか」
「ほう、気がついたか」
「チトセ。アナタの手に刻まれたのは正三角型。能動的原理を意味する文様です。私の手に刻まれたのは逆三角型。受動的原理を意味する文様となります」
互いの手の甲のマークを見せ合いながら、チカが、そう教えてくれた。
「先程アナタが指摘した通り、この二つの文様は相対するエネルギーを象徴している事でも知られていて、あえて相対同士を重ね合わせることで調和と安定を意味する六芒星、ヘキサグラムを構成する形となるんです」
「つまり?」
「その文様が君たちが互いに賭けたモノの証だと思いたまえ」
「じゃあ、勝負に勝ったら六芒星になって、約束した物を貰えるって考えておけば良いのか」
「まあ、そういうことだな」
さて。それではそろそろゲームの解説に入ろうか。
そう前置きをしたクソピエロの言葉で俺たちの前に置かれた箱にも電源が入ったらしい。
小さな振動音とともに、二つのデジタル計が激しく数値を変動させ始めた。
「一応言っておくがスロットマシンではないからな」
「そうなのか」
「まあ、試しに押して見たまえ」
何を? なんて、今更、そんな下らない質問はしない。
ここで「押せ」と言われれば、押せるのは一つだけ、赤いボタンだけだった。
俺は言われるがままに、赤いボタンを押してみると、自分に近い側のデジタル計が一個停止して、そこに『035』という記号が表示されていた。
「見ての通り、そこには三桁の数字が表示される。最低値は1。最大値は100だ。そして、今、君がやってみた通り、選択中は数値はランダムに切り替わり続けて、ボタンを押された瞬間に決定となる」
「この数字に意味はあるんだよな?」
「勿論だとも」
その返事と共に、ポワッと台の一部が光った。
そこはチカや台の上にあるクソピエロのタブレットを置いてある場所からは見えない死角になっている位置にあるスイッチで、丸いボタンに『剣』『盾』『杖』の三つのマークが刻印されていた。
「君の側に三つの光っているボタンがあるだろう。そのボタンこそが、このゲームにおいて最も重要な意味が込められているボタンとなるのだが……。とりあえずは、どれでもいいから押してみたまえ」
促されるままに『剣』のボタンを押してみる。
すると、台の上の部分に伏せたカードのような物が表示されていた。
「これでチトセの行動は選択された。次はチカ君の番だ。まずは赤いボタンを押す前に、行動のボタンを選びたまえ」
恐らくは俺が操作する様子を見ていたのだろう。
チカもチラッと視線を下に向けると何かを操作したようだった。
……恐らくは、向こうにも同じようなボタンがあるのだろう。
そんな推測を裏付けるかのようにして、チカの方にもカードが表示されていた。
「お互いに行動ボタンを選んだら、この通り、台の上に互いのカードが表示される。あとは赤いボタンを押して、チカ君の側の数値を決定するだけだ」
ボタンによる行動の選択肢。それと互いに選んだ二つの数値。これらの意味する所は、恐らく……。そんな、慎重に考えを進めていた俺を助けるようにして、今度はチカが軽く叩くようにして赤いボタンを押していた。
すると、もうひとつのデジタル計が、こっちはやけにゆるやかな速度で数字の変動が収まっていって、上の桁から順番に数字が確定していく。
「言い忘れていたが、後から選ばれる方の数字は、こうして一桁ずつ、ゆっくりと表示される。無論、ただの演出による物だ。数値自体はボタンを押した瞬間に決定していて、それがこうして、一桁ずつ、勿体ぶって表示されているだけ、という訳だな」
その説明を裏付けるようにして、数秒をかけて数字が表示されていく。
その結果、二つ目のデジタル計に表示された数字は『064』だった。
「チトセが35。チカ君が64。言うまでもなく、数値の勝負はチカ君の勝ちだ。そして、その数値の差は29な訳だが……。ここで選ばれていた行動の出番となる。最後にどれでも良いから何かボタンを操作してやれば、お互いの選んだ行動のカードが開かれて、勝負の結果が表示されるという訳だ」
その言葉のとおり、チカが赤のボタンをもう一回、軽く叩いた。
すると、互いに伏せて表示されていたカードが発光して、ひっくり返って表示された。
その結果、俺の選んだ行動は『剣』。チカが選んでいた行動は『盾』だった。
「剣は攻撃を。盾は防御を。杖は回復を。それら三つの選択肢によって行動が選択されている。よって、チトセの攻撃は35。チカ君の防御は64。結果、チトセの攻撃はチカ君には届かなかった訳だな」
防御が上回ったから、攻撃が通らなかったという事か。
「仮に、これがお互いに剣であったなら、チトセは数値が上回っていたチカ君からダイレクトに64のダメージを食らっていた」
「剣と剣なら数値の高い方が勝ちで、勝った方のダメージが素通りするってことか」
「そういうことだ」
「じゃあ、もし、チカが杖を選んでいたら?」
「杖の扱いは、少しばかり特殊だ」
そう答えながらクソピエロは画面の中で杖をクルクル回してジャグリングしてみせる。
「杖を選んだ場合には、出した数値ほど回復する」
「じゃあ、35のダメージを負いつつも64回復するんだから29回復するのか」
「いや、そうはならない。杖を選んだ時に攻撃を受けると、そのダメージは倍となるのだ」
倍のダメージ。35の倍。つまり70ダメージで64回復だから……。
「倍近い数値差があったのに、回復はたったの6?」
「そうなるな」
回復にはリスクが伴うってことなのか……。
「これが万が一、数字が逆だったなら、結果は悲惨なことになっていただろう」
64の倍、128のダメージを食らいながら35の回復で、93のダメージ……。
「危なく一撃死か」
「その通り。杖を使うタイミングは、よく見極めなければ、待っているのは自滅だけだ」
回復手段は一応はあるんだけど、組み合わせ次第では50以上の数字が出るだけで一撃死しかねない倍ダメージのルールが存在する以上、非常にリスクの高い行動になってしまう。
そうなると、必然として、お互いに身を守り合うのが基本になって、ときどき自分のターンで出た数字と相談しながら攻撃してポイントを削り合うって感じにならざる得ないのかな……?
「その他の組み合わせは、さほど難しくはない。今回は剣と盾だったが、仮にチトセが盾、チカ君が剣を選んでいたなら、数字で負けたチトセは防御力不足で29のダメージを負っていただろうし、チトセが盾を選んだ時に、数値が上回ったチカ君が同じく盾を選んでいた場合には、当然のことだがダメージは通らなかった。互いに杖の場合には互いが回復して終了……。まあ、この場合も悩むことはないな」
その説明に疑問を感じて、思わずストップをかける。
「チョット待ってくれ。今の説明の最後の方の例で、数値で上回っているはずのチカが、あえて盾の防御なんかを、なんで選んだんだ? それって単なる例えなのか? それとも、そういうケースがありえるのか?」
数値で勝ってるなら盾なんて選ぶ必要はないはずだ。攻撃すれば確実にダメージが通るんだし、相手の数値が低目なのが分かっていたなら、相手が盾を選ぶ可能性が高いんだから、杖を選んでも良いはずなんだし。そう考えていたのだが……。
「カードを選ぶタイミングの問題だな。先攻がチトセ、後攻がチカ君だった場合、ゲームの手順は、さっきやって貰った通り、チトセの数値選択、チトセのカード選択、次にチカ君のカード選択。最後にチカ君の数値選択となる訳だ」
つまり……?
「後攻のチカ君がカードを選ぶ時には、まだ自分の数値が相手を上回れるかどうかは分からないのだよ」
つまり、後攻側が行動カードを選ぶタイミングで分かっているのは、先行側の数値だけって状況なのか。
「まあ、先行側の35という低目の数字を見たなら、相手はまず間違いなく防御を選ぶだろうからな。仮に35より低目を引いたとしてもダメージは来ないのだ。攻めて数字を削られながらもダメージを与えてもよし、あえて回復を狙うも良し、ということだ」
先攻は自分の数字を見てから行動を決められる。
後攻はそれが出来ないが、その代わりに、相手の数字を見てから行動を決められる。
先行側はひたすら高目を狙い、後攻側は相手の数値以上を狙わなきゃいけない。
となると、後攻で行動を選ぶ場合には、相手の出した数字を見て、どんな行動が無難かよく考えないといけない?
……うん。多分、そうなんだろうけど……。
う~ん。結構、ややこしくは感じるけど、基本的な部分はシンプル、なのか……?
「このゲームは、見た目ほど簡単な物ではないかもしれません」
そんな時、ちょっと楽天的に考えていた俺の考えに冷水を浴びせる声が聞こえていた。