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07.了承


 目覚めの気分は最悪だった。


「目が覚めたようだな」


 耳の奥を引っ掻いていくクソピエロの耳障りな声は、俺の頭蓋骨の中で乱反射して凄まじい吐き気を感じさせていた。

 そんな俺のことを心配そうな目で覗きこんでくるチカの姿が見える。

 どうやら、ここは夢の中じゃないらしい。

 ……だけど、この強烈な吐き気はなんだ……?


「これが、さっき言ってた、副作用ってヤツか……?」


 ひどい気分だ。そして、それ以上にクソピエロが憎らしい。


「何か飲むかね」

「いらない」


 今何か飲んだら間違いなく吐く。


「さて。チトセ。君は失っていた記憶をあらかた取り戻した訳だが、まず最初に聞いておこうか。……お前は、何を欲する?」


 ニタリと笑って、尋ねてくる。


「……死んだ人間の復活は? そういうのも出来るのか?」

「出来ない訳ではないが、やったら後々、色々と面倒だろうなぁ……」

「面倒って、どういう意味だ?」


 その言葉の意味はチカがすぐに補足してくれた。

 既に戸籍を失っている上に、行方不明とかならともかくとして、何年も前に本当に死んでいることを何人もの人達が確認していたり、それを知っていたりするような人間が、ある日いきなり復活したらどうなるか。

 それをしっかりと考えてみろということらしい。

 たとえ蘇っても、まともに生きていくのは難しいだろうということ。

 そして、何よりも生活基盤が半ば失われている状態で、ただの学生にすぎない俺が、意識不明状態の妹を抱え込んでいるだけでも大変なのに、それに加えて訳ありで働けないような無職の人間を何人も抱え込めるほど経済的な余裕が有るのか?

 そんな理想と現実の間に立ちふさがっている壁というべき物を目の前に突きつけられて、俺は思わず考えこんでしまっていた。


 ──じゃあ、妹だけなら……。


 サヤは意識不明にこそなっているが、まだ生きている。

 そんなサヤの意識の回復だけなら……。


「病気の回復は出来ても、意識の回復までは無理だ」

「……なんでだよ。ソッチの方が何倍も簡単なんじゃないのか」


 そんな俺の言葉にクソピエロは平然と答える。


「無理だ。なぜなら“あれ”は既に賭けられたからな。残念ながら返せんよ」


 その言葉の意味を掴みかねていた俺に、クソピエロは小さく首をかしげながら答える。


「さっき教えてやっただろう、チトセ。あの子は、私と賭けをした。その結果が、アレだ」


 あのカラダにタマシイはスデにナイ。

 その言葉は俺の耳に入り、鼓膜を揺らしながらも、脳はなかなか理解してくれなかった。


「どう、いう……ことだ……?」

「チトセ。君は見ていたはずだぞ。先ほどの夢のなかで……。あの日の夜、サヤに、私が呼び出されたのを見ていなかったのか?」


 確かに見ていた気がするが……。でも、あんなの知らないぞ。


 ──面白いものを見せてくれたお礼に、特別サービスというヤツだよ。チトセ。


 脳裏に蘇るクソピエロの声。特別サービスだって言ってた。あれは本物だったのか?


「じゃあ、アレは現実にあったことなのか……?」

「そうなるな」


 あの子は、己の『健康』と『魂』を天秤に乗せた。

 重い病気を患った子供は安易に己の命を賭けたがる傾向があるが、アレはきっと自分の命の価値や重みというモノを軽く考えてしまっているからなのだろうな。

 どうせ、このままでは長くないのだからとか下らないことを考えて……。

 そんな妹を嘲笑うようなクソピエロの言葉を俺は大声で遮っていた。


「かえせ!」

「……返せなどと言われてもな。コレを返せと言うのかね? チトセ」


 マジシャンのように掌から細長い水晶柱を取り出してみせるクソピエロ。

 そこにはフィギア人形のようなサイズに縮んだ裸のサヤが閉じ込められていて。


「まだ手に入れてそんなに経っていないし、もう暫くは観賞用として部屋にでも飾っておきたかったんだがねぇ?」

「おまえ!!」

「おお、怖い、怖い。これだから家族を奪われたヤツとは会いたくないんだ」

「きっさまぁあああ!」


 ガシャン!


 思わず立ち上がってタブレットに殴りかかろうとした俺の体は、言うまでもなく鎖で縛られていて。……くそ! なんで鎖がついてたのか、ようやく分かった!


「かえせ! サヤをかえせ!」


 ガシャンガシャンと盛大に鎖を鳴らす俺。

 ハッハッハッハと腹を抱えて笑い転げるクソピエロ。

 その様子は楽しくて楽しくて堪らないといった風で。

 俺は怒りと興奮で視界が赤く染まった気すらしていた。

 ……なんでだ! なんでなんだ! なんで、こんな非道が許されるんだ!


「ちくしょう!!」

「落ち着いて下さい、チトセ。興奮しすぎては相手の思う壺だと教えたはずです。それに、妹さんの魂の取り返し方は、ちゃんとあります。それを今から教えてあげますから……」


 暴れている俺を押さえつけるためなのか。

 ギュッと強く髪を掴まれた俺は、その激痛で動きをとめてしまっていた。

 その意識の隙間……。一瞬だけ痛みに意識が集中することで、かえって冷静になれていたのだろう、その瞬間を狙って。チカが耳元で、ささやいていた。


「落ち着いて。大丈夫、まだ方法はあります」

「ほう、ほう?」

「ええ、方法です。……十三様との賭けで奪われた品は、また別の人が賭けの対象に出来る。そういうルールになっています。以前に複数人で挑んだ際に、一人目が負けて奪われた対価である“忠誠心”を、二人目が勝負に勝って奪い返した事がありました。だから、そういったことも出来るはずなんです」


 そうやり方を教えてくれるチカだったが、その言葉にはやっぱりというべきか、いつもの言葉が続いていた。


「……ただし、その品を再び賭けの対象とするためには、現在の持ち主である十三様の了解がどうしても必要になります。だから、どうにかして妹さんの魂を閉じ込めた水晶を賭けても良いと思うような対価をこちらとしても用意する必要があります」


 対価。妹の魂と吊り合うだけの価値のある何か。


「おい、クソピエロ」

「さっきも君は私のことを、そんな失礼極まりない言葉で呼んでいた気がするが。……もしかして、それは私の事なのかね?」


 お前以外の誰がいる。そう平然と答える俺にクソピエロは笑って答えていた。


「いつもなら、そういった反抗的な馬鹿にはお仕置きをくれてやるんだがな。……だが、まあ、今は気分が良いから、勘弁しておいてやろう。感謝したまえ。……おもに、君の妹にな」


 俺を挑発するつもりなのだろう。

 クソピエロはニタニタ笑いながら、その手の中にあるサヤの魂の水晶を弄んでいたが、それを止めたのはチカだった。


「十三様。いつまでもチトセで遊んでいないで、とっとと話を前に進めて下さい」


 そう口にするとチカは俺の側から離れて、床の上に置かれたままになっていた赤いボタンのついた白い箱の上にクソピエロの写るタブレットを立てかけるようにして設置しながら、画面に向かって抗議して見せる。

 そんなチカの言葉に、クソピエロはご機嫌そうな声で答えていた。


「チトセ。君のせいでチカ君に叱られてしまったではないか」

「俺のせいじゃないだろ。どう考えても……」


 それに、苦情は、そんなに楽しそうに言うものじゃないとか、色々と言いたいは山のようにあるのだけれど。……でも、ここで取るべき行動はスルーであって……。

 落ち着け。落ち着くんだ、俺。

 ここでブチ切れても相手の思う壺だ。


「十三様、チトセが賭けたい物が決まったそうです」

「ほう。何かね?」

「……聞かなくてもお分かりになるのでは?」

「まあ、分かっているがね」


 コレだろう?

 手の中のサヤの魂を顎で示して見せながら。


「ああ。それが欲しい。それを賭けてくれ」

「ふむ。……まあ、どうしてもというのなら考えてやらん事もないが……」


 そう酷くもったいぶると『分かっているだろう?』とでも言いたげに間をとって。


「対価は? コレの対価として、君は私に何を差し出だせる?」

「逆に聞きたい。何をテーブルに載せたら、それを載せてくれる?」

「学校で、質問に質問で返すなと言われた事はなかったかね」

「お前の方こそ……」


 まあ、良い。そう脇道に逸れかけた話を元に戻す。


「チトセ。君は等価交換の原則という言葉を知っているかな?」

「意味は詳しくは知らない。だけど、言葉のイメージから何となく分かる気がする」


 恐らく、魂が欲しいなら魂を賭けろって言ってるんだろう。


「そう、等価交換の原則……。つまり、この世の中においては、何か物を得るためには、同等な価値を持つ他の物を差し出すなどしなければならない。何かを得るには、何かをなし得るには、同等の何かを犠牲にしなければいけない。そのようになっているという法則のことだ。……何かを得るためには同等の代価が往々にして必要とされるといった具合にな? そんな、ある種の法則性などといった物を指す言葉で、それがいわゆる錬金術などにおける等価交換の原則という考え方だとされている」


 パンを得るのに対価として代金を支払う行為によって、そのパンを作るために必要となった原材料と、それらを集めて調理するといった仕事に対する評価を金額といった形で表現して対価を支払っているというように考えたりするようにして。

 あるいはパンという成果物を得たいのなら、単純に、その作成者が定めた評価額分の通貨を支払うことで、それを作るのに費やした原材料を買い集めるだけの金額を最低限、満たしている必要があるといった風にして。

 そんな、仮にこれが物々交換での交渉であるのなら、それに相応しい対価を用意する必要があるだろう、といった意味にもなるはずなのだ。


「そして、この手の契約においては、何を代償として賭けを行い、何を求めるのか。それを、はっきりと言葉で示し、誰に強要されるでもなく、自らの意思で選択する形で意思表明した上で勝負に望む必要がある。それをしなければ、契約が成立したと見なされないのだよ」


 そして、その『契約』とやらに使われるのが……。


「チカ君、例の物を出したまえ」

「はい」


 その指示によって、チカは懐から赤茶けたなめし皮っぽく見える紙らしきものを取り出して、台の上に広げていた。これはきっと、契約の羊皮紙だろう。


「チカ君、どうやらチトセは自分が参加することを選んだらしい。残念だが、今回も君との勝負は、またしてもお預けという事になるな。……まあ、また、いつかチャンスはあるだろう。次の機会を待ちたまえ」


 ソレを聞いて、チカはあからさまにほっとした顔をしていた。

 クソピエロと勝負する事が、そんなに怖いのか?

 ……まあ、怖いか。

 よくよく考えてみれば、魂なんて代物を賭けて勝負しようとしているんだ。

 負けたら魂を抜かれて、二度と目を覚ますことがない体になるんだぞ……?

 それが怖くないはずがないじゃないか。


「そうさ。チカ君がおかしい訳ではない。むしろ、平然としている君の方が異常なのだ。……今から己の魂を賭けて勝負しようとしているのに、なんで、そんなに平然としているのやら。その事がおかしいとは思わないのかね」


 まあ、そうなのかもな。

 単に実感が乏しいだけなのか、それとも単に恐怖心が麻痺しているだけなのか。

 何にせよ、俺はいろんな意味でイカれてしまっているのだろうと思う。


「十三様、準備ができました」


 チカが俺の目の前に持ってきた羊皮紙には、今から行われる『賭け』に対して、俺は自らの『魂』と『記憶』の所有権を代価として、妹であるサヤの『魂』と自分の『記憶』の所有権を欲すると、日本語で書いてあった。


「……魂と記憶を賭ける事になんてなってたか?」

「等価交換の原則を教えただろう。自分の記憶の所有権を我々から奪い返したいなら、その記憶そのものを対価として賭けてもらおうじゃないか」

「それはどう違うんだ」

「記憶を封じられるだけなら、今回のように薬品で回復させることも出来る」

「じゃあ、記憶を賭けるてことは……」

「負ければ永遠に失われる事を意味する」


 もう何をしても二度と昔のことを思い出せなくなるってことか。

 ……それはそれで、なかなか嫌な条件だな。


「これでも最大限に君に対して配慮してやったのだよ?」

「何処がだよ」

「本来であればまず記憶の代価に魂をかけて勝負を行い、その後にメインディッシュとしてサヤの魂を賭ける。そういった二段構えの勝負でも良かったのだ。それをわざわざ一回の勝負で済ませてやろうと言うのだよ? 君は、その事をもっと私に感謝すべきだ」


 分かったなら、さあ。サインしたまえ。

 そう顎で指示してくるピエロの手の中にはサヤの魂。

 そして、俺の目の前には赤茶けた羊皮紙と、指先に血の玉を浮かべているチカ。

 その差し出された手の横には、赤黒く先の部分が汚れた羽ペンがあって……。

 この血をつかって署名しろってことか。


「サインをどうぞ」


 俺は、チカに促されるままに、その指先に浮かぶ血の玉でペン先を濡らして……。


「分かったよ」


 羊皮紙に自分の名前を署名したのだった。



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