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05.回想


 をぅい。


「なんだね?」

「なんでお前が居る!? そして、なぜ本体が居る!?」


 そんな文句を言う俺の目の前には、俺と同じ様に椅子に座った人間サイズのクソピエロ、いわゆる本体様が足を組んで座っていた。

 そんな俺達の周囲には、ぼんやりとした明かりがふわふわと漂っていたり、床からホワンと新しく浮き上がってきた光の玉が、そこに追加されたりしていた。

 ……多分、この光ってる玉が俺の記憶ってヤツなんだろうな。

 直感の部分で、俺は、それを理解していた。


「なに、ちょっと手伝ってやろうかと思ってな」

「……手伝い、ね」


 さっきチカが言ってたよな。

 クソピエロは自分の楽しみってヤツを常に最優先に考えて行動しているから、一見した所で善意に見えても、その行動には必ず裏がある。だから、それに気をつけろって。

 ……今回のもそうなんだとすると、この行動の意味は……。


「俺の記憶を盗み見でもしに来たのか?」

「ありていに言えば、まさしくそのとおり」


 クソピエロは一切否定すること無く、肯定して見せていた。


「まあ、興味半分、手伝い半分といった所だな。それに、どっちみちの話だ」

「どっちみちって?」

「よく考えてみるがいい。しょせんは、夢の中の話なのだぞ? 現実の私が、こうしてココにきている訳ではないのだ。それなら、だれが側にいても所詮は夢の世界での話にすぎない。その程度のことを、それほど気にする必要もあるまいという意味さ。……さてっと、これからいってみるか」


 俺達の目の前を漂っていた光の玉。

 それをクソピエロがチョンっと指の先で突っつくと、その玉はパチンとはじけて。

 俺の脳裏にいろんな情報が溢れかえってくる。


『君は、信太朗君だったかね。……この度は大変だったね』


 黒い喪服を着た俺に話しかけてくる知らないおっさん。

 この記憶は、確か、親父達の葬式での事だったか……。


『君のお父さんとは一時期とはいえ一緒に働いていてね。……彼はちょっと頑固で偏屈な所はあったが、実に優秀で頼りになる誇り高い男で……』


 このおっさんのことは何となく覚えている。

 たしか、この後に変なことを聞かれたんだ。

 父さんの遺品の中に、何か変な本とかが混ざってなかったかって……。

 よりにもよって、葬式の日なんかに、だぞ?

 そんな下らない上に非常識なことを延々としつこく聞いてきたからな。

 だから、こんなに覚えていたんだろうと思う。

 そんな嫌な記憶を呼び覚ます声が朗々と聞こえている中で、ピエロが俺に話しかけてきた。


「チトセ。君の父親は商社マンだったのか」

「詳しくは知らない。でも、海外との貿易関係の仕事をしてたらしくて、よく中東とかヨーロッパとかの海外にも行ってたって。母さんもよく一緒に行ってたよ」

「だから、君の封じられた記憶は妹に関する物が多かったのだな」


 パチン、パチン、パチンと連続して弾けて。


『おにいちゃん、大好き!』

『うちの家には、おとうさんはいないの? ……そうなんだ。じゃあ、なんでお家にかえってこないの? ふーん。そんなに忙しいんだ……』

『つまんない! あそんで! お勉強とか後でいいじゃない!』

『えーとね、これがこっちでしょー? でも、これこっちにいれちゃうと、これがあまっちゃう……? ……ええ~? なにかへん……? ……え~っと? え? こっち? それで、こっちがコレ? ……なんで、そーなるの?』

『ぶー。ばかじゃないもん。ばかっていう子がばかなんだもん』

『おっふろ、おふろー。たのしい、おっふろー』

『いーち、にー、さーん、しー、ごー』


 何十ってシーンを同時に見ると流石に頭が痛くなってくるな。


「それは、記憶が蘇っているときの痛みだろうな」

「そういうもんか」

「そういうものだ。脳に負担がかかる薬だと、チカ君もさっき言っていただろう」

「そういや、そーだったな……」


 このズキッってくる痛みのお陰か、ようやく思い出せたよ。

 千年(チトセ) 沙耶(サヤ)

 それが妹の名前だった。

 サヤは俺とは5つ違いで、小さな頃から体が弱くて、小学校に入るくらいの年齢になるまで何度も病院に入ったりしていた。

 たまに夏休みとかに家族でプールとかも行ってたんだけど、その帰り道の車の中で風邪をひいて病院に直行しちゃうくらいにサヤは病弱だった。

 そんなサヤの面倒を見るのを俺に任せて、両親二人で海外に仕事で行ったりしてたんだから、今にして思えば無茶といえば無茶な家庭環境だったんだろうな。

 いくら俺がずっと側で面倒みてたり、家政婦の人を雇っていたりしたとはいっても、夜は基本的には二人きりになっていたんだし……。


『おにいちゃん、おやすみー』


 まあ、そうなると必然として二人で一緒に寝るのが習慣化してしまう訳で。

 サヤは寝癖があまりよろしくなくて、寝ぼけてよく俺に抱きついてきた。

 そうやって、俺のことを抱きまくら代わりにして寝るのが好きだったんだと思う。

 他人の体温がないと寝てる時寂しいとか言ってたし、夜中とかに寂しさがマックスになると、俺によく泣きついてきて泣いてたし、抱きついて心臓の音を聞いていると寂しさが薄れるとか言ってたっけ。

 ……まあ、それ自体は大して問題じゃないんだが。

 つーか、冬は良いんだけど、夏に抱きつかれると暑くて暑くて……。


『ね、ね、おにいちゃん、ぎゅーってして?』


 あの悪癖(しゅうかん)だけは、サヤが大きくなっても変わらなかったなぁ……。


「老婆心ながら、いつも二人で寝るというのは、多少問題ある関係ではないのかね?」

「そーか? 一緒に寝るのは親公認だったし、互いに小さかったしな」

「そうかね」

「それにサヤは中学校の卒業前に病気になって……」


 ズキズキと痛む頭は、俺に必死に思い出すなって言い続けている。

 ……どうやら、これが俺が思い出したくなかったらしい記憶の正体だったようだ。


「ふむ……。結構珍しい病気だったようだね」

「詳しい病名までは教えてもらえなかった。なんでも内臓の機能と体の運動機能が徐々に低下していくって症状で、原因の特定も出来てなくて、治療法も確立されてないとかで難病指定されてるとか言ってた気がする」


 たとえ完治の見込みがない難病であったとしても、それでもすぐに死に至るような病気でなかっただけマシだと俺達家族は考えていた。

 時間的な猶予さえあれば、いつか治療法も見つかるんじゃないかって……。

 そういった希望は常にあったからな。

 多少入院費用などはかさんでいたかもしれないけど、幸いというべきか両親の仕事は順調そのものだったし、家政婦を雇えている所から見ても分かる通り、我が家はかなり裕福な方だったんだと思う。

 それに、症状そのものも進行はひどくゆっくりな代物だったからな……。


『……体調……? うん、いいよ。今日はすごく楽。……それに良い事あったから、ちょっとくらいきつくても平気。……え? 良い事って? えーと……。お兄ちゃんが来てくれたこと、かな。……うん。ありがとうね。もうすぐ大学の入試とかで忙しいはずなのに』


 白いベッドの上で微笑むサヤ。

 何個も重ねた枕を腰の後に置いて、座った姿勢を維持するのも辛そうな姿なのに。

 それでもサヤは俺の前では笑みを絶やすことはなかった。

 ……きっと辛かったり、泣きたかったりする事もあったはずなのにな。

 悪い時には悪い事が重なるってことなのかもしれない。

 サヤの症状がだんだん重くなってくるのに合わせて、両親の仕事の方も状況が悪くなっていったようで、どんどん海外に滞在する期間が長くなってきていた。

 そうなると、必然として俺が日常部分の面倒も見ないといけない訳だが……。


『たまにしか帰ってこれないから、こんなに楽しいのかな』


 病気が重くなる前には年に何度も自宅に帰ってきたりして、こうして家族と時間を過ごす事が出来ていたのにな。

 最近は移動も車椅子になっていたし、補助なしにはトイレにも行けないって状態だったから、ほとんど自宅に帰るってことはなくなっていた。


「寂しかったかね?」


 嫌なことを聞く奴だ。


「そんなの当たり前だろう。たった一人の兄妹(にくしん)だぞ。……寂しいに決まってるだろ。それなのに、両親は飛行機事故で死ぬし……」


 あの当時の俺にとっては最後の一人だったからな。

 ……色々な時期の記憶が入れ替わり立ち代わり蘇って来ては、脳裏に蘇ってくる。

 元気だったころのサヤと、やつれた姿のサヤ。

 親父達が死ぬ前の思い出と、死んだ後の思い出と。

 ……それらがごちゃ混ぜになって、交互に思い出される。

 きっと、病気で疲れた顔をしているサヤをみて、あの頃はよかったなぁとか思い出してたんだろうな。


「チトセ」

「ん?」

「サヤが手に持っている本は何だ?」

「……本って?」


 クソピエロが空間を掴むようにして、よいしょっとばかりに腕を動かすと、ちょっとだけ風景の中で時間が巻き戻っていって……。


「あっ。お兄ちゃん、いらっしゃい」


 これはいつ頃の記憶なんだろう……。

 脳裏をよぎる記憶の中のサヤは、ずいぶんとやつれてしまっていた。

 たぶん、症状が随分と進んでいる頃のものだと思う。

 ……もしかすると、両親が死んでからかなり経った頃だったかもしれない。

 それでも笑みだけは絶やさないサヤとの挨拶のシーンで、その中でサヤは膝の上に広げていたハードカバーの分厚い本をパタンと閉じて、ごく自然な素振りでサイドテーブルの上に置いていた他の本を持ち上げると、そこの隙間に差し込むようにして置いていた。


「何か違和感がないか?」


 ……まあ、言われてみれば、確かに多少は不自然に思う片づけ方ではあるかもしれないが。


「……あの本がどうかしたのか?」

「今、サヤが見ていた本だが、何か特別な本だったのではないかと思ってね」

「なんで、そう思った?」

「普通、読みかけの本は一番上に置くものだ。わざわざ他の本の隙間に押しこむようにして置くのは不自然だろう。……もしかすると、あの本は君に見られたくない類の“何か”だったのかもしれないな。だから、ああやって隠したのではないか?」


 木を隠すには森の中とはよく言ったものだ。

 ああやって取りにくい位置に本を置かれてしまうと、その中身まではわざわざ見ようとも思わなかったんだろう。

 よくよく思い返してみると、俺の記憶の中に何度も何度も、その本は出てきていた。

 その本は何度も記憶の中で出てきていたのだが、決まってサヤは俺が病室に入ると、その本を閉じて他の本で隠してしまっていた。


「……多分、日記だったんじゃないか?」


 その言葉を否定するように記憶の泡が次から次へと弾けて壊されると、場面が幾つも自動的に切り替わっていく。

 その中のひとつに、サヤがシャーペンを片手に手帳サイズの本を広げているシーンの記憶が残っていた。

 そのときのサヤは若干、焦っていたように思う。

 まるで見られたくないものを見られたかのような……。


「まあ、女の子だしな……。普通、親兄弟(かぞく)相手でも、日記なんかは見られたくはないだろうから」


 そう考えれば不自然さは少ない。


「そうやって無理矢理納得しようとしているのかね」

「……どういう意味だよ」

「そのままの意味さ。……チトセ。君にだって分かっているはずだ。今時の若い女の子が、あんな分厚い革製の表装をもつ上に、四隅を金属で補強されているようなハードカバーの日記帳なんてわざわざ好んで使うとでも思っているのかね?」


 それはきっと不自然な点だったのだろう。


『私さえいなかったから……。ゴメン、禁句だったね』


 サヤ……。


『自分がお兄ちゃんの負担になってる。幸せなるための足かせになってるって自覚があるの。……お兄ちゃんの疲れた顔を見るたびに、嫌でもソレを思い知らされるから……』


 そんなことないよ。お前がいてくれるから、俺は頑張れるんだよ。

 ……辛くなんてない。

 父さん達の残してくれた遺産に群がってくる親戚連中は正直うっとうしい。

 あちこちから色々と言われてて邪魔臭いけどさ……。でも、大丈夫。

 お前を守るためなら、お兄ちゃんは、どこまでだって強くなってみせるよ。


『恋人はいないの?』


 いないよ。


『私に気兼ねでもしてるの?』


 もてないんだ、俺。


『嘘だよ』


 嘘なんかじゃない。本当だよ。……正直、そんな余裕ないからさ。


『私、負担になってるよね……』


 そんなことない。

 サヤがいたから。

 サヤが側に居てくれたから。

 だから、俺、頑張れた。

 ……一人じゃ、きっと、こんなに頑張れなかった。

 自分のためだけだったら、こんなに突っ張れない。


『おにいちゃん、疲れてる』


 大丈夫だよ。

 サヤの顔みたら元気になった。

 お兄ちゃん、もっともっと頑張るよ。


 ──私がいなかったら、もっと自由になれるのに。


「なるほどな。つまりは、そういう理由であり、動機だったということか」


 なんだよ、これ。俺、こんなの知らないぞ……?


「面白いものを見せてくれたお礼に、特別サービスというヤツだよ。チトセ」


 パチンと指が鳴らされた。パシャンと景色ごと泡が全てはじけ飛んで。

 気がついた時には、俺は一人、風景の中に取り残されていた。



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