04.決断
俺の恨み節を聞かされたチカはあからさまに狼狽えていた。
「そ、それは……」
「あー……チトセ。その件については、あまりチカ君を虐めないでくれたまえ」
状況が悪くなってくると、予想通りというべきかクソピエロのフォローが入った。
やっぱりこいつらグルじゃねぇか!
「先程のチカ君の言葉で気を悪くしたのなら、上司の私が代わりに謝ろうじゃないか。だが、君が記憶を封じられたのは、そもそもが自業自得なのだと最初に教えておいただろう? それを分かっていながら、なぜ、自分の記憶を封じたなどと問われても、な?」
お門違いの非難はやめて欲しいな、とクソピエロは鼻であざ笑う。
「我々に言わせれば、それは君が下手を打ったからだとしか答えようがない。……その件について、彼女を責めるのは色々とお門違いだと思わんか? それに、チカ君が私の邪魔をしたことも、君の記憶を勝手に封じてしまったことも、全てには必然性があったのだ。そもそも、なぜチカ君が君の記憶を封じたのか、それを考えてみたことはあるのか?」
……本当は、君にだって分かっているんだろう?
そんなピエロのニタリと笑った顔の指摘に、俺は僅かに視線を逸らしてしまっていた。
「そう。君の考えている通りだ。……それがチカ君の“仕事”だったからだ」
そう。それがチカの仕事であり……。恐らくは、クソピエロの邪魔をして俺の記憶を消して証拠を隠滅することが、多分、チカが上司に命じられていた本当の役目だったからだ……。
だけど。……だけど、それだけで納得出来るような事なのか?
俺が大事な家族との記憶を奪われたことを怒るのは、そんなにお門違いなのかよ……。
そう未だ納得出来ないでいる俺に、クソピエロは呆れたような声をかけていた。
「……チトセ。君は、何か勘違いしてるんじゃないのかね?」
「かん、ちがい?」
「私達は、君の、何だね?」
うっすらと笑っているクソピエロは俺の何かって?
「……敵に決まってる」
それ以外の何だっていうんだ。
「おぅ、怖い怖い。そんな鋭い目で睨まないでくれたまえ。こうみえても私は小心者なんだ。そんな目で睨まれたら、楽しくなりすぎて、思わず踊りだしてしまいそうだ」
そう俺をコケにするような、おどけた仕草を見せながら。
「はっはっはっは。まあ、そう怒るな。私が君の敵だというのは間違いなく正解なのだからね。だが、君は無意識にチカ君をこそから外しているのではないかと思ってね?」
その指摘に黙っていた俺に、クソピエロは薄く笑って問いかけてくる。
「よくよく考えてみると良い。チカ君は君の何なのだ? 彼女かね? 親友かね? それとも、友達や仲間? 君にとっては知りあって間もない、ただの赤の他人なんではないのか?」
それはそうだ。でも、敵の敵は味方だし……。
何か思惑とかありそうではあるけど、俺のことを守る役目があるとか言っていた事もあって、一応は味方になってくれそうに思えた相手だった。
だから、無意識のうちに俺はチカのことを味方だと思っていたんだと思う。
「チカ君は……。確かに、彼女は、君の敵ではないな。だが、味方でもないのだよ? ただ、敵ではないというだけの、赤の他人だろう。……最初から君の味方ではなかったのだし、少なくとも自分のために行動している明確な敵ではないし、信用には足らない怪しげな人物に過ぎないはずだ。その助言も基本的には自分の目的のためなのだしな。その部分を都合よく見ないようにして居て『俺のためを思って言ってくれているのだろう』なんて、馬鹿な勘違いをしているような気がしてならないのだがね……?」
その言葉はフルスイングされたバットのような衝撃でもって、俺の脳天を直撃していた。
「……そういや、そうだった」
そうだ。そうだった。『もっと冷静になれ』だった。
もっと冷静になって、ヒートアップした頭を冷やさなくちゃいけない。
その部分のアドバイスは間違いなく、その部分においてはチカの助言は正しかった。
でも、他の部分はどうなんだ?
俺は、何か酷い考え違いをしていたんじゃないか?
全ては俺が決断すること……。
クソピエロだって、最初に、そう言ってたじゃないか。
アイツは、よく考えて後悔のないように選択しろって最初に言ってたはずなんだ。
クソピエロの台詞じゃないが……。
チカは、チカ。俺は、俺だ。
自分の組織から命じられた命令もある様だし、俺の友達でもなければ仲間でもないんだ。
彼女は彼女なりの立場で、動いているに過ぎない。
自分の目的と立場に応じた言葉しか口にしないし、そういった行動しかとらないんだ。
──冷静になれ。考えることを止めるな、か。ホントだよな……。
それが一番基本になる原則なんだってことを俺は忘れかけていたのだろう。
彼女の判断基準は、俺のためなんて生っちょろい代物なんかじゃ決してない。
そんなのは、原則として“ありえない”んだ。
そういう意味じゃ、ある意味、クソピエロの方が『自分が楽しむため』っていう、すっごく分かりやすい理由でいろんな行動をとってるせいもあってか、まだ理解しやすい部分が多かったのかもしれない。
……今回の薬の件にしたってそうだ。
クソピエロは自分が楽しむためだけに、俺に記憶の回復薬を与えようとしている。
それをチカはどう考えても快く思っていないし、ひたすら俺が飲む邪魔をしている。
自分の手で俺に渡しておきながら、それを飲もうとするのを邪魔をするというのは、些か奇妙な点ではあったけれど、さっきのチカの様子からしても、おそらく薬については、詳しくはあらかじめ知らされてなかったんだろうと思う。
単に、それを持って行っとけって言われて、あらかじめ持たされていただけなんだろうな。
だとすると、そんな彼女が俺が記憶を取り戻すのを邪魔するのは何故なんだ?
自分が命じられた命令に何か関係があるのか……?
それとも、その言葉通りに、俺が危険だからか?
……まあ、それは多少はあるのかもしれない。
何しろ寿命を削るとかいう劇薬らしいからな。
俺が興奮するから?
……これについてはイマイチ、意味が分からないが。
そもそも、俺の記憶って、そんなにヤバイ代物なのか……?
これについても分からないままだった。
でも、俺が何で組織とやらを探ってたのかを、二人とも知らないっぽかったんだよな……。
それなのに、俺が記憶を蘇らせたら、なんで混乱するって思ったんだ……?
──何か、心当たりがある……?
やっぱり、その可能性が一番高い気がする。
きっとチカには何か心当たりが……。
俺の背景、封じられた記憶に関する何か。
後ろ暗い“何か”があるんじゃないだろうか。
それがあるせいで俺の記憶復活に反対の立場をとっている?
それか、もしかすると何度も記憶を封印しようとしたら段々上手く行かなくなるとか?
そういう縛りのようなものがあるのかもしれない?
……うん、コッチのほうがそれっぽいな。
ということは、やっぱり二度目の記憶封印に失敗する可能性と、クソピエロの本体がここに居ない事もあって、そうなったときに自分の手で俺を殺さないといけなくなる事を単純に嫌がってるのかもしれない?
……ああ、こう考えてみたら、なんで強硬に反対するのかわかってきた気がする。
「……頭は、冷えたかね?」
「ああ」
「では、もう一度聞こうか。……薬を飲むかね?」
例えどんな結果になったとしても、だ。
それでも俺は、この質問への答えを変える気はなかった。
「飲むよ」
そんな俺の腕をチカはギュッと握りしめてきたけれど。
「大丈夫だって。後でまた上手いこと記憶を封印すれば良いだけだろ?」
それに、俺はむざむざ取り戻した記憶を、また奪われる気なんてサラサラなかった。
クソピエロを真っ直ぐに睨みつけながら……。
「なあ、別に賭けるモノがひとつだけなんてルールはないんだろ?」
「それは私により沢山奪われる事も意味しているが、良いのかね?」
「勝てば問題ない。……だったよな?」
そんな俺の挑発的な態度で何かを察したのかもしれない。
「……なるほどな。己の記憶の所有権を賭けるつもりか」
「そういうこと」
その上で、目的のモノも勝ち取れば良い。単純な話だ。
……まあ、全ては、勝てれば、なんだが……。
「二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉があってだな……」
「勝利の女神は勝つことを一切疑わない馬鹿だけに微笑むらしいぞ」
うるさいとばかりにクソピエロの言葉を遮った俺の言葉に、奴も苦笑を浮かべていた。
「一つ目の勇者様か」
「なんだそりゃ」
「前しか見ることが出来ない猪武者を意味する言葉だ。背後を振り返ったり、己を省みたり、過去を思い返したりとか、そういった後ろを振り向く事が出来ない“愚か者”を指す隠語なんだがね。だが……勝利の女神とは、往々にしてそういった勝利を疑わない馬鹿にのみ微笑むとも言うしな。どちらが正しいのかは、まさしく神のみぞ知るといった所なのだろう」
カッカッカッと笑い出しながら。
「負けるまで賭け続ける勇者様と書いて、死んでも直らない馬鹿とも読ませる。いわゆる愚か者のことを指す言葉でもあるのだが。……チトセ。まさに、今のお前のことだ。無謀の極み、愚か者の行為そのものだ……」
だが、と。画面の中で、力いっぱいに身を乗り出してくる。
「その刹那的な考え方、嫌いじゃないぞ!」
「気に入ったか」
「ああ、気に入った!」
プッハー! と、盛大に煙を吐き出しながら。
「……面白いな。実に、面白い! その賭け、うけてやろうではないか!」
よし、これでいい。
後悔はない。
……そうさ。
奴の言うとおりだ。
勝てばいいんだ。
全ては、それに尽きる。
「チトセ。君は実に面白いな。勝利などというあやふやなものに全てをBETするのか」
「それがギャンブルってもんの本質だろ」
ブチ切れたイカレタ狂人にだけ、アドレナリン中毒のヤク中女神は微笑むんだってさ。
何かで読んだ、そんな病んだフレーズを脳裏に蘇らせながら。
俺は、手にした青い錠剤を口に含んで。一気に飲み込んでいた。
「では、しばし眠りたまえ。次に目覚めた時には記憶が戻っているだろう」
その言葉を聞きながら、俺の意識は段々と真っ黒に塗りつぶされていったのだった。