02.賭博
考える。
思いつくがままに羅列し、連想されることも含めて考えてみる。
注意すべきは見落としと、考え違えだった……。
──まず、この空間にある物から始めるか……。
眼の前にあらわれた変な白い箱。
チカと呼ばれている黒尽くめの怖い女。
十三とか名乗っている画面の中のクソピエロ。
その画面はチカが抱きかかえているタブレットで……。
そこに写っているクソピエロ。
電気ショックの流れる椅子。
俺の下半身を縛っている金属製の鎖……。
がんじがらめに縛られている鎖。
拉致されただけじゃない。
記憶まで消されたらしい。
そのせいか状況は未だに良くわからないままだ。
……うん?
──そこまで考えた時に気になることが出てきた。
そういえば、この箱は何処から出てきたんだ……?
そっと視線を床に向けてみる。
辺り一面、真っ黒だ。
床が真っ黒だから継ぎ目が見えないだけなのかもしれない。
椅子の足も床に固定されてるみたいだし……。
ここの床には色々と仕込まれているって事なのか?
……いや、そんな事は、今はどうでも良いんだが……。
そもそも、ここは何処なんだ?
俺は部屋で寝てたんじゃなかったのか?
いつのまに、こんなところに連れて来られたんだ……?
……いや、まて。それも違う。違うぞ。優先順位を間違えるな。
今は、そんなことより、さっきの質問の意味を探る方が重要なはずだ。
クソピエロは、俺に、何をさせようとしているんだ?
俺がやることを選ぶか、チカとかいう女に権利を譲るか?
……いまいち意味が分からない。
だけど、この質問は結構、重要な選択な気がする。
少なくとも、この箱に関する何かを選択しろって言われているのは間違いない筈なんだ。
あとは……。
──私には主の指示を守る義務がありますから。
脳裏に、さっきチカの台詞が蘇る。
イマイチ信じられないんだが、このねーちゃんは、クソピエロから俺のことを“守る”ことを上司から命じられているらしい。
クソピエロのことを様付けで呼んでた所を見るに、おそらくは同じ組織のヤツなんだろうけど、上役ではあっても敵対なり反目しあってる人の部下か何かで……。多分、お目付け役として付けられていたんだろうな。そして、今は俺と同じくクソピエロの標的にされかけているって認識で良いのか……?
──奴の敵になりつつある同じ組織に所属する女、か……。
何とか、味方にできないかな?
ふと、そんな都合の良い考えが浮かんだ。
敵の敵は味方ってよく言うもんな。
今は敵対までいかなくても中立の立場みたいだし。
うまいこと味方に引き込めれば状況がかなり良くなるんじゃないかって思ったんだが。
──だとすると、ここで俺が、まず最初にとるべき行動は……。
「その問いに答える前に質問したい」
「……なんだね?」
ニタリと笑って、聞いてくる。
どうやら質問はしても大丈夫らしい。
……とりあえず最初の選択は正解だったってことか。
「チカさんだっけ? 彼女に質問をしても?」
「かまわんよ」
ぷっふーと黄色の煙を拭きあげながら、クソピエロはゆっくりとうなづいてみせる。
「知ってるとは思うんだけど、一応名乗っとく。千年 信太朗だ。君は?」
「沢谷 千花。チカとでも呼んで下さい。チトセさん」
「チトセでいい。俺もチカって呼んでいいか?」
「構いません」
とりあえずクソピエロ相手の共同戦線を張る上で協力しようといった趣旨で、俺たち二人は、互いに名乗り合い、なんだか随分と変則的で奇妙な形ではあったが、一時的に手を結ぶ事になった。よし、次は……。
「あまりだらだら話してて退屈されたら、さっきみたいに無理矢理コッチ向けってされそうだからな。さっさと本題に入ろう。……君は、この箱が何なのか分かってるのか?」
そう色々すっ飛ばして一番重要そうな情報を聞いてみたんだが、チカは首を小さく横に振るだけで。……どうやら、知らない道具だったらしい。この役立たず。
「チトセ。一応、忠告しておいてやるが、チカ君に箱の事を聞いても無駄だぞ。この仕掛は、今日が初お目見えの“新作”だからな」
ぽっぽっぽっとパイプから色とりどりのリング状の煙を立ち昇らせながら、クソピエロはニタリと笑いかけてくる。
……くそっ。とりあえず、この道具については今のところ情報なしか。でも、チカは同じ組織の人間なんだから、クソピエロの悪行については、色々知ってるはずだ。
「チカ。君は、この悪ふざけについて何か知っているのか?」
「何か、とは?」
「狙いとか、そういった感じの……。何を目的としてるかって感じの」
ようはクソピエロのこれまでの悪行を教えて欲しい。
そういったニュアンスは伝わっていると思ったのだけど、チカはなぜか自分の方にクソピエロの画面を向けて聞いていた。
「彼に教えても?」
「ああ。構わんよ」
君が教えて大丈夫と思う範囲で色々と教えてやるといい。
もっとも、チトセがソレを素直に信じるられるかどうかは知らないがね。
そんなクソピエロの皮肉げな最後の言葉が、やけに気になったのだけど。
「わかりました。……まず私達の組織の事についてですが、基本的には何も教えられません。そのかわり、十三様のこれまでの行いについては、概略程度ならお伝え出来ます」
「頼む」
予測通り、クソピエロとチカは多分、同じ組織のヤツだったんだと思う。
それで、チカの上司……多分、クソピエロがさっきアイツとか呼んでた奴もそうで、俺が認識している範囲で三人の名前らしきものが出てきていた。
クソピエロと、チカと、あともう一人の人物だ。
最後の一人は、クソピエロの同僚みたいな感じの地位にある奴なんだと思うけど、チカをお目付け役として付けていて、俺のことをむやみやたらに殺したりしないように守ってやってくれって感じの指示されているんだろうと思う。
そのせいで上役であるクソピエロの不興を買ってしまって、チカは今現在、対立状態な関係にある……といった認識で良いのか?
そして、俺は、そんな二つの思惑を持つ勢力の間に挟まれていて、多分、クソピエロの毒牙に狙われているのだとは思うのだが……。
俺に分かっているのは多分、それくらいだ。だけど、連中の組織とか人間関係とかについてこれ以上は詳しく知る必要もないのだと思う。だから、あとはクソピエロについて詳しく知っていれば十分なはずだった。
これまでクソピエロがどんな馬鹿な真似をしでかしてきたのかだけでも分かれば、このゲームの趣旨ってヤツもある程度は分かるだろうからな……。
「十三様は、基本的に、賭け事が大好きな御方です」
「まあ、そうなんだろうな」
それはこれまでのやりとりで何となく分かっていた。でも、チャンスをやろうって言葉が奇妙に引っかかってる。あれじゃあまるで……。
「本来、私達の目的はすでに達せられています」
「え? 目的って、俺の記憶消去……?」
「はい。パソコンなどの機材類は、履歴情報やブックマークなど、キャッシュに至るまで全て消去されてますし、中継局や接続先の履歴自体も全て抹消されていますから。明日以降に今夜のことを調べたとしても、既に何もわからない状態になっています」
じゃあ、何で俺は拉致されたんだ……?
そんな疑問が表情に出たんだと思う。
「本来なら、最後に“警告”をしてから去るはずでした」
「警告って?」
「手紙などが一般的でしょうか。眠らせたターゲットの部屋の扉の“内側”に、ナイフで突き刺しておくことが多い様です」
……なるほどな。そうやって記憶を消されただけじゃなくて、馬鹿な真似をするなよ、何時でも殺せたんだぞって見せ付けて脅しておくってことか。でも、それで十分なはずだったのに、わざわざクソピエロとチカは俺のところにやってきただけじゃなくて、ここまでさらって来たってことなのか……?
……何故だ? 何故、ここまで回りくどいことをしているんだ。
それこそ何時でも連中は俺のことくらい殺せたんだろうから、今更、単なる口封じって訳じゃなさそうだけど。
「おそらく十三様はアナタに興味を持ったんだと思います」
「興味って、気持ち悪いな……」
そんな俺の素直な感想にチカも僅かに苦笑を浮かべていた。
「その気持ちはわかりますが、無理もないんです。我々の組織のことを探る一般人。しかも、何の変哲もない、ただの高校生。……そんな相手なら、私でも興味を持ちます」
「チカなら、まあ……。我慢するけど?」
そんな俺の素直な感想その2は、見事なまでにスルーされてしまう。そして……。
「十三様にはちょっと特殊な性癖がありまして」
そぉら、きたぞぉ。重要な情報って奴だ。
「興味を持った相手と、こうして接触しては会話をされるだけでなく……。その……」
ひどく言いにくそうな声で口ごもった後、チカは僅かに視線を逸らして。
最後に少しだけ迷う素振りを見せた後に、タメ息混じりに言葉を続けていた。
「かなり、特殊な類の……。いわゆる“人生を賭ける”といった類の“賭け事”を、挑まれる事が多いのです」
賭け事。ギャンブル。その内容は実に多岐に渡っていて、簡単なクイズやなぞなぞ、謎掛けなんかもあったらしい。ほかにもポーカーなどのカードゲーム、チェスなんかもやったことがあるそうだ。でも、最近は趣向に凝った変なゲームが増えてきていて、いろいろ準備を手伝わされて周囲も迷惑しているらしい。……最近だと、主に、チカが。
「……へぇ。それで、その“賭け”とやらに勝ったら?」
「なんでも。金でも、地位でも、名誉でも。色でも、愛でも、なんでもだ。お前の好きなモノを求めるが良い!」
退屈していたのか、俺達の会話にクソピエロが割り込んできた。
「それこそ、勝ちさえすれば、望みは全て叶うんだ。私に勝ちさえすれば、何でもお前の思うがままになるんだぞ。チトセ」
「なんでも……?」
「繰り返すが、なんでもだ、だ。金でも、権力でも、名誉でも、愛でも……。それこそ、何でも良い。欲しいモノを望むが良い」
「豪華な話だが……。でも、なんでも良いって言われてもなぁ……」
「大丈夫だ。私に、不可能は、ない」
言い切りやがった。
でも、それを聞いたときに、何故だか俺の頭はズキッって強く痛んだ。
まるで、それが本当だって言ってるみたいに……って、え?
……痛みが、消えた……?
それを本当なのかもって考えた途端に?
……いや、俺は、そのことを知っている……のか?
違う……? 知っていたけど、忘れてしまっていた?
それとも、それだけは忘れることが出来なくて、おぼろげにでも覚えていたとでも……?
──何故だろう。なんで、アイツの言葉を疑う気持ちが湧いてこないんだ……。
そのことを。それが本当だって、知ってたから……?
知っていたから、それを疑えずにいるのか?
そんな、馬鹿な……。
そもそも、なんで、俺は、こんなことを知っていたんだ……。
い、いや、まて。まさか……。
そのことを最初から知ってたから、俺は組織のことを探ってたってことなのか!?
「そ、それじゃあ……。負けたら? 負けたらどうなるんだ!?」
勝負事な以上、勝つだけでなく負ける事も考えておかなきゃいけない。これは鉄則だ。
「何を言っているんだ、チトセ。要は、勝てば良いだけだ。それに始める前から負けた時のことを考えているようではな……。君は本当に勝つ気があるのかね?」
ヤレヤレと額を指でおさえながら首を振るクソピエロ。
お前のつまんない挑発になんて乗ってたまるか!
「チカ。この勝負に負けたら、俺はどうなるんだ?」
「……わかりません。負けた場合の結果は色々です」
なんだよ、それ。
「何を賭けるかにもよりますので……」
「報酬の大きさが桁外れな分、いろいろと“かけがえのないもの”や“とりかえしのつかないもの”を賭けたがる愚者も多いのでな」
求めるモノの大きさによって代価の大きさも異なるってことか。
……まあ、それも道理なんだろうけど。
「そうなると、命なんかも平気で賭けてそうだな」
「ふむ、命か。チップの選択肢としては妥当であり、究極にして、常にあり得る選択だろう。もっとも、そこまで掛けたがる切れた馬鹿は滅多に居ないがね」
「どーだか……」
こいつの事だから喜んで命をかけさせていそうだが。
俺のジト目にクソピエロは、ただニヤニヤ笑って沈黙を守っていたのだった。