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18.結末


 目が覚めた時、そこは部屋のベッドの上だった。

 当たり前の事だったのかもしれないが、俺にはそれが何故だか不思議だった。

 窓からは日の光が差し込んでいる。

 なんとなく、窓を開けてみたい気分になっていた。

 気分の命じるままに窓を開けてみる。


 ガラッ。


 ……快晴だった。

 とても清々しい、気持のいい朝だった。

 とても空気の気持ち良い、何ら変哲もない、いつも通りの朝……。

 そんな朝を迎えることが出来た事が、何故だかとても嬉しかった。


 ──なにか悪い夢を見ていたような気がする。


 ふと脳裏に夢の中で見たのだろう、何やら嫌な感覚と記憶が蘇る。

 なにか本に関する夢だった気がするのだけれど……。

 部屋を見回してみると、朝日の中でぼんやりと浮かび上がって見えていた。

 なにやら見覚えのある本やない本まで、みっしりと詰まっている本棚。

 その棚の中に、不自然な空白が出来ている事に気がついた。

 あそこには何が入っていたのだろう……?


 ──確か、洋書らしき本が入っていたと思ったのだけど。


 親の残してくれた本は、希少価値のあるらしい一部を残して大半は処分してしまった。

 あの本は多少なりとも価値があるかもと思って置いておいた物だっただろうか。

 ……なんだかよく覚えていない。

 確か、コレクターアイテムなどの一種だった気もしている。

 市場価格としては大した価値はないのだけれど、収集家にとってはあれば欲しい一品。

 古さの割には、その程度の価値しかない本だった気もする。


 ──まあ、いいか。


 どうせ、その程度の価値の本だったのだ。

 タイトルも思い出せないような本なんだし、大して重要な物でもなかったのだろう。

 そんな自分の心の動きを、頭の片隅で、どこか奇妙に感じながらも。

 それでも、次の瞬間には、その隙間にあったはずの本の事なんて気にもしなくなっていた。


 ──散歩でも行くかな。


 そんな、どこか現実感をなくしたままに、俺は上着を着ると部屋を後にする。

 行き先なんて決めてなかった。

 ただ、何となく、いい天気だったから、そこら辺を歩いてみたかっただけだった。

 なんとなく、歩いて。

 気が済むまで歩いて、疲れたらバスに乗って。

 また、歩きたくなったなら、バスから降りて歩いてみて。

 たまに、横断歩道なんかを渡ってみたりなんかしてみた。


 ──もう、こんな時間なんだなぁ。


 何気なく見た時計の短針は、何時の間にやら八の所を通り過ぎていた。

 こうして通勤途中の会社員達とすれ違っているのも無理もないのかと。

 そう一人で何となく納得しながら駅の方に向かって歩いていた時の事だった。


 ──おっ。なんか可愛い子、はっけーんっと……。


 その途中ですれ違ったOL風の黒いスーツ姿の女。

 時計を見ながら、道を急ぐ女に「チカ君に感謝したまえ」って囁かれた気がした。

 そのせいか、慌てて振り返ったのだけど。

 そんな俺の目には、もう、その女の後ろ姿は見えなかった。


 ──チカって、誰だよ……。


 そんな何だか気持ち悪い出来事なんかもあったのだけれど。

 色々とあって、今。俺は、自分が何処にむかっていたのか。

 それを、ようやく自分でも理解出来ていたんだと思う。


 「ああ、そうか。そういうことだったのか」


 おもわず納得の声が漏れてしまっていた。

 朝っぱらから家を出て、電車を乗り継いで、バスにまで乗り換えて。

 家から一時間近くかけて訪れたのは、山間の湖のほとりにある大きな医療施設だった。

 その施設の事は、俺も良く知っていた。

 そして、その建物の三階にある3047号室に。

 そのプレートが掲げられている部屋に。

 俺は、何かに引き寄せられるようにして入って行っていた。


「……久しぶり」


 俺の挨拶を受けたのは、一人の女の子だった。

 ベッドの上の女の子は、まるで眠っているようにしか見えない。

 ……妹だった。

 最後に見た時から、何も変わっていなかった。

 ちょっと髪が伸びたかなって程度にしか変わっていない。

 そして、それは妹が、まだ生きている証でもあったんだと思う。


「……」


 俺は、そんな妹を無言で見つめる。

 今にも目を覚ますんじゃないかって。

 今にも目を開いて、お兄ちゃんって呼んでくれるんじゃないかって。

 そう、またいつか、自分に声をかけてくれるんじゃないかって……。

 ずっと。ずっと、そう思い続けて。

 いつしか、待ち続ける事に疲れ果てて。

 前みたいに思い続ける事が出来なくなってきて。

 そして、俺は。

 ここに。妹の部屋に来なくなった。

 親父達の残してくれた物のお陰で、金銭的な余裕だけはあったから。

 妹の面倒を見てもらうための施設に支払われるお金だけは、口座から自動的に引き落とされるようになっていたから……。

 それを免罪符にして、俺は妹に、ずっと背を向けてしまっていた。

 ただ、親父達の残してくれた金に頼って、他人に面倒を見てもらっていただけだった。

 原因不明のままに。

 ある日から、ずっと眠ったまま起きなくなった妹のことを。

 その辛い現実から逃げてしまっていただけだった。


 ──病気の方は、どうなったんだろう。


 ふと、そんなことが気になったけれど。

 でも、すぐに思い直していた。

 ん? 病気って、なんだ……?

 病気になんて、最初からかかってなかった(・・・・・・・・)だろ。

 ただ、目を覚まさなくなっただけで……。


 ──俺は何を考えているんだ……。


 そういえば、たしか、妹は、目が覚めなくなって。

 昏睡状態になっただけ(・・)、だったんだった。


 ──しっかりしろよ、俺。


 思わず、自分の駄目っぷりに苦笑が漏れる。


「こんなこっちゃ、叱られちまうよな」


 そう思わず呟いてしまっていたらしい。


「誰に?」


 思わず呟いてしまった俺に、その問いはかけられていて。


「妹にだよ」


 下げた視線の先で。


「……おはよう、お兄ちゃん」

「ああ。……おはよう。サヤ」


 俺達二人の時計は、また静かに時間を刻み始めていたのだった。



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