15.本性
いよいよ敵は、その本性を露わにした。
これまで、ずっと俺は騙されていたんだ。
本来なら、そのことをもっと怒ったり、恐れるべきだったのかもしれない。
だけど、俺は、逆に何処かスッキリした気分を味わっていた。
それは多分、色々と細かい違和感とか疑問などが綺麗に片付いていたからだったのだろう。
「よくよく思い返してみると、あちこちで不自然な部分があったんだよな。だから、こうなってみて、初めて『なるほど、そういう事だったのか』ってようやく理解できたのかもな」
そもそもチカと契約をした時から何かおかしかったのだ。
あの時には、その場の雰囲気と空気に飲まれてスルーしてしまっていたが。
だけど、よくよく考えてみると、色々と不自然さが目立っていた。
なぜ、俺とクソピエロが勝負しているはずなのに、チカが代わりに契約の印を手に刻まれなければならなかったのか……?
その答えは、分ってしまえば、すっごく単純な話でしかなかった。
本当の俺の勝負相手は、クソピエロなんかじゃなく、チカだったからだ。
俺は、そのことに気がつけないままに、延々とチカを自分の味方だと勘違いした状態で明後日の方角を向きながら真剣な顔をして勝負していたんだからな……。
間抜けな話といえば、これほど間抜けな話もなかったのだろう。
──よくよく考えてみると、薬とか羊皮紙とかの時も、そうだったんだよな……。
なんだかんだと反対してみたり邪魔をしたりしていても、最後にはチカは必ずクソピエロの指示通りの行動をとっていたんだ。
命じられるままに薬を俺の前に出してみたり、羊皮紙を取り出して広げてみたり、そこに色々と率先して内容を書いてみたり、サインをしてくださいと迫ってみたり、と。
今にして思えば、言動不一致の極み。妖しい行動のオンパレードだったんだな、と。
そう、逆に納得もできてたりする訳だが。
「まあ、そういう意味じゃ、ここからが本番っていうのは間違いないんだろうな」
そんな俺のスッキリした気分とは裏腹に、チカは面白くもなさそうに答えていた。
「こちらとしては一番楽しみにしていた絶望を味わえなかった時点で、すでに興味半減。下らん内容の消化試合を無理矢理に強要されているような不愉快な気分だ」
まあ、そう言うなって。
……最後まで、ちゃんと付き合ってもらうからな。
──(第4ターン)チトセ【71】 VS チカ【48】──
このターンはチカの攻撃からだった。
「くだらん。本当にくだらん」
ぶつくさ文句を言いながらチカが中央の赤ボタンを乱暴に押す。
雑かつ乱雑極まりない。
これまでとは対照的なまでに適当すぎる押し方だった。
先ほどまでの慎重さに満ちた押し方など見る影もないな。
おそらくは、これが本来の姿だったのだろう。
だけど、その結果は……。
「容赦ねぇな……」
チカが選んだ数字は「92」だった。
まさに手加減、手心一切なしの無造作過ぎる容赦の無さ……。
俺の感想などどうでも良いとばかりに、さっさと行動を選択する。
前のターンでの宣言通り、おそらくは「剣」を選択したのだろうと思う。
というよりも、先行側で90以上が出たなら、俺でもそうする。
「目押しは得意だと予め言っておいたはずだが?」
面白くもなさそうに、それはお前も知っているはずだとでも言いたげに口にして。
そんな言葉に「そういやそうだったな」って舌打ちしながらも。
そんな俺が選べる行動なんて、精々1つしか無いわけで。
こんなド高目の数字が相手では『盾』を選択すること位しかできない。
おそらくは手加減や余計な趣向など抜きにして、真っ当な方法で仕掛けてきている。
そんな普通に殺しにかかってくる相手を前に為す術なく軽減を狙っていくしかない。
自分にとっては、おそらくは妥当な選択ではあったのだろうが……。
「まあ妥当ではあるのだろうな。だが、ベターでは私には勝てん」
ベストなタイミングでリスクを取らなくてはお前に勝ち目はない。
そう嫌味ったらしく忠告してくるチカを前に、俺は黙ってうなづくしかなかった。
……そんな事、言われなくても分かってるんだよ。
「しかし、よく俺が『盾』を選んだって分かったな」
これまでの勝負の中で分かってきたことなんだが……。
相手はどうやら本当にこちら側の選んだカードが見えていないようだ。
それに、数字の出目などを調整したりも出来ていないようなのだ。
つまり、そういったゲームの根幹に関わる部分にはイカサマなし。
あくまでも勝負の部分だけはフェアに拘ってやっているようなのだ。
だからこそ、前のターンの時のような騙しうちが成立したのだが。
まあ、それ以外の部分についてはご覧の有様で大惨事な状況な訳だけどさ。
おおよそ、あらゆる手段を総動員してこちらを騙しにかかっていたのだから恐れ入る。
「お前の表情を見ていればな」
「バレバレか」
「おおよそどういう行動を選んだかはな。だが、流石に心変わりなどまでは読み切れん」
だからこそ先が読めない部分があって面白いんだが、と前置きをしながらも。
「もっとも、大本命の目論見の部分で当てが外れてしまった以上は、後はただお前が力尽きるまで、延々と斬り続けるだけの繰り返しに成り下がってしまったからなぁ」
「そんなにツマンナイのかよ」
「こんな単純作業の繰り返しだけが楽しいわけがあるまい」
そんなチカのボヤキを聞き流しながら、俺は赤ボタンを押した。
出た数字は「63」。
悪くはない、そこそこの数字なのかもしれない。
だが、この程度の数字では、ベターにも程遠い結果でしかなかった。
その結果、92ダメージから63が軽減されて29のダメージが確定する。
残ポイントが71から42へと、約半分くらいにまで減少してしまっていた。
おそらくは、このまま最後までじわじわと削り殺される結果になるのだろう。
それを今更ながらに、俺は理解させられてしまっていた。
相手は、自由自在に数字の高目、低目を調整できる技術を持っているのだ。
目押しが出来るプレイヤーにとって、このゲームのルールは圧倒的に有利だった。
そして、チカは事前の忠告通りに、正に百戦錬磨のプレイヤーであり……。
「せっかくここまで色々とお膳立てしておいてやったというのに、絶望という名の甘露を味あわせてくれなかったのだ。後は、為す術なく一方的に殺されていく中で、多少なりとも恐怖や無力感でも味あわせてくれたまえよ」
今更ながら自分が勝負を受けていた時点で大きな罠にはまっていたことを思い知らされる。
このままだとジリジリと削り殺されるしかない。
どうにかしないと、と焦燥が募る。だが、何ら打開策など思い浮かばない。
どうすれば良い。どうすれば……。
そんな焦りまみれの疑問符だけが頭を埋め尽くしていこうとしていた。
──(第5ターン)チトセ【42】 VS チカ【48】──
ピエロが表示されなくなったせいか、ひどく無機質にも感じられるようになった画面には、互いの残ポイントだけが大きく表示されていた。
「ほう。……なかなか良い感じに数字のバランスが取れてきたじゃないか」
その画面を見ながら、チカはフムとアゴのあたりさすっていた。
「お互いに傷だらけ、まさに満身創痍って感じの泥仕合だな」
「双方ともポイントが半減、お互いに剣は選びにくい状況になりつつはあるのだろうな」
「それはどうかな? 何事にも例外というものはあるものなんだぜ……?」
単なる強がりに過ぎない台詞なのはバレバレだったのだろう。
そんな俺の言葉は相手の失笑を買っただけだった。
「そういう奇跡が起きる可能性はなくもないか。だが、少なくとも……。ここでは奇跡などは起きないし、起こさせもせんよ」
そう「甘い期待など捨てたまえ」とでも言いたげに宣言して、俺にさっさと赤ボタンを押せと促してくる。
「悪あがき上等! 必死にもがいて、あがいて、あらがってみるのさ。最後の最後まで諦めなきゃ、きっと拾う神だって現れてくれるだろうからな!」
「人事を尽くして天命を待つ、かね?」
「いいや。よく、やれるだけやったら後は運を天に任せてどっしり構えて居ろなんて言うけどさ。あれは間違ってるんだと思う」
「ほう?」
「最後の最後まで結果を運任せになんてしないで、結果が出る瞬間までやれることを、ただひたすらにやり続けるべきなんだ」
「その結果が、敗北……。予期していなかった悪い結果になったとしてもかね?」
「ああ、それでも、だ。それは運が悪かったと思って諦めろって意味であって、やれるだけやったら後は天に任せろなんて意味じゃないのさ」
そうさ。だから、俺は最後の最後まであがき続けてやる。
「このターンは俺からだったな」
しっかりと目を確認しながら、あえて低い数字を狙っていく。
これまでの情報収集によると低目の直後には高目が配置されているのだとか。
となると低目を選べば目押しの下手な俺なら、少しタイミングがずれるはず。
出た数字は予想通りの高目で「84」だった。
思わず「よしっ」と声が漏れる。
「ほう、中々の数字ではないか」
そう関心されるほどには悪くない出目だったのだろう。
これだけの高目が出たのだから、当然のように「剣」を選択したい所だったのだが……。
「……なにかね?」
問題は選択順だった。
俺は数字を確定させたけど、まだ後攻のチカは数字を選んでいない。
そして、チカは細かい下の桁側の数字はともかくとして、上の桁側の数字でおおよその目押しを可能としているようだった。
たとえば90以上を狙って、それを出してくる事が出来る。
それだけの目と腕を持つ相手なのだ。
──こんなに高目を出したのに……。
いささか悔しくもあるが、分かりやすくもあったのだろう。
俺が剣を選んで勝負を挑めるのは、おそらくは後攻側だけだったのだ。
チカの数字がすでに選ばれている状態でしか、自ら攻撃を選ぶことが出来るタイミングなど、ありえないのだ。
それを何となくではあるが、俺は理解してしまっていた。
たとえば、今回も、そうだった。
──おそらくはチカは、85以上を出してくる。
そんな予感があった。
おそらくは駄目なのだ。
先行側では。相手の数字が未確定状態での勝負では……。
どれだけ数字を出しても、それを後出しジャンケンで上回れる相手なのだ。
そう思って置かなければ、あっというまに殺されてしまうはずだった。
だから、ここでは『盾』を選ばざる得ない。
それくらい目押しで高目の数字を後出し可能というアドバンテージは大きかった。
台の上に伏せカードが表示される様を見ていたチカは、おそらくは俺から感じる悔しさのようなものを感じ取っていたのかもしれない。
「ほほう。ようやく私好みの展開になってきたではないか」
そう、ニタリと笑って自分のカードを選ぶと、余裕の目押しで「96」を叩き出す。
「ちくしょう、やっぱりか!」
そう思わず叫んでしまった俺に、チカの笑みが被せられていた。
「言ったはずだ。奇跡など起きないと」
そして、開かれるチカの行動カードは言うまでもなく「剣」であって。
「チトセ。お前は、ここで死ぬのだ」
俺の残ポイントは42から12減って30へと減少してしまっていた。




