表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

14.真名


 俺が前に勉強していた時、罠は二重に仕掛ける物だと書いていた本があった。

 本当の嘘を覆い隠すために、小さな嘘でカモフラージュする。

 本当に隠したい物を守りぬくために、見つけやすい物で覆い隠してしまうんだ。

 例えば、死体を埋めて隠す場合には、思い切り深く穴を掘って死体を隠して、その上の浅い部分に獣の死体を埋めておくといった風にして。

 そうすることで、死体を探している者であっても、最初に見つけた獣の死体に騙されて、ここには獣の死体しか埋まっていないと思い込んでしまうものなんだって。

 もっと深い所に自分が探している人間の死体が埋まっているとは考えられなくなる。

 そういった風に、意識を誘導するのだと。

 嘘は暴かれることを前提につくべしとも。

 嘘は暴かれる。それなら、暴かれる事を前提としなくちゃいけないんだとも。

 嘘を暴かれていく過程においてさえも、暴く者の意識を、暴かれる者の意図した方向に誘導してやることで、暴く者の認識や意識を特定の意図した方向へと導くのだと。

 用意しておいた偽りの答えへと辿り着くように心を誘導して、狙い通りの真相にあえて辿り着かせる。そして、その結果が真実なのだと思い込ませる……。

 そういった心理操作の手法……。

 ミスディレクションというがあるのだそうだ。

 恐らくは、クソピエロがやったのは、そういうことだったのだ。

 有象無象、大きな嘘から小さな嘘まで幾百幾千万、無数の嘘でたった一つしかなかった本当の狙い、本当に俺の目から隠してしまいたかった嘘を隠してしまっていたんだ。


 ──それは、チカが敵だってこと。


 そう。チカは敵だった。

 最初から敵サイドの人間であり、たまたま俺を守れと命じられただけの人間。

 それが原因で、俺と手を組んでクソピエロと敵対する羽目になった人間……。

 そう、俺は、そう思い込まされていた。

 本当の答えは、もっと簡単だったんだ。


 ──チカは敵だった。


 真実は、これだけだった。

 そして、これこそが隠されていた本当の真実だったんだ。

 恐らくは、最初から……。おおよそ、あらゆる全ての出来事が、俺の意識や認識を誤った方向に歪めるために使われていた。

 だから、俺は、騙されてしまっていた。


 ──チカこそが敵の正体だった。


 そう。クソピエロの道化っぷりに騙されていたが、俺は最初の一歩目を歩き出すべき方向を歪められていた事に、今の今まで気がつけていなかったんだろう。


 ──チカこそが倒すべき本当の敵だったんだ。


 俺は明後日の方角を向きながら「お前に勝つ!」と吠えていたんだぜ?

 それがどれだけ滑稽な姿か、想像すると身悶えして悶絶しそうになっちゃうぜ……。


「なんで、こんな周りくどいこと、したんだ?」


 まあ、答えは分かっているが。

 ……いや、分かる気がするが、というべきか。


「ただ勝つだけじゃ詰まらないからってか?」


 俺の指摘にニチャリといった陰湿な笑みが浮かぶ。

 ただ一方的に勝つだけでは心が満たされないから。

 きっと、そんな下らない理由だったのだろうと思う。

 あるいは、こちらの心をへし折ってでも無理やり負けを認めさせないと、例の契約の力でも魂を引き抜くなんて無茶な真似は出来ないとか、そういう妙な制限があったりする可能性もあるけど……。ただ、これだけは間違いないはずだった。


「自分の楽しみのために人の心を踏みにじるのは、流石にどうかと思うが?」


 おそらくは全てが必然性のある行動だったのだ。

 俺をコケにして弄んだこそすらも。


「よく気がつけたものだ」


 ああ、我ながらそう思う。


「……いつ気がついた?」


 きっかけは、クソピエロが『剣』のカードを晒した狙いを読んでいる時の事だった。

 あの時に思ったんだ。

 もしここで何か仕掛けたんだとすると、伏せたカードをいじったんじゃないかって。

 見えている部分と、見えていない部分。

 俺なら見えていない部分をいじって、見えている部分でわざとらしい行動を起こす。

 あえてわざとらしい行動をとることで相手の意識と視線を誘導する手口だろうって。

 ミスリード、ミスディレクション……。

 心理的誘導。マジシャン、奇術師の手口だった。

 意識と注目点の誘導。手品師、奇術師、手妻師。そして、詐欺師の手口でもあった。

 それらがきっとキーワードだったのだろうと思う。

 表が裏で、裏が表で。見えている物に何も仕掛けらしきものがないというのなら、見えていない物、見えていない部分にこそ何か仕掛けているのではないか。

 そう誘導することに何か意味があったのなら?

 本当の意味で罠が仕掛けられている部分は、あえて見えている部分ではないのかって。

 見えている部分にこそ、本当の意味で見るべき何かがあるのではないか。

 そして、それは見えているとも限らないのではないかとも……。


 ──あれ? これって、もしかして、例のアレなのかも……。


 大きな嘘を覆い隠す無数の嘘。

 散りばめられた山のようなヒント。

 念入りにまで仕組まれていて、それでいて、何処か見つけやすいヒント達。

 いかにもそれっぽいアレやらコレやらを、あえて俺に見つけさせて。

 そして、それを見つけて、どうだ、これでお前の罠は暴いたぞって。

 もう、お前なんかには騙されないからなって、良い気になってはしゃいでいる姿こそ。

 まるで、孫悟空が御釈迦様の掌の上でいい気になって騒いでいたようにして。

 掌の上で弄ばれている感覚が、確かに漂っていて。

 それは明らかに、自分が騙されている時の感覚に近い臭いがしていた。


 ──これこそが、奴が本当に狙っていた物だったんだ。


 小さくて暴きやすい演出された嘘を見つけて良い気になっていないか?

 必死に隠されている大きな嘘へ繋がるヒントを見落としていないか?

 何か、サインがなかったか?

 違和感は?

 気になったことは?

 何か、疑問はなかったか?

 何か、見落としていなかったか?


 ──不安定要素。


 そうだ。不安定要素だ。

 轟音。驚いて震えるていた腕。痙攣していた指。

 そんな震えている指で、本当に狙い通りの動きが可能だったのか?

 固まっていた表情。……あの瞳は。目は。本当に驚いていたのか?

 あんな酷いシチュエーション下で、狙い通りの結果を導けるのか?

 本当に、チカが意図したタイミングで操作出来ていたのだろうか?

 いや、そもそも、練習もなしに、あの状況であの操作が出来るか?

 そう。一見した所では、いかにもそれっぽい。

 だけど、再現は難しくないだろうか。だったら……。


 ──変に騒音とか横槍の可能性とかで集中できない厳しい状況下なのに、そんな中でコンマ一秒単位で再現に拘るよりも、誰かに邪魔されて断念って振りをして安全牌を選んだほうが確実な気がする。


 でも、それはどっちでも同じだったのだろう。

 強行するにせよ、あえて失敗を選ぶにせよ。

 どちらにせよ、実行者であるチカの協力と同意なしに出来る事ではなかったのだから。

 つまり、そこから導き出せる答えは、ただ一つしかなく。


 ──二人はグルだ。


 これまではあえて好意的見方によって目をつむってきたけれど。

 そうでなくては説明しきれないアレやらコレやらが多すぎた。


 ──腕を掴んだ時もそうだ。あれは固まっていた風に見えていたけど、もしあれが最初から何が起こるのか分かっていて、動揺していなかった証だったのなら。


 もしも、本当のサインを別の意味で誤った形に受け取ってしまっていたのなら?

 あえて「剣を選ぶ」という行動をとる必要があったというのなら?

 それは選ぶことが目的ではなかったのなら?

 むしろ「相手に選んだ行動を見せる」という行動をとるべき必要性があったのなら?


 ──それこそが奴から送られた誤ったサインであったとしたら……?


 それは、次に取るべき行動を相手に悟らせる狙いや意図があったのではないか……?

 つまり、奴は次に俺が取るべき行動を、アレによって誘導したのではないのか……?

 ならば、次に起きる必然の出来事は「低目を選ぶのに失敗する」ではないのか……?

 それが必然の結果であり、最初から予定されていた行動だったのなら?


 ──全てが逆なんだ。鏡写しの絵のように。表が裏で、裏こそ表なんだ。見えている結果意味はなく、思いついてしまった発想は誘導の結果でしかなく、気がついていながらも見えなくされてしまった事柄があるはずであって。恐らくは、そこにこそ真実があるのであって。そして、奴の行動の見えなかった本当の狙いが潜んでいるんだ。


 意識に覆いかぶさっていた悪意の薄皮が。

 思い込みという名の誘導された結果が、自分の思考を歪めていることに。

 その時、初めて気がつけていた。


 ──不味い。間違えた……。


 味方は敵で、ボスキャラは雑魚キャラで。

 本物の悪魔は見えているけど、見えていない状態になっている存在で。

 おそらくは、俺の側で俺の味方をしている奴こそが、本当の敵なのだ。

 その事にようやく気が付いたんだと思う。


「見えているけど、見えていなかった」


 ……本当の敵は、いつだって目の前にいた。

 こうして、ずっと自分の手の届く所に居たんだ。

 思い返すと、最初から何処か変には感じていたのだろう。

 なぜ仲間割れまでして味方をしてくれるのかって、ずっと疑問に感じてた。

 それに、八百長試合をしてまで仲間を裏切って、大丈夫なのかって心配だった。

 そこまでして、こっちを味方してるって状態に、妙な胸騒ぎも感じてた。

 なんか変な感じがする。

 このままじゃ危ないんじゃないかって……。

 俺、何か見落としているんじゃないのかって……。

 その胸騒ぎは段々と薄れていったんだけど、最後の最後まで消えなかった。

 そんな時に、俺にチャンスが到来する。

 これを決めたら勝利が決まる。

 まさに、最大のチャンスって奴だった。

 ……だけどさ、よく言うだろ。

 最大のチャンスの裏には最大のピンチってやつが潜んでるんだって。

 相手が隙を見せた時に全力を注ぐっていうのは、勝ちを掴むためには必須の条件、心得ってやつなんだろうけど、後先考えずに全力を振り絞って勝ちを掴みに行くってことは、ある意味においては守りを捨てて捨て身になるってことでもあるはずなんだ。

 つまり、俺も隙を見せてでも勝ちを取りに行くってことで……。

 だから、そこでミスったりすると、ほぼ負けるってことでもあるんだよな。

 ……なんって言えば良いんだろう。

 なにもかもが自分にとって都合よく進んでいたら、やっぱり気持ち悪いじゃないか。

 特にチカは、本来は敵側の人間だったんだし。

 そんな相手が無条件に自分の味方をしてくれてるって状況は、やっぱり変だったんだ。

 だからかもしれない。

 ここで決めれば勝てるなって思った瞬間に、ここでミスったら、俺、死ぬなって。

 ここでチカが寝返ったら、俺、どうなるんだって……。

 ちょっと、だけ頭の片隅によぎったんだ。


 ──あれ。俺、何か変な思い込みしてる?


 たった一つの疑問が全てを解き明かした。

 そして、俺の中で麻痺しかけていた警戒心と恐怖を呼び起こしたんだ。


 ──あれ。俺、なんで、もう勝ってる気になってんだ……?


 互いに選んでる行動は『剣』同士なんだぞって。

 こっちは53なんていう中途半端な数字なんだぞって。

 そんなの出しておいて、なんで俺、こんなに安心してるんだろって。

 ……たったの、53なんだぞ?

 53ってことは、半分は負けるって事なんだぞって。

 チカがいくら目押しが得意だって言ってても、所詮は自称なんだ。

 単なる自己申告なんだし、絶対に成功するって訳じゃないだろうって。

 そしたら、ここでチカがミスったらどうなるんだって考えてなかった事に気が付いた。

 仮に、ここでチカが70を出したら、どうなるって。

 70だとポイントは100から30に減る。

 100だから即死はほぼないんだけどな。

 でも、確か、次のターンってチカが先攻なんだよな~って。

 そうつらつらと考えいたらさ。

 もし、チカが最初から裏切る気まんまんだったらって思い浮かんだ。

 俺がチカなら、どこで仕掛けてくるかなって思い浮かんできてさ。

 今はまだポイント減ってないけど、ここで裏切られたら最低でも53以上削れるんだし、次のターンで、そのまま仕留めにかかってくるとしたなら、2ターン目で47くらい簡単に削れるんじゃないかな~って。

 それをなんとなく考えながら、チカがボタンを押そうとしてる姿を見てたら……。


「……なんか変な顔で笑ってる風に見えたんだ。チカの顔が。なんだか、すごく嫌な笑い方をしてる風に見えた。計画通りって感じで……。これで良い。これで仕留めたって。これで殺せるって感じの……。すっごく嫌な奴の笑みに見えちまったんだ」


 ……気がついた時には、腕が。指が動いてた。

 たぶん、ヤベェッって思ったんだろうな。

 だから、思わず『盾』を押しちゃってた。

 ……ほとんど、本能的な回避行動だった。


「まさに、野生の勘というべきか。……そういえばチトセには本能的に危険を察知する獣じみた能力が僅かに残っているんだったな。……やはり野生は侮れない。手負いの獣ほど警戒が必要なことを、私は、すっかり忘れてしまっていたようだ」


 そうやれやれとタメ息をつくと、肩をすくめて見せながら。


「もうコレは必要あるまい」


 チカはパチンと指を鳴らして画面の中のピエロを消し去っていた。


「比較的分かりやすいヒントは出していたとはいえ、君のような若者が、ここまで見事に私の正体を暴いて見せるとはな……。正直、ここ程とは思ってもいなかった。ここは素直に君のことを好敵手と認めよう。そして、そんな偉大な敵を前にして、いつまでも偽りの名を名乗り続けるのは、私の流儀に反するのでな」


 手の甲に刻まれた三角形を、顔の前に差し出すようにして。

 これを見れば、お前の勝負相手が本当は誰なのか等、考えるまでもないだろうって。

 それをずっとお前に教えてやっていただろうにとでも言いたげにしながら。

 その口元には、悪意に歪んだ嫌らしい笑みが浮かんでいて。


「改めて名乗っておこう。我が真名(マナ)はルキフグス。君が倒すべき、本当の『敵』だ」


 その笑みは何処かクソピエロを彷彿とさせていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ