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13.敗北


「危なかった、としか言い様がない」


 油断も隙もないとしか言い様がないが、この手のトラップは一回きりなのがお約束だ。

 また鳴るかもなって思ってたら、こっちも覚悟も出来てるし。

 耳をふさいでしまう程度の対策で十分だしな。


「もう惑わされません」

「だってさ?」

「……二度も三度も、あんなみっともない真似ができるか」


 そうふてくされてそっぽを向くクソピエロ。まあ、この言葉は本物だろう。

 種の割れたビックリ箱の仕掛け(トリック)ほど間抜けな物はないからな。

 無論、まだ完全に油断は出来ないのだが……。


「チカ。目押しが得意って言ってたくらいなら、数字を読むのも出来てるんだよな?」

「はい」

「だったら教えてくれないか」


 疑念を確信に変えるためにも。


「もしかして、このゲームのデジタル計って、低い数字の直後に、高い数字て感じで並んでるんじゃないか? しかも、数個連続みたいな感じの塊で」

「言われてみれば、確かに、そんな感じで並んでますね……。ただ、目押し対策か、たまに低目ばっかりとか高い数字ばっかりって感じで塊が混じってはいますが、それ以外はけっこうバラバラというか交互みたいな感じで数字が並んでいます」


 なるほどな……。

 あの一瞬に、その高目部分の塊を選ばせるって感じで狙ってたんだろうな。

 まあ、罠としては悪くはなかったんだろうけど……。

 けど、その狙いもこうしてバレたらお終いってことだ。


「チカ。もう落ち着かたか?」

「ええ、もう大丈夫です」


 さきほどまでよりずっと穏やかで晴れやかな顔をしていた。

 俺に掌を向ける形でパーをして見せながら、ニッコリ笑っていた。


「心拍数も落ち着いています。この通り、指の震えも収まりました」


 状態は理想的だった。

 さっきの衝撃のおかげで変な緊張感も吹っ飛んだのかもしれないな。


「行けるか?」

「イケます」


 任せてくれって感じだった。

 そんなチカの声にますますふてくされるクソピエロ。

 ネタの割れた奇術師なんて、こんなモンなのかもしれないな。


「そうか。じゃあ、選んでくれ」

「はい」

「落ち着いてな」

「大丈夫です」


 もう「落ち着け」なんてあえて言わなくても大丈夫なくらい力みは取れていたが。


「人間を舐めんなよ、クソ悪魔」


 おそらくは万策が尽きたのだろう。

 ここで低目が出れば、クソピエロの敗北が確定する。

 そんな状況下にも関わらず、奴はギリギリと歯ぎしりを鳴らすだけだった。

 してやったりと笑う俺に見守られながら。


「いきます!」


 そう宣言すると、チカは、微笑みを浮かべて。

 ゆっくりと。急ぐことなく、悠々とボタンを押していた。

 最後のデジタル計が一桁ずつ、順番に止まっていく。

 見なくても分かる。俺達の……。


「……え?」


 選ばれた数字は「82」。

 出た数字は、俺達の負けを指し示していた。


「……」

「……」

「……」


 無言だった。

 絶対に低目を選ばなければならなかった状況で「82」という高目の数字が選ばれた。

 その結果に、呆然となっていて言葉もないチカ。

 うつむいたまま震えているクソピエロ。

 俺も、この結果を前に何も言えなくなってしまっていた。


「クックックックックッ……。ハァ~ッハッハッハッハッ!」


 そんなとき、まるで地の底から響いてくるような声が聞こえていた。

 耐え切れなくなった笑い声が、火山のようにあふれだしていたんだ。


「いやぁ~……。やっちまったなぁ! チカ君! それと、残念だったなぁ、チトセェ! これで残りポイントは幾つだろぉなぁ? ん~? 大方、ポイントがまだ100あったからって油断でもしてたのかぁ? えーと100から82を引くんだから……。ひぃふぅみぃよぅ……。うん、18か! そうか、そうか、たったの18だけかぁ!」


 その声は、面白くてたまらないといった声だった。

 まるでイタズラを仕掛けていて、それに成功したかのような。

 そんな心底楽しそうな声だった。

 こちらを馬鹿にしてくるような。

 こちらをコケにしているような。

 ミスしやがったな、この馬鹿どもがとでも言いたげな。

 やっぱり見落としやがったか、案の定引っかかったな、ほーらひっかかった……。

 そんな、俺のことを馬鹿にする感情だけで構成されていた声だった。


「はっはっはっはっ。だから、私が最初に言っておいたじゃないか! 君の良き友人! 良き相談相手! 良き勝負相手! そして、とても頼りになるアドバイザーとして! 色々とためになる忠告者としても! いまだ歳若く、私のような経験豊富な大人から見たらハナクソ同然のクソガキでしかないチンクシャ小僧な君に対して、人生の大先輩は、大事な大事な事をアドバイスしてやったはずだろ!?」


 ずいっと、指を突きつけてきて。


「私は言っておいたじゃないか。ココ一番で人は必ずミスをする生き物なんだって!」


 そう震えながら言うと、もう我慢出来ないといった風に、腹を抱えてゲラゲラと笑いながら転げまわっていた。


「所詮は人のやることなんだ! いくらチカ君でも、100%はないんだよ!」


 ……まあ、確かにな。

 きっと、そうなんだろうと思う。俺も、そう思うよ。

 こんな結果になったのは色々と残念だったけど、この結果から分かったこともあった。

 というか、この結果を出してみるまで、本当の意味で分からない事もあったんだから。

 ならば、この結果を真摯に受け止めて、次に活かす程度しか俺には出来ないんだろう。

 そんな反応のない俺を馬鹿にするのも面白くもないと思ったのかもしれない。

 クソピエロは、それまでのこっちをコケにするような口調を改めると、ニヤニヤしながら敗者である俺を慰めにかかっていた。


「……しかし、まあ、これで君の残ポイントはたったの18という残り僅かな数字になってしまった訳だ。言わなくても分かると思うが、状況としては一気に大逆転。君の方が敗色が一気に濃厚になってきてしまった訳だが……。ときに、今の気分はどうだね? まあ、私なんかに言わせて貰えば、百戦錬磨のチカ君を相手にして、これまで頑張った方なんじゃないかと思うのだがね?」


 そんな慰めの言葉に、俺はようやく苦笑を浮かべることができていた。


「……そうだな。確かに、お前の言うとおりだ」


 そう、お前の言葉には聞くべき部分やヒントも散りばめられていたんだものな。


「だけど、まだ負けてない」


 この結果では負け惜しみにしか聞こえないだろうがな。


「確かに、まだ、負けては居ないな! たった18ポイントしか残ってないが! しかも、チカ君の行動ボタンは未だに私に握られているままだがな! ……ああ、そういえば、次のターンだが、行動順でいくとチカ君の攻撃からだったな!」


 よーく打ち合わせておかないと、あっというまに殺されてしまうぞ。

 なにしろ、君の残ポイントは、たったの18なんだからな!

 そう忠告しながら笑っているクソピエロは、勝者の余裕とでも言うつもりか、またしても前のターンと同じようなことを仕掛けてきていた。


「ちなみに、私は、今回も『剣』を選ぶつもりだ」


 その言葉の意味するところは。


「せいぜい低い数字を選んで貰えって?」

「そうだな。今度こそ、失敗しないように、な!?」


 そう前は失敗したんだからとでも言いたげに笑うピエロに俺も苦笑を浮かべていた。


「……そんなに面白いのかよ?」

「ああ、面白いな。面白くて堪らないさ」


 小生意気なクソガキが泣きっ面を晒しているんだから、そりゃ楽しかろうよ。

 特にドヤ顔していた直後のアレだから、尚更に違いなかった。


「確かに、そうなのかもな。……いや、そうか。確かに、面白いんだろうな」


 なにしろ、コレで“お前ら”の勝利はほぼ確定だもんな。

 そうポツリと口にした俺の言葉にクソピエロはニタリと笑って見せていた。

 ニヤニヤしてるクソピエロ。無表情のままにこっちを見つめているチカ。


「……ああ。分かってる。分かってるさ。次のターン、チカからだもんな。私は貴方の味方ですよってツラして、多分、80とか90とかのド高目の数字を出すんだろ? それで言い訳は、コレだ。前のターンのショックを引きずってて目押しに失敗したんですって。私も被害者なんですって。貴方と同じ敗者、仲間なんですって。……そんな悲劇のヒロインを気取ったツラしながら、な」


 腹の底から申し訳無さそうな顔して言うんだろ。


「貴方の負けですねって、笑いながら言うんだ」


 ナメんなよ。このクソ悪魔が。


「その結果、俺たち兄妹は二人なかよくお前の物って訳だ」


 そんな結果、誰が許すかよ。


「俺も言っておいたはずだぜ。……人間様を、舐めるなよ。このクソ悪魔が」


 ポン、と赤ボタンを押すと俺のカードが表示される。

 チカの側の晒してあるカードは言うまでもなく『剣』。

 そして、俺の選んだカードは……。


「……盾……?」


 そう。色々迷った挙句、俺が最終的に選んだ行動は『盾』だった。

 その結果、82-53で、-29。俺の残ポイントは71となる。


「……な? まだ勝負は始まったばっかりだろ? さあ、勝負を続けようじゃないか」


 なあ、お二人さん?

 そう笑って見せてやったのだが、相手はまだ精神的再建を済ませていないようだった。


「そんな……。選んだのは剣じゃなかったのか……? いつの間に……」

「貴様、選び直していたのか!?」


 ピエロの言葉とチカの言葉が二重に被さる。


「ぎりぎりだったけどな」


 そう、本当にギリギリだった。


「……いつ、気が付いた」


 その問いには色んな意味があったんだと思う。


「最初に、その可能性を考えたのは、お前が伏せカードを表示した時だった。アレは結果だけを見れば罠でも何でもなかったし、不自然な部分なんかもなかった。その後のハッタリとか奇妙な言葉遊びとかのせいで妙に妖しく見えてしまったけど、結果だけを見れば暗示を仕掛けたりとかしてチカを動揺させてる風にも見えてたしな」


 でも、それら全ては在る一点の可能性を覆い隠すための演技、ただのブラフでしかなくて。


「あそこで剣を選ぶ事は、お前にとっては必然性があった。最後の大どんでん返しのときに、一撃で致命傷与えて、俺の心をへし折って負け犬に貶めるために。信じていたはずの相手に手ひどく裏切られて絶望の沼に沈めるための罠へとつながってたわけだ……」


 そう。俺が絶対忘れてはいけなかった可能性。

 それはチカが『敵』だってこと。

 チカが一番裏切ってほしくないタイミングでこっちを裏切る可能性。

 それを途中で色々とありすぎたせいで、俺はすっかり見失いかけてしまっていた。

 マヌケな話だが、仲間だと思い込んでしまっていたんだ。

 そのせいで、プレッシャーに押し潰されそうになっているチカを盲目的に自分サイドの人間、自分の味方だと思い込んで必死に応援までして励ましてたんだぜ?

 ホントに間抜けな話しだし、すさまじく腹立たしい話だ。


「全ての行動には、ちゃんと意味があったんだよな?」


 クソピエロはあそこで剣を選ぶ必要があった。

 チカは、あそこで低目を選ぶのに失敗した振りをしなきゃいけなかった。

 ミスした振りして、狙いとは真逆のド高目を選ぶ必要があったんだ。

 クソピエロはチカが敵だって可能性を俺に感じさせないためにも、俺たちの前に立ちふさがる絶対的な悪、俺とチカの敵であることを演出しなければならなかったし、二人で手を組んで頑張ろうって雰囲気になるように状況をコントロールしなきゃいけなかった。

 だから、色々とこっちを揺さぶったり追い詰めたりするような、色々とおかしな真似をする必要があったのだろうし、混乱に乗じてチカと組んで敵を演じる必要もあった。

 ただ、それだけのために、あんなふうにおかしな事をしたり、色々とチカに言葉をかけてきたりしていたんだろう。

 果たして、そんなおかしな真似をしなくちゃいけなかった本当の理由とは何だったのか?

 それは、本当の狙いを覆い隠すためだったんだ。



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