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12.勝負


 本来であれば、チカのターンなのだし、ここはチカに任せるのが筋ではあった。

 だが、今の精神状態で任せ切るのは、いささか厳しいかもしれないとも感じていた。


「行けます! 本当です!」


 口で強がりを言っているだけなのか。

 それとも、単なる負け惜しみなのか。

 チカの状態を判断して決断するのは俺の役目だったのだろう。

 チカとクソピエロ、双方の対照的な視線を向けられた俺は……。


「本当だな?」


 お前を、信じるからな。

 お前の百戦錬磨の経歴とやらを。

 先ほどまで連続で成功させてきた目押しの腕を。


「はい。いけます」


 そう答えたチカは、ひどく嬉しそうだった。

 ニッコリ笑った顔は、これまで見たどんな表情よりも綺麗だった。

 それなのに……。


 ──それなのに、なんで胸の奥のザワツキが収まらないんだ……?


 チカに賭けてみようって。

 そう、決めたはずなのに。

 その決断に後悔も何も感じていないはずなのに……。


「チトセ。これで、貴方の勝ちです」


 その自信をみなぎらせて口にされたチカの言葉にうなづきながら応えて見せながらも。

 俺は心の何処かで、自分が、それを一番信じていないのではないか……。

 そんな、一抹の不安を感じていた。


 ──とはいえ、もう賽は投げられたんだ。後は信じるしかないだろ。信じろ!


 フライパンの上に乗せられた薄い生地が灼熱によってジリジリと黒く焼けていく。

 そんな感触を錯覚してしまいそうになる程に、全員の意識が一点に集中していた。

 台の中央にある赤いボタン。

 そこに添えられようとしている指先に、全ての視線と意識が集中していく。


「……落ち着いていけ。時間の制限なんか無いんだからな」


 そんな俺の言葉に小さくうなづくと、チカはわずかに痙攣する指を擦っていた。

 次いで、ふぅーと大きく息を吐いて、肩をほぐすように大きく上下に動かして見せる。

 だいぶ緊張は解れてきたみたいだけど、まだ多少なりともプレッシャーがあるようだ。

 ……考えてみれば、当たり前の話なのか。

 この一押しに全てが委ねられているのだ。

 勝負の行方も、仲間(おれ)の命も。

 もしかすると自分自身の進退までかかってくるのかもしれないのだ。

 そんな一瞬なのに緊張しない訳がなかったのだろうし、逆にこんな状況なのに平然としてる俺の方がおかしいとも言えたのだろう。


 ──慌てる他人を見ると冷静になるっていうのは本当だったんだな……。


 なんとなく、それを感じていた。

 恐らくはチカが俺よりもガチガチに緊張していて、それを見てしまったから。

 だから、俺は反対に冷静になってしまっていたし、変に肝も座っていたのかもしれない。

 あるいは……。


 ──自分が当事者じゃないって感じてるのかも。


 賭けられているのは自分の魂だって、分かっているはずなのにな。

 もう自分の介入できる部分がない状態になってて、後は良くも悪くもチカ次第。

 こうして見守る事しか出来ない状態になってしまっていたせいか、俺は当事者感覚とでもいうべきものを無くしてしまっていたのかもしれない。

 ……正直、良くない兆候だろうとは思う。

 臨場感とか、緊張感が薄れてしまっているだろうし、何よりも危機感が弱まっている。

 それを自覚しているのに、どうにも出来ないでいることに別の意味で焦燥感が募っていっている状態で、冷静なままに焦りを感じていて……。

 それが原因で益々集中力が削がれてしまっている。

 そんな悪循環に陥りつつある状態にあるのを自覚してしまっていたからだ。


「そろそろ行きます」

「もう、いいのか?」

「はい」


 その言葉に内心、安堵を感じていた。

 ようやく足踏み状態が続いていた事態が前に進んでくれる、と。


「それは良かった。もうちょっとで寝てしまう所だったよ……。ふぁあぁあ……」


 まあ、クソピエロなんかは待たせ過ぎだとでも言いたかったのか、ナイトキャップとアイマスク装着の上にパジャマ姿にでっかいマクラを片手に鼻風船を膨らませながら持っていたりといった、実に嫌味ったらしい就寝中スタイルで欠伸をかましてくれてたりしたが。


「……」


 そんなクソピエロの地味~ぃに芸の細かいアバター芸など完全無視なチカは、ゆっくり最後に深呼吸をすると、そっと指先で触れるようにしてボタンに手をかけようとしている。

 その視線はボタンに釘付けで。クソピエロもアイマスクを指先でずらしながら、そんなチカのことを見つめていた。……無論、俺もだ。


 ──あと数秒で、全てが決まる。


 狙うは51以下。確率は約50%。二分の一の勝負だ。

 チカはヤレる、出来ると断言した。

 コレまでの実績でも目押しが出来る事を証明して見せていた。

 不安はない。ただ、平常心が何処まで戻っているかだけは少しだけ気になった。


 ──コイツのせいで……。


 腹立たしさが湧いてきてしまったせいだと思う。

 俺は、自分がチカの指先から視線を外している事にさえ気が付かなかった。

 ……それは、チカがボタンを押そうとしていた一瞬の出来事だった。

 それこそ、ボタンに指が触れるか触れないかといった瞬間だったんだと思う。


 ──……ぇ?


 クソピエロがニヤって小さく笑ったのが見えた気がした。

 その瞬間の出来事だった。

 刹那のタイミングで、背筋に冷たい戦慄が走った。


 ドォン!!


 耳の底を強打する轟音。

 台に仕込まれていたのだろうスピーカーが立てた大音量だった。

 その音が響き渡る寸前のことだった。

 俺は、咄嗟に腕を動かしてしまっていた。

 咄嗟に右手を伸ばして……。

 ボタンを押そうとしていたチカの手を、思わず掴んでしまっていた。


「……やっべ……」

「……そんな……」

「……小僧ぉ……」


 その結果……。視線の先では、まだデジタル計が数字を確定させていなかった。


 ──間に合った……。


 それは、きっと三者三様の表情だったと思う。

 俺は冷や汗を流して青い顔をしていただろう。

 チカは呆然となったまま、俺に腕を掴まれたまま固まってしまっていた。

 そして、クソピエロは火花を飛び散らせながら、歯が砕けそうな勢いで歯ぎしりをしていた。

 俺は、奴の策を読みきった。

 よくよく思い出してみたら、ゲームの開始時にグワーンって感じのドラだか大砲のような、でっかい音が聞こえていたんだよな。

 つまり、このゲーム台にはスピーカーが。しかも、かなり大きな音を立てることが出来るらしい外部スピーカーが付いてるって事だ。

 その事を説明こそ受けてはいなかったが、開始時にあの音を聞いていた以上、俺は、それを予め知っていたって事になる。

 まあ、不注意だったせいで、今の今まで、その事に気がついてなかったんだけど……。

 いや、あの瞬間には、まだ分ってなかったんだと思う。

 後で策にハマって、それを教えられて、初めて気が付いていたはずだ。

 開始時に、あの音を聞いていたはずなんだから、それくらい分かっていただろうって。

 そんな屁理屈同然の理屈であったとしても、気が付けなかった自分が悪いって論調で押されていたなら、渋々ではあるかもしれないけれど、押し切られちゃうくらいには、不注意で注意力散漫なままのはずだったのだ。

 それでも、俺には何か猛烈な悪い予感みたいなものが、ずっと感じられていた。

 もしかすると、記憶の底にあった、その時の記憶が注意を喚起していたのかもしれない。

 それくらい不自然なレベルの嫌な予感だった。

 それこそ、不愉快さとか恐怖感に耐え切れずに、おもわず待ってくれって、チカの腕を掴んで止めちゃうくらいには……。


「何故だ……。何故、分かった!?」


 そんな訳で、こんな忌々しそうな声にも、俺は苦笑しか返せない。

 あの瞬間、掴んだチカの腕はビクッと大きく反応してしまっていた。

 変に集中し過ぎてたせいもあってか、表情とか目も固まってたしな。

 でも、もしボタンに触れてしまっていたなら、恐らく数字は確定してしまっていただろう。

 おそらくは、チカが意図しないタイミングで。

 それはきっと、クソピエロが意図していた方のタイミングで。

 ……きっと高目の数字が選ばれるだろうタイミングで。


「こんな事になるって、予め分かってた訳じゃない。俺だって、あのバカでかい音にはマジでビビったし……。あの瞬間に動いちゃったのは、ホントにただの偶然なんだ。でも、何だろう……。絶対に、今、ここで動かなきゃって。こうしなくちゃ駄目だって思ったんだと思う」


 そう、それはもう勘とか、第六感って世界の話だったのかもしれない。


「予感っていうか、衝動っていうのかな。なんか、そんなのに突き動かされたって感じで……。気がついた時には、動いてた。思わず掴んじゃってた。ただ、それだけの話なんだ」


 結果も理由も偶然としか言い様がない。だけど……。


「でも、これだけは分かってた」


 これだけは絶対に間違ってないって確信があったんだ。


「絶対に、ここで、何かしかけてくるって。それが何故だか分かったんだ」


 事前に色々と張られた罠。

 あらかじめあえて手札を見せつけられたのも、きっとそうだったんだろうと思う。

 一見しただけでは、ただのノーガード戦法みたいな無謀な捨て身の行動に見える。

 ここで低目が出たら即死する。

 それが既に分かっている状態なのに、あえて攻撃を選んで見せる。

 執拗に繰り返された精神攻撃。

 チカを動揺させるために全てを演出しているんだろうって思った。


「でも、違ったんだ。俺は、根本的な部分で勘違いをしていた」


 このままだと負けるのが分かっていて、何故手札を晒したのか。

 それが、ずっと疑問だった。

 何故、そこまでするのか。そこまでしなければならなかったのか。

 それを、理解出来ずに居た。

 こっちを混乱させたいだけなら、自分は剣を選んだんだぞって。

 見せないけど、信じるも信じないもお前の勝手だって。

 そう宣言するだけでも十分だったんじゃないかって。

 そっちのほうがむしろ状況を混乱させられるんじゃないのかって。

 そう漠然と疑問を感じていたんだ。


「そうじゃなかったんだ。あの行動の本当の意図は、そうじゃなかった」


 正直さ、とんでもないズルをカマされる可能性もちょっとは頭をよぎったさ。

 約束なんで知らんとばかりにチカの数字の出目をいじられる可能性とか……。

 他にも、俺の伏せカード、実は既にイジられてるんじゃないか、とか。

 それこそ全然違う『杖』とかに変えられてるんじゃないかもって……。

 でも、それは流石にありえないんだよな。

 そこまでヤらかしてしまったら、ゲームそのものが成立しなくなってしまう。

 俺が伏せるカードを選ぶ意味がなくなってしまったり、チカが数字を選ぶ意味もなくなって、俺とチカが勝負するって形の根本部分が崩壊してしまいかねない。

 だから、流石に、コレはない。そう判断していた。

 あくまでもゲームで勝利する事に拘っているクソピエロなら、そういう部分にだけは絶対にズルをしないだろうと思ったんだ。


 ──だったら、どうする……? 何処で罠を張る? 何処で仕留めにかかる?


 そういう順番で思考を進めていったらさ。

 ココだって。ココしか無いってタイミングがあることに気がついたんだ。

 約束があるからヤツはチカの選んだ数字を自分の手でいじることは出来ない。

 ……でも、ヤツはチカが数字を選ぶ事の邪魔をしないとは約束していなかった。

 現に、今も数字を選び損ねる方向にチカを誘導しているじゃないかって……。

 それと同時に、なぜ『剣』を選んだのかも理解したんだと思う。

 チカが低目を選ぶのに失敗する。

 それを確信していたから、あえて『剣』を選んだんだって。

 それをブラフの道具に使ったんだろうって。

 カードを晒したのも、それをブラフとして利用したのも、色々と言葉をかけたりして、こちらを惑わそうとしていたのでさえも。

 それらさえも全ては、めくらましの道具だったんだって。


 ──ここだ、ここしかない。


 チカがボタンを押す。押そうとしている。

 ……この一瞬だ。この瞬間に仕掛けてくる。

 来るぞ、ヤツの大本命が!

 頭を警告音(エマージェンシー)が駆け抜けていった。

 それと同時に腕が動いてしまっていた。


「お前は、チカがここで失敗すると確信していた」


 そう。だから全てのお膳立てを別の意味にカモフラージュしながらも、最後まで変える事が出来なかったんだ。


「だから『剣』を、あえて選ばなければならなかったんだ」


 あの手この手で、俺たちの意識をチカの手とボタン、デジタル計の数字に集中させる。

 そうやって意識を、徹底して他から逸らしていった。

 一点に、その瞬間に全てがそこに集中してしまうように誘導していった。

 もしかすると、カードを晒したことすらも、その一環だったのかもしれない。

 このゲームは、後攻側が最後の数字を確定させる瞬間まで行動を選び直せる。

 だけど、晒してしまっているカードを途中で変える事など出来るのだろうか。

 おそらくだが、晒してしまうとカードは確定してしまうのではないかと思う。

 そうやって、他を一切意識しなくても良い状態にするために……。

 最後の数字の選択だけに意識を集中させても良い状況という物を作り出すために。

 ヤツはそこまでしなければいけなかったのかもしれない。

 あの一瞬に全神経を集中させるために。

 目押しのタイミングに完全にフォーカスさせて。

 そのぎりぎりのタイミングで、不意打ちの大音量を鳴り響かせるために……。

 ……そうやって集中を乱されたチカは、当然のように失敗していたのだろう。

 奴の行動カードは、晒してる通りに『剣』で攻撃。

 そして、俺の選んだ数字の出目は、たったの53……。

 チカが高目を引いてしまえば、そのダメージは素通りしてしまうルールだ。

 結果、俺は一気に大量の持ち点を失う事になっていただろう。

 その時に出てしまっていただろう数字は80か90か。

 こっちの選択次第では一撃死も十分にありえたレベルの致命傷だ。

 無防備なままに80も削られれば、次のターンで終わるのが確定になっていた所だった。

 ……危なかった。本当に、そう思う。



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