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11.策略


 クソピエロのやつ、勝負を投げたのか……?

 俺の中の警戒心という名のゲージが再現なく上がっていく。

 ……罠だ。これは罠だ!

 何かを。絶対に何か仕掛けてきているぞ!

 話すな。口を開くな!

 聞くな。聞く耳を持つな!

 相手のペースに飲まれてる。このままだと、騙されるぞ!

 よく目を凝らせ。一回も瞬きもするな。一瞬も目を逸らすな。

 きっと、何かが仕掛けられる。いや、もう仕掛けているのか……?


 ──くそ。何か見落としたのか……?


 喉の奥に舌が張り付く感触があった。

 なんだ……?

 今、コイツは、何をやった?

 なにを仕掛けてきたんだ?

 いや、コイツは何を企んでるんだ?


「……ん? どうしたね。まだ、押さないのか? もう、私の用件は終わったぞ?」


 チカ君。早く赤いボタンを押して、我々の側の数字を決定してくれたまえ。

 そう急かされているのは分かっていても、それでも動けなかった。

 チカも、俺も。

 正直、何が起きようとしているのか判断出来なくなっていたんだと思う。

 今、目の前で行われている事が理解出来ないでいる。

 だからこそ、動かなかったし、動けなかった。

 ここで動いたら負けると分かっていたからだ。

 そんな俺達がやらなくちゃいけないことは。

 まず、この状況を打開するためには……。


 ──奴は自分の選んだ行動を、あえて晒した。……何故だ? 何故、そんなおかしな真似をしたんだ?


 猜疑心。


 ──晒した行動は『剣』だった。……何故『盾』でないんだ? 何故『剣』だった? 『剣』では一撃死もありえるのに。それなのに、あえて攻撃を選んだ……? いや、あえて晒したのか……? その訳の分からない行動の意味は……? ここであえてカードをめくってまで見せる意味は……?


 疑念。


 ──そもそもの問題として、なぜ晒さなければならなかったんだ……? こっちを惑わせるためなら隠したままで剣を選んだと宣言するほうがよっぽど効果があったはずなのに。……いや、その必要があったのか? そもそも、晒す事自体が目的でなかったとしたら……?


 困惑。


 ──ん? 晒す事そのものが目的ではなかった? だとしたら、それは手段のはずで……。本当に狙っていた、その行為のもたらす効果は。副次的な効果とは何だ……?


 注目。

 あの一瞬は、誰でも気になるはずだった。

 それこそ、嫌でも目を引きつけられる事になる。

 全員の目と意識が。チカの視線も、俺の視線も、全員の意識も。

 その瞬間には、めくり返るカードに、全員が釘付けになってしまっていた。


 ──その裏で“何か”が行われていたとしたら……?


 恐怖。


 ──奴が、それを目的として仕掛けてきていたなら……?


 思わず、背筋が冷たくなっていた。

 麻雀等の手を使う類のギャンブルにおいて“裏技”と呼ばれるテクニックがあるそうだ。

 それは現行犯で腕を掴まれる等してバレたなら、その場で指や腕を落とされても文句は言えない程の汚い行為でありながらも、それでもバレなければ正当化されるという、ある種の暗黙の了解な部分もあったのだとか。

 いわゆる、裏技を仕掛けられても、それを見抜いて指摘出来ないのなら黙って席を立てといった物もそうであったし、裏技を仕掛けた側が反対に裏技を仕掛けられて潰されても、自分から仕掛けた喧嘩なのだから、その結果に文句を言う資格はないといった、ある種の暗黙の了解。いわゆる裏ルールといった物だったのだそうだ。

 つまり、俺が何を言いたいのかというと……。


 ──意図してなかった事とはいえ、コンビプレイという反則技を自分から仕掛けてしまった以上、クソピエロの奴が何らかの反則技を逆に仕掛けてきたとしても、それに文句は言えないか。……何しろ、チカと裏で組んでるのがバレバレなんだ。自分が汚い真似をされたからといっても、それを公然と批判できる立場じゃないしなぁ……。


 だからこそ、こんなに背筋が冷たかったのかもしれない。

 あんな真似までして視線を固定させたんだ。

 野郎、何かいじりやがったな……。


 ──こっちの数字は?


 俺の数字は53のまま変化していない。

 チカの数字はまだ未確定。まあ、これは問題ない。


 ──俺の残ポイントは?


 いうまでもなく100のままだった。

 それで当たり前のはずなんだけどな。

 それでもちゃんと確認して安心したかったのかもしれない。


 ──じゃあ、チカの残ポイントは?


 それも48のまま変化していない。

 フム。……気のせい、だったのか?


 ──本当に、何か変わっているのか?


 ぱっと見た感じとしては、何も変わっていないのだが……。

 見た目だけは、あの瞬間の“前”の状態を維持していた。

 互いの残ポイントも。互いの数字も。何も変わっていない。

 台の上の赤いボタンに、そのボタンの横の方にセットされてるクソピエロ。

 手前側で光っている三つのボタンに、台の上で表示されている二枚のカード。

 伏せられている俺の『剣』カードと、クソピエロが選んだチカの『剣』カード。

 それこそ、チカの伏せカードが表示されてしまっている事以外は変化はなかった。


 ──何も変わってない……よな?


 漠然とした確信があった。

 少なくとも、見た目は何も変わっていない。

 何も起きていないという事は、何も変わっていないという事か……?

 少なくとも、見えている範囲内では、何も変わっていない。

 そう。見えている範囲内では。


 ──そうだ。この範囲内では何も変わっていないんだ。


 じゃあ、見えていない範囲は。

 この場において、唯一と言っても良い、見えていない場所とは? それは……。


「勝負を投げるつもりか?」


 まとまりのなかった思考がある程度収束してくるのにあわせて混乱の方もある程度治まってきた事もあってか、俺は未だに表情に動揺を僅かに浮かべたままにしているチカの混乱が収まるまでの時間を稼ぐつもりでクソピエロに話しかけていた。


「どういう意味かな」

「そのままの意味だ」


 チラリと視線を向かい側に向けて。


「この後は、自称とはいえ目押しが得意らしいチカが押すんだぞ?」


 それなのに剣を選んでいる事を先に晒したりなんかしても良かったのか?

 そう暗に尋ねた俺に、クソピエロはニヤニヤ笑って首を横に振っていた。


「もちろんだとも」


 仕掛けは上々、細工は流々、後は仕上げを御覧じろってか。

 罠にはめたのか、あえてはまっているのか、それとも。


「自分から負けを選ぶのか?」

「コレだから負けるという訳でもないだろう」

「そうか?」


 ヤレヤレと、こっちを馬鹿にしてくるような素振りを見せながらも。


「君が何を言ってるのか分からないが、チカ君は、これから数字を選ぶのだよ?」


 たしかに、建前としては、何が選ばれるのかは、まだ分からないんだけどさ。でも、目押しが得意ですって自己申告した上で、既に何回か、その実力を披露してるんだぞ?


「まあ、私が不利なのを認めるのはやぶさかではないさ。たしかに、チトセにとっては、ここは千載一遇の大チャンスなんだろうしな?」


 そんなことは、わざわざ指摘されるまでもなかったんだろう。

 互いの行動が既に選ばれていて、双方が『剣』であることが、俺には分かっているのだ。

 そんな特殊な立ち位置に居る立場上、ここでチカが低目を引くだけで問答無用で俺の勝ちが決まる事を、俺は既に承知している。

 だから、ここで剣を選んだ事をあえて晒した相手が勝負を投げたのかと疑わざる得なかったんだが……。


「まだ、だ。勝負は“まだ”これからなんだよ。決着などついてはいないぞ、チトセ」


 ヌラリとクソピエロの目が嫌らしく光った気がした。


「確かに、今の状況は、君にとっては圧倒的なまでに有利な代物だ。互いの残ポイント差はしかり、勝負の流れと勢いもしかり。何よりも協力者の有無……。これは非常に大きかったな。それこそ、次にチカ君が数字を選んだら、あっけなくこちら側の残ポイントが全て失われてしまいかねない状況だ」


 それが分かっていながら……。

 いや。それなのに、何も手も打ってない?

 ……いや、打てないのか……?

 これから操作するのはチカの数字なんだ。

 そこだけは何があっても絶対に出目をいじらないと約束してみせた部分なんだ。

 しかも、これからその部分を操作するのは、目押しが可能なチカだぞ?

 普通なら詰んでるはずだろ。


「そうだな。ここは詰んでると考えるべきなんだろう。ましてや盾や杖でもなく、あえて剣を選んでいる身の上としては、な? ……だが、面白いものでな」


 “コン!”と。手にしていたキセルを鳴らしながら灰を落として。


「人は、ここ一番というところで、不思議とミスをする生き物なのだよ」


 それはチカがミスをすると言ってるのか?


「百戦錬磨の勝負師でもか?」

「そうだな。チカ君ほどの百戦錬磨の手練であってもだ」


 これからしなければいけないこと。

 それは53以下の数字を出すこと。

 ただ、それだけだ。

 それだけで勝負は決する。


「素人は逆に開き直る事で上手いことやってのける者も多いのだけどね……。チカ君は、良くも悪くも経験豊富に過ぎる。積み上げすぎた経験値が、ここでは逆に足を引っ張るのさ」


 そう、暗にメンタルに問題を抱えていると吹き込んでくるクソピエロ。

 だけど、その言葉を俺は信じるつもりはなかった。


「だが、これはチカ君だけに限った話ではない。皆が、普通は、そうなのだ。無論、チトセ。君もだ。さっき、君も同じようなミスをしただろう。ここぞというところで十分な高目を出せなかった。アレと同じことなんだよ」


 ブラフだ。ハッタリだ。

 揺れるな、俺の心。惑わされるな、チカの心。


「人はね。これで全ての決着となると、不思議と指や腕に、変な力がはいってしまうものなのさ。おそらくは、無意識のうちに力んでしまうんだろうがねぇ……?」


 そうだろう、と問いかけるようにして。クソピエロが視線を向ける。その先には。


「……」


 それを聞いて、わずかにチカの顔が強張っている気がした。


 ──しまった、暗示って奴か!


「チカ、聞くな! これは罠だ!」

「……大丈夫です。勝負事の重圧にはなれていますから」


 こちらに掌を向けて、大丈夫だとアピールしてみせる。だが……。


「繰り返しますが、目押しは得意な方です。それに、51以下を選ぶだけなんですから……。こんなの楽勝ですよ。この程度、目をつむってでもやってみせます」


 その宣言を改めて聞いても何故だか俺の中には不安が残っていた。


「さて。チカ君は、こう言っているが……。本当に、そうかな? ……たかが51以下。されど51以下。確率は約50%。二分の一だ。果たして、それを狙ってやる事が、そんなに簡単なことなのかな……? 私には、意外に難しいのではないかと思うのだが……?」


 おそらくは、最初から、これが狙いだったのだろう。

 今なら、それが分かる。

 クソピエロが大好きな勝負を中断してまでして時間を裂いて仕掛けていた罠の正体は。

 奴が本当に的にかけていたのは、きっとチカの心。

 彼女の中の“平常心”を揺らすことだったのだ。


「クックック。効いてきたようだねぇ。……チカ君。平静を装ってはいるものの、指が僅かに痙攣しているよ。それに、ほら。心拍や体温も若干乱れ気味のようだ。そんなザマで本当に何時もどおりの操作が出来るとでも思っているのかね?」


 クソピエロの心理攻撃は予想以上にチカにプレッシャーを与えていたのかもしれない。

 先ほどまでは人を喰った態度で上司であるはずのクソピエロの怒声や言葉をかわしながら、平然と狙った通りの目押しを成功させていたはずなのに。

 そんなチカが、いつのまにやら額に汗を浮かべながら、精神的な重圧から指先に痙攣まで発生させるに至っていたのだから……。


「くっ……」

「フッ。その様で、本当にやるのかね?」

「ええ。やってみせます!」

「フゥム……。チトセ。チカ君はもう限界のようだ。彼女に任せるのが不安なら、特別に、ここは君に操作させてやっても良いと私は考えているのだが、君はどうしたい……?」


 なんだって……?


「私が特別ルールを持ち出して介入したからな。その代わりといってはなんだが、今回だけは君にも特別な介入行為を許そうじゃないか。……どうする?」


 そんなクソピエロからの提案に俺の心はぐらぐらと揺らめいていたのだった。



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