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10.介入


 あまりにも都合のいい展開。

 これは罠なのではないのか。

 何処かで裏切られるのではないか。

 ……限りなく、そんな不安が募っていく。

 それでも、今は行くべきだったのだろう。

 そう判断した俺は、思わず、祈りの言葉を口にしていた。


「南無三!」


 目を閉じたまま行動ボタンを押して、カードを場に伏せる。

 そうした事で自分の判断に殉じる覚悟という奴がようやく決まってくれたのだと思う。

 返って開き直ることも出来ていた。

 目を開けて周囲に目を向けると、そこには呆れた風なクソピエロが、なぜだか苦り切った表情を浮かべているのが見えていた。


「……どうやら私は人選を誤ったらしい。思わぬ大チャンスの到来となったな。チトセ」

「おおよ!」


 そうさ。ここまでお膳立てされたんだ。

 今後のチカの行動への、本当の意味で信頼性を計る試金石のような意味だったとしても。

 それでも、ここは一つ賭けてみるべきだった。

 何よりもまだポイントは100のままなんだからな。

 こんなまだ何も起きてないような状況で変に怖気づいて引くわけにもいかないだろ!

 ということで、ここは一気に減らす!

 赤ボタン押下! 結果は……。『52』かよぉぉぉ!


「くうううう……。思ったより低い!」


 なんで。なんで、こんな大事な場面で、こんなに低い数字が……。


「フム。ここ一番で高目を引けないのが、いかにもチトセといった感じだな」

「そりゃ、どういう意味だよ」

「ここぞという時にチャンスを生かせない特性というか……。チャンスを活かし切る能力に欠けているというべきなんだろうな」


 ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら、クソピエロがアザワラウ。


「根本的に運が悪いのだろう。あるいは悪運にばかり恵まれているのか。どちらにせよ、私のような存在との勝負に挑む羽目になったのだ。どうせ、ろくな星の下には生まれて居まい。……まあ、真相が何だったにせよ、その程度の数字では、折角のチャンスも十分には生かし切れないだろうという意見には異存はあるまい?」


 まあ、クソピエロに笑われるのも無理もなかった。

 こんなド低目を出したチカは常識的に考えれば『盾』以外にはありえないのだ。

 そして、いくら低目であったとしても、ダメージを軽減できる盾を選んでいれば、俺の出したこの程度の数字では大したダメージにならないのだから。

 ……だが、もしも……。もしも、だが。その前提に間違いがあったとしたら?


「果たしてそうでしょうか。私は決して彼が運がないとは思いませんが」


 そう、おれは悪運だけはあったんだと思う。

 俺の向かい側に座っているチカが、ここで選んだ行動は……。

 俺の想像が正しければ、この程度の数字でも十分な結果を出せるはずなんだ。


「そうかねぇ? 私はかなり不運だと思うんだが……」


 そんなクソピエロの疑問の声を無視して、俺は苦笑を浮かべて赤ボタンをタッチする。


 ──カードオープン。チトセ『剣』チカ『剣』。


 結果、ダメージはストレートに伝わって100から52点ほど減少。

 チカの残ポイントは100から48へと一気に半減してしまった。

 ……そんな、あまりにもあからさま過ぎる出来レースの結果を見たクソピエロの反応など、もはや言うまでもなかったのだろう。


「チカ君! もっと真面目にやりたまえ!」


 流石に、額に青筋を浮かべて怒っていた。

 しかし、まあ……。確かに、この場面で『剣』の選択はありえない。

 俺でもこんな結果になってしまったならもっと真面目にやれと怒るだろうからな……。


「私は至って真面目にやっていますが」

「私には、真面目に手抜きして、わざと負けようとしてるようにしか見えないのだが?」


 そうジト目で睨みつけられても平気なくらい面の皮が厚いという事なのか、チカは何処吹く風といった感じで平然としていたりするのだが。


「……チッ。やはり私は人選を間違えたようだ。チトセにも悪いことをしてしまった」

「そうでもないだろうさ」

「いや。本当に、申し訳ないと思っているんだ。こんな下らない勝負内容では、君も楽しくないだろうに、とね。……本気になれない。魂を燃やして戦えないということは、ある意味においては、最も不幸な事なのではないかと、私は考えているのだよ」


 そういう意味でも、神聖な勝負を冒涜するような八百長行為は我慢がならない。

 そう鼻息荒く力説するクソピエロだったが、口にしている言葉こそ立派ではあっても、その裏には「こんな体たらくでは“私が”楽しめないではないか!」といった、とてつもなくジコチューで傍迷惑な憤りと不満があるのは言うまでもないので、こちらとしては「勝手に怒ってろよ、この馬鹿野郎」ってな感じなのだが。


「しかし、まあ、ここまであからさまに負けようとしている相手なら、君程度のド素人な輩であっても勝つのは容易だろうな」


 そう仕方なくチカを選ばせてしまった自分が招いた事態、巡り巡って自分のミスであることをため息混じりに認めて見せたクソピエロであったが、そんなクソピエロはただ落ち込むだけでなく、ある意味においては開き直ってもいたんだと思う。


「……そうはいかん! このままでは終わらせんよ! 第一、こんな何の波乱もない様な詰まらない展開など、誰も望んではおらんのだ!」


 そんな握りこぶし片手に吼えてる馬鹿に、俺は声を大にして言いたい。

 このままストレートに、何のトラブルもなく、さっさと終わって欲しいんですが?

 具体的には次のターンくらいで、さっくりと。


「……このままでは駄目だ。面白みに欠ける。よって、次のターンからは、特別ルールとして、チカ君の行動ボタンは私が選ばせてもらおうじゃないか!」


 この野郎……。審判役が堂々とゲームに入ってくるって宣言なんてしやがった。


「という訳で、チカ君。今すぐ私を台につなぎたまえ。これは上司としての“命令”だ」

「……分かりました」


 上司として命令なんかを持ち出されては、組織の人間であるチカは逆らえないって事か。

 いや、こうして上司からの業務命令として命じられた以上は、変に反抗したりして明確な命令違反に問われるようなリスクは流石に犯せないということなのだろうと思う。

 渋々ではあったが、チカはクソピエロの映るタブレットを台の端子に繋いでいた。


「……そんなのありなのかよ」

「ありに決まっているだろう」


 ふふーんとばかりにクソピエロは鼻息荒く笑って見せやがった。


「大体、こんなみえみえの八百長行為、審判役としても見逃す訳にもいかんだろう?」

「……ちっ。仕方ないか」


 確かに、そこを突かれると、あからさま過ぎる八百長でチカに負けてもらった手前、何も言い返せなくなるんだけどさ……。


「なぁに、ようは真っ当な方法だけで勝てば良いんだ。……簡単な話だろう?」

「まあ、な」


 こういったやりとりの結果、勝負に介入するのを許す事になったんだが、その代わりに、数字の出目の方だけは、何があっても絶対にチカの操作に介入しないと誓わせたので、これはこれで良しとしておくべきだったのだろうと思う。


 ──(第3ターン)チトセ【100】 VS チカ【48】──


 色々ゴタゴタしてしまったが、仕切り直しの意味でも、気を取り直して再スタートだ。

 俺の先攻のターン。まずは数値の選択だ。

 52以上、52以上出ろ!

 赤ボタン押下。出た数字は……。

 よぉ~っし! ギリギリだったけど、良い感じに狙い通りの数字だ。


「53か」

「ああ」

「……フム。致死圏内に入られてしまったな」


 そうクソピエロがニタリと笑う意味も分からないでもない。

 俺が出した数字は53。ギリギリでチカを仕留める事がかなう程度の数字。

 無論、一撃で仕留めるのを実現するためには、色々と超えなきゃいけない実現不可能なハードルもあるんだけどさ。


「クックックック。行動ボタンを私に握られているのが痛い所だな」


 そう。残念ながらというか、何というか。

 前のターンまでみたいに、ここであえてチカが負けるための行動を選べないせいもあって、結果としてはチカの一撃死はありえない状況になっている。

 俺がこのターンでチカを完全に仕留めるためには、最低でも二つ、同時に超えなきゃいけないハードルがあるのだ。

 一つは、チカが『52』以下の低目の数字を出してくれること。

 もう一つは、クソピエロが『剣』の行動をあえて選んでくれること……。

 まあ、一つ目はチカが目押しが出来るみたいなんで、やってやれない事もないんだろうと思うんだけど。でも、二つ目の方は、なぁ……。


 ──ありえないよなぁ……。


 そう内心でタメ息をつく事しか出来ない。

 このクソピエロが勝負に介入してくる以上、ここで『剣』なんて選んでくれる訳がない。

 いくらチカが頑張ってくれても、ここでクソピエロが『盾』を選ばないはずがないんだ。

 ……だから俺たち二人にできそうな連携なんて、あとは精々、チカに頑張って低い数字を出してもらう事くらいしかない訳で。

 そうやって削られる攻撃力を出来るだけ抑えて、チカを数ターンかけて徐々に瀕死の状態にまで追い込んでいく事くらいしか出来ないのだろうと思う。

 ……ただ、まあ、不幸中の幸いというべきか、まだ俺はダメージを食らってないからな。

 残ポイントが全く減ってない以上は、まず即死はありえないだろう状況だ。

 その上、出た数字は53。

 一撃でチカの残りポイントを削りきるのは難しいだろう微妙な数字だが、それでも半分のラインである50を超えているのは間違いないんだ。

 この調子で堅実に攻めていけば、勝利を掴むのもさほど難しい事でもないはずだ。

 そうして勝ちが見えてきた以上、ここは『剣』一択だろう。


「フム。ようやく選んだか。それでは、そろそろ、こちらも行動を選ばなくてはな……」


 こっちが選んでから、さほど時間をかけずにチカの方も行動が選ばれていた。

 チカが動いた素振りもなかったし、先ほどの宣言通りクソピエロが選んだんだろう。

 チカの残ポイントは48。

 一撃死の可能性がある以上、ここで『杖』はありえない。

 そうなると、やはり選ばれたのは『盾』のはずだった。

 だが、もしかすると大穴で『剣』の可能性もあるのか……?

 ……いや、流石に、それはないか。

 チカがわざと負けようとしているのはクソピエロの奴も分かっているはずだ。

 ここでチカが高目を出してくれるとは、流石に考えては居ないだろう。

 そうなってくると、やっぱり53はちょっとばかり心もとない数字だな。

 まあ、半分のラインを超えてる以上はさほど悪くないはずの数字なんだが。

 でも、悩まなくても済むような、圧倒的な数字でもないからな……。


「チカ君。ちょっと良いかね」

「はい?」

「君が数字を選ぶ前に、ちょっとチトセと話をさせてくれないか」

「それは構いませんが」

「済まないね」


 そうチカにストップをかけると、クソピエロは俺に向かって話しかけていた。


「チトセ」

「……なんだよ」

「君は、私が何を選んだか、分かるかね?」


 ここで杖は選びにくい。剣も微妙だ。

 以上の結果、消去法によって『盾』だと俺は考えている。


「俺はお前じゃないんだ。そんなの分かるわけないだろ」


 まあ、ここで素直に答えなきゃいけない道理はないからな。


「まあ、そうだな。……だが、私が何を選んだか……。興味がないか?」


 なぜ、そんなにしつこく尋ねるんだ。


「そりゃあ、興味はあるけど」


 それが分かれば勝てるんだから。

 そんな俺の苦笑交じりの言葉に、奴はニヤリと笑い返してくる。


「知りたいかね?」


 そんな台詞を口にしながら。


「そりゃあ、知りたいに決まってるだろ」


 教えてくれるわけがないが。そんなニュアンスをこめて答えて。


「そうか、そうか。そんなに知りたいか。では、仕方ないな。特別に、教えてやろう」


 ……そう来たかよ。


「おいおい。正気かよ」

「ん? 私が自分が何を選んだか教えるのが、そんなにおかしいのかね?」


 おかしいに決まってるだろ! と内心で突っ込みながらも。


「盤外戦ってやつか?」

「かもしれんな」


 ジリジリと俺達は間合いを詰めていく。


「本当に、教えてくれるのか?」

「君が、本当に、聞きたいと思っているなら、な?」


 互いの思惑という間合いに足を踏み入れるために。

 奴は、こちらを引き返せない深みにまで引き込むために。

 俺は、あえて奴の罠に踏み込んでいくために……。


「じゃあ、教えてくれ。そいつを見せてくれよ」


 ここはあえて乗ってやる。

 これに答えられるものなら答えてみやがれ。

 チキンレースだ!

 ……少なくとも、その時には、そんな気分だった。


「良いだろう」


 だが、奴は、崖に向かってアクセルを踏んだままだった。

 ブレーキなんて、踏む素振りすらも見せなかった。

 ニタリといつも通りに笑って。

 不気味な笑みを浮かべたまま、車ごとダイブしてみせたんだ。


「……『剣』だ。私が、選んだ行動は『剣』だ」


 奴は、口で答えただけじゃなかった。

 伏せて表示されていたカードを指さすと、それをめくって見せていた。

 表示されたカードには、確かに『剣』が描かれていたんだ。


「……ほら、な? 本当だっただろう?」


 そんなクソピエロの無謀な行動に、僅かにチカも目を見開いていたのだった。



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