炉のそばの娘
暖炉の町の物語
炉のそばの娘 第一部
パチパチ、と薪のはぜる音が部屋に響く。
私は暖炉の正面に置かれた木箱に腰掛けながら、ゆらゆらと揺れる炎を眺めていた。
薪が短くなれば新しい薪を足す。
風の強い日は火口を少し狭める。
そして時々、溜まった灰をかき出す。
『暖炉の番』それが私の役目だ。
たったそれだけの仕事。
けれど、こうして火を見つめていると、いつも思い出すことがある。
まだ幼かった頃のことだ。
この町の子供たちは皆、親の手伝いをして育つ。
冬に備えて森へ薪を集めに行く子。
家業を手伝う子。
親の代わりに家事をこなす子。
みんな、それぞれに自分の役目を持っていた。
――だけど私は違った。
身体が弱く、外を歩くだけでもすぐに息が上がる。
父さんの修繕の仕事を手伝おうとしても、不器用な手先では足を引っ張るばかりだった。
何もできない。
みんなと同じようになれない。
そんな悔しさに胸を締め付けられ、泣いてしまったこともある。
その日も私は暖炉の前で膝を抱え、俯いていた。
そんな私の頭を、母さんが優しく撫でる。
「ルサーナ。何でもできるようになろうとしなくていいのよ」
柔らかな声だった。
隣では父さんも大きく頷く。
「そうだぞ。みんな、自分にできることをやっているだけだ。父さんや母さんだって、できないことはたくさんある」
その言葉に少しだけ心が軽くなった。
でも、胸の奥に引っかかるものは消えなかった。
私は顔を上げて言う。
「でも……みんなは私なんかより、ずっとたくさんできることがあるんだよ!」
声が震えた。
母さんは少しだけ目を細め、優しく微笑む。
「できることが多いのは確かにすごいことよ。でもね、一つのことを丁寧に続けられるのも、同じくらい素敵なことだと母さんは思うわ」
そう言って父さんを見る。
父さんも腕を組みながら、得意げに胸を張った。
「そうそう。父さんだってできることは多くない。でも修繕なら誰にも負けないぞ」
自慢話が始まる前触れだと気づいたのか、母さんが苦笑する。
けれど父さんは気にした様子もなく続けた。
「今日だって近所の人も旅商人も衛兵も、みんな道具を直してくれって来たんだ。しかも帰る時はみんな笑顔だ」
父さんは満面の笑みを浮かべる。
「な? 父さん、すごいだろ?」
思わず笑ってしまった。
母さんも呆れたように肩をすくめながら笑っている。
暖炉の火が、部屋を優しく照らしていた。
そんな私たちを見回しながら、父さんは少しだけ真面目な顔になる。
「ルサーナ」
私は顔を上げた。
「たくさんなんていらない」
父さんの声は静かだった。
「自分を見つめて、相手を思って、自分にできることを一生懸命やりなさい」
その言葉を聞いた瞬間だった。
胸につかえていた何かが、するりとほどけていく。
冷たく固まっていた心の奥へ、暖炉の火のような温もりがゆっくりと広がっていった。
あの日。
暖炉の前で交わした何気ない会話は、今でも私の中で消えることなく燃え続けている。
迷った時も。
立ち止まった時も。
あの言葉は、暖炉の火のように私を支えてくれた。
だからこそ。
私は今でも、この暖炉の番を続けている。
パチリ、と薪がはぜた。
その音に顔を上げる。
すると、玄関の扉が勢いよく開かれた。
冷たい風と共に飛び込んできたのは、見覚えのある衛兵のおじさんだった。
「ルサーナ! 大変だ!」
その焦った声に、私は思わず立ち上がる。
こんな慌てた様子を見るのは初めてだった。
「どうしたの?」
そう尋ねた瞬間、衛兵のお兄ちゃんは息を切らしながら言った。
「ギスカルを呼んでくれ!」
――それは、父さんの名前だった。
けれど。
その時の私は、まだ知らなかった。
この呼び出しが、私の日常を大きく変える始まりになることを。
第1話を読んでいただきありがとうございます。
今回はルサーナの幼い頃の思い出を書いてみました。
次回からは現在の時間軸に戻り、物語が少しずつ動き始めます。
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