表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

炉のそばの娘

暖炉の町の物語


炉のそばの娘 第一部


パチパチ、と薪のはぜる音が部屋に響く。


私は暖炉の正面に置かれた木箱に腰掛けながら、ゆらゆらと揺れる炎を眺めていた。


薪が短くなれば新しい薪を足す。

風の強い日は火口を少し狭める。

そして時々、溜まった灰をかき出す。


『暖炉の番』それが私の役目だ。


たったそれだけの仕事。


けれど、こうして火を見つめていると、いつも思い出すことがある。


まだ幼かった頃のことだ。


この町の子供たちは皆、親の手伝いをして育つ。


冬に備えて森へ薪を集めに行く子。

家業を手伝う子。

親の代わりに家事をこなす子。


みんな、それぞれに自分の役目を持っていた。


――だけど私は違った。


身体が弱く、外を歩くだけでもすぐに息が上がる。

父さんの修繕の仕事を手伝おうとしても、不器用な手先では足を引っ張るばかりだった。


何もできない。


みんなと同じようになれない。


そんな悔しさに胸を締め付けられ、泣いてしまったこともある。


その日も私は暖炉の前で膝を抱え、俯いていた。


そんな私の頭を、母さんが優しく撫でる。


「ルサーナ。何でもできるようになろうとしなくていいのよ」


柔らかな声だった。


隣では父さんも大きく頷く。


「そうだぞ。みんな、自分にできることをやっているだけだ。父さんや母さんだって、できないことはたくさんある」


その言葉に少しだけ心が軽くなった。


でも、胸の奥に引っかかるものは消えなかった。


私は顔を上げて言う。


「でも……みんなは私なんかより、ずっとたくさんできることがあるんだよ!」


声が震えた。


母さんは少しだけ目を細め、優しく微笑む。


「できることが多いのは確かにすごいことよ。でもね、一つのことを丁寧に続けられるのも、同じくらい素敵なことだと母さんは思うわ」


そう言って父さんを見る。


父さんも腕を組みながら、得意げに胸を張った。


「そうそう。父さんだってできることは多くない。でも修繕なら誰にも負けないぞ」


自慢話が始まる前触れだと気づいたのか、母さんが苦笑する。


けれど父さんは気にした様子もなく続けた。


「今日だって近所の人も旅商人も衛兵も、みんな道具を直してくれって来たんだ。しかも帰る時はみんな笑顔だ」


父さんは満面の笑みを浮かべる。


「な? 父さん、すごいだろ?」


思わず笑ってしまった。


母さんも呆れたように肩をすくめながら笑っている。


暖炉の火が、部屋を優しく照らしていた。


そんな私たちを見回しながら、父さんは少しだけ真面目な顔になる。


「ルサーナ」


私は顔を上げた。


「たくさんなんていらない」


父さんの声は静かだった。


「自分を見つめて、相手を思って、自分にできることを一生懸命やりなさい」


その言葉を聞いた瞬間だった。


胸につかえていた何かが、するりとほどけていく。


冷たく固まっていた心の奥へ、暖炉の火のような温もりがゆっくりと広がっていった。


あの日。


暖炉の前で交わした何気ない会話は、今でも私の中で消えることなく燃え続けている。


迷った時も。

立ち止まった時も。


あの言葉は、暖炉の火のように私を支えてくれた。


だからこそ。


私は今でも、この暖炉の番を続けている。




パチリ、と薪がはぜた。


その音に顔を上げる。


すると、玄関の扉が勢いよく開かれた。


冷たい風と共に飛び込んできたのは、見覚えのある衛兵のおじさんだった。


「ルサーナ! 大変だ!」


その焦った声に、私は思わず立ち上がる。


こんな慌てた様子を見るのは初めてだった。


「どうしたの?」


そう尋ねた瞬間、衛兵のお兄ちゃんは息を切らしながら言った。


「ギスカルを呼んでくれ!」


――それは、父さんの名前だった。


けれど。


その時の私は、まだ知らなかった。


この呼び出しが、私の日常を大きく変える始まりになることを。

第1話を読んでいただきありがとうございます。


今回はルサーナの幼い頃の思い出を書いてみました。

次回からは現在の時間軸に戻り、物語が少しずつ動き始めます。


感想や評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ