あるエルフの話
プロセルピナは肉が好きだ。
特に牛、その肉を使ったステーキが好物で、晩餐会で目の前に山積みになったステーキ肉を見るとあまりの感動に述べるべき祝辞も忘れてかぶりついてしまう。
この世界に転移してきた人間に
「エルフと言えば肉食は禁忌ではないのか?」
と聞かれては、「どうして?」と返答するくらいに肉が好きだ。
エルフは森の賢者と呼ばれる高い知識と魔法を操る。
だから、自然に生きているものを食べる事に抵抗があるのではないか、と転生者や転移者は口を揃えて言う。
確かに、聖職者のエルフは肉食を嫌う。
だが、プロセルピナは聖職者ではない。
とある名も無き異世界の、エルフの国の、名も無き集落の族長だ。
聖職者が「神の前にいのちは皆平等なのです」と語り、菜食主義である事を否定はしないがその思想を押し付けられるのは御免こうむる。
森と共に生きるエルフだが、一応は人類、と言う括りにいる。森に生きる動物達の考えも理解出来るが、田畑を荒らされて怒らないものはいない。
開墾時代にグリズリーが集落のエルフ数十名を食い散らかした時は、敬虔な女神の信徒である聖職者すら武器を手に取り集落を護る為に戦ったものだ。
お陰で集落は小さいながら、転生者や転移者を安全に保護出来る程には平和に生活が出来ている。
討伐した雌のグリズリーは丁寧に解体し、その胃袋から遺品を取り戻した後、葬送の焔で魂を森へと還した。
循環の流れに乗れば、またグリズリーは生まれてくる。
次に生まれる時は冬を越す為の塒を見付け、人類を襲う事がないよう祈りを捧げた。
それと、
大前提として人間以外の種族の食文化は所謂「個人の嗜好」である。
エルフ、ドワーフ、コボルト、オーク、その他多種多様の種族は生命活動に必要な栄養素を大気中の魔力から補う事が出来る。
エルフの国王夫妻が「気が付いたら国と言う枠組みが無くなっていた」と言う人間達と大きく違う点がそこである。
人間達は、食料の為に、土地の為に、様々な理由で戦争を繰り返し。気付けば戦争の落とし所もあやふやになり。人類と言う括りにおいてこの世界の転生者や転移者を除く純粋な人間の人口は現在500人に届くかどうか、である。
先日、プロセルピナが異世界交流の為に参加した討論会にいた別の世界のオークがいる世界ではそちらの純粋な人間は既に絶滅していて、転生者や転移者のみが人間だと言っていた。
「どうして、人間は絶滅したのです?」
「そちらの世界の外交議題にも、転生者や転移者の行動についての問題は上がっているのではないか?」
なるほど、所謂転生チート、転生者や転移者の世界における「現代知識無双」の成れの果てか、と納得した。
彼等は何故か、自分達の世界が優れている、と言う自信がある。
プロセルピナは何故、そんなにも能力を魅せようとするのか長年謎だったが、討論会に出席していた人間の評論家と政治家が
「異世界=中世ヨーロッパ。剣と魔法の世界」
と言う思い込みがあるのだ、と言う事を教えてくれた。
中世ヨーロッパについて聞いたところ、プロセルピナの世界では原始時代あたりが該当する事が分かった。
原始時代に力を持つもの、知識を持つものが足を運んだならば確かに息巻いてしまうのも仕方ない事なのかもしれない。
プロセルピナの集落も500年程前に転生チートを持つ転生者が魔法で畑や水源を弄り、しょっちゅう近くのダンジョンの魔物を討伐していた結果壊滅的な状態になった事がある。
『魔物は襲ってこないし、畑や水源は魔法で管理されてる。何の問題があるんだ?』
『魔法は原則、行使者が生存している限り有用なものです。貴方が死んだ後の管理をするのはわたくし達なのですよ?』
魔法のある世界で、全てを魔法に頼りきらない事にはちゃんと事情があるのだと説明した思い出がある。
『こちらが、貴方が来る前の収穫量。
そして、
こちらが貴方が畑や水源の管理を魔法で頼りきりにした後の収穫量です』
数が増えているから良いじゃないか、とあの人間は言った。
『数値だけを見ればそうでしょうね。ですが、既に他の人間の皆さんから食料の質が落ちた、との苦情が来ています。
それから、常に魔力に晒される畑や水源は3年で使い物にならなくなります。
元に戻すには50年掛かるのです』
あの人間が生きている間は、例え使い物にならなくなった畑や水源も、転生チートの魔法でカバー出来るだろうが、死んだ後はそうもいかない。
『出てけって言うなら出てくけどー?』
プロセルピナは集落を去るあの人間を止めず、国の保護対象として申請する事を決めた。
(結局、あの子の望む「魔王との熱いバトル!」はあの子が天寿を全うした後もありませんでしたが…)
たまに、手紙を寄越してきていたな、と思い返す。
『女神様から聞いてた話と違って、まだ、魔王がいないみたいだからー。
今は王宮にいるー』
プロセルピナ個人の保護対象ではなく国の保護対象となった事で王宮で暮らす事になったあの子は、時間が経つに連れて
『やっぱり集落に帰りたい』
と手紙を寄越してくる様になった。
討論会で知り合った人間の評論家が17でエルフの国に転移し、30年の「人間視点からの感想」を聞いたから500年の時を経て何年経っても子供扱いされる事に耐えかねたのだろうな、と思った。
なんせ、国の保護対象になったあの子はあれだけ自慢していた転生チートの使用を禁止され、何処へ行くにも100人以上の護衛がついて個人の時間が持てないと嘆いていた。
一応、手紙には目を通すものの、プロセルピナは集落の復興作業に忙しかったので返信する事は出来なかった。
プロセルピナがあの子と再会したのは無事天寿を全うし、棺に収められた後だった。
(今回、人間の平均的な繁殖期を知る事も出来たし、国王夫妻に1報いれておこうっと)
プロセルピナはるんるんと、王宮に繋がる門に足を踏み入れるのだった。




