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名札のない光

作者: 北大路京介
掲載日:2026/01/11

松村ミユの握手会には、いつも風が通っていた。

人が少ないからではなく、広い会場に対して、彼女の前に並ぶ人がほとんどいなかったからだ。


机の上には、小さな星の形をしたスタンド。

それが今日も、少し傾いて置かれている。


時間になると、スタッフが合図をする。

ミユは背筋を伸ばし、いつもの笑顔を作った。


そして——

今日も、その人は現れた。


名札には、見慣れない名前。

昨日とも、一昨日とも違う。

でも歩き方も、声の高さも、手を差し出す速さも、全部同じだった。


「こんにちは」


ミユは名札を見て、にこっと笑う。


「今日は、その名前なんですね」


それだけ言って、何も聞かない。


彼の手は、いつも少し冷たい。

それでも、握るとほんのり温度が戻る。


「……不思議ですね」


彼は、名札を気にしながら言う。


「何がですか?」


「ここに来ると、少しだけ……明るくなる」


ミユは頷いた。


「それ、キラキラですよ」


「え?」


「目に見えないけど、ちゃんとあるんです」


彼は、少し笑った。

名札の文字が、少し揺れた。


握手の時間が終わると、彼は深く頭を下げて帰っていく。

ミユは、その背中を見送る。


——名前を変えても、来てくれる。

それだけで、十分だった。


ある日。

彼は名札をつけずに現れた。


少し不安そうに、手を差し出す。


ミユは何も言わず、そっと握った。


「……今日は、名前、ないんですね」


「はい」


それだけの返事。


ミユは、いつもより少し強く、手を握った。


「大丈夫ですよ」


「何がですか?」


「キラキラは、名前がなくても消えません」


彼は、安心したように笑った。


その日、握手会の会場は、いつもと何も変わらなかった。

人も増えなかった。

拍手もなかった。


でも、ミユには分かった。


——誰かが、自分のままで来てくれた日。

それは、確かに光っていた。


松村ミユは、机の上の星形スタンドを、そっとまっすぐに直した。


そして、次の誰かを待った。


キラキラは、待つ人の手の中に、ちゃんと残っていると信じて。

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