第8章
# 第8章:実行犯の告白
「なぜ……」
僕は、ようやく声を絞り出す。
「なぜ、両親を殺したんだ?」
彼女は、僕に近づいてくる。
そして、僕の目の前に立つ。
「それは……あなたが聞きたいこと?」
「当たり前だろう!」
僕は、立ち上がる。
「君が、僕の両親を殺したんだ。理由を教えてくれ。なぜ、そんなことをしたんだ?」
彼女は、静かに僕を見つめる。
その目は、どこまでも深い。
「本当に、知りたい?」
「当たり前だ」
「知ったら、あなたは後悔するかもしれないわよ」
「それでも、知りたい」
彼女は、ため息をつく。
それから、ソファに座る。
「座って。長い話になるから」
僕は、戸惑いながらも、向かいのソファに座る。
彼女は、手袋を外したままの左手を、テーブルに置く。
三日月型の傷が、僕に向けられている。
「ねえ」
彼女は、静かに言う。
「覚えてる? 子供の頃、私たちよく一緒に遊んだわよね」
「……ああ」
「あなたは、いつも泣いていた」
彼女の声が、遠くなる。
「お母さんに怒られた、お父さんに無視された、って。いつも、私のところに来て泣いていた」
僕は、黙って聞く。
「私も、同じだったの」
「え?」
「私の家も、同じだった。父は酒飲みで、母は私を無視していた。だから、あなたの気持ちがわかった」
彼女は、目を伏せる。
「私たちは、同じだった。同じ痛みを抱えていた。だから、わかり合えた」
僕は、何も言えない。
彼女が虐待を受けていたことは、知っていた。
でも、それと両親の殺害が、どう繋がるのか。
「でも、あなたは変われなかった」
彼女は、僕を見る。
「大人になっても、両親の支配から逃れられなかった。あなたは、ずっと苦しんでいた」
「……それは」
「私は、それが耐えられなかった。あなたが苦しむのを、見ていられなかった」
彼女の目に、涙が浮かぶ。
でも、それは悲しみの涙ではない。
何か、別の感情。
「だから、決めたの」
彼女は、微笑む。
「あなたを、自由にしてあげようって」
僕の頭が、混乱する。
「自由に……?」
「そうよ。あなたの両親は、あなたを縛りつけていた。だから、私がその鎖を断ち切った」
彼女は、まるで当然のことを言うように、淡々と語る。
「あの夜、私はあなたの家に行った。鍵は開いていた。あなたが開けておいてくれたから」
「僕が……?」
「ええ。あなたは知っていたのよ。私が何をしに来るのか」
僕は、首を振る。
違う。
そんなことは――
でも、記憶がない。
あの夜の記憶が、僕にはない。
「リビングに入ると、二人はソファにいた。いつも通り、お互いを無視しながら、それぞれの時間を過ごしていた」
彼女の声は、静かだ。
まるで、映画を語るように。
「私は、持ってきた紐を取り出した。そして、あなたのお母さんの背後に回った」
彼女は、自分の手を見る。
そして、空中で紐を絞るような仕草をする。
「最初は、暴れたわ。でも、すぐに静かになった」
僕は、吐き気を覚える。
彼女は、それを楽しんでいるのか?
いや、違う。
彼女の表情には、喜びも悲しみもない。
ただ、淡々としている。
まるで、仕事を報告するように。
「次は、お父さん。彼は逃げようとした。でも、私は速かった」
彼女は、左手を見る。
「その時、彼の爪が私の手を引っ掻いた。痛かったわ。でも、それだけ」
三日月型の傷。
それを見つめながら、彼女は続ける。
「彼も、すぐに動かなくなった。そして、全てが終わった」
沈黙。
僕は、何も言えない。
彼女の言葉が、あまりにも冷静すぎて、現実感がない。
「その後、私は現場を荒らした。窓を壊して、物を散乱させて、外部からの侵入に見せかけた」
「なぜ、そこまで……」
「あなたが疑われないように」
彼女は、僕を見る。
「あなたは、あの夜家にいた。もし、そのまま殺人事件として処理されたら、あなたが第一容疑者になる。だから、私は完璧に偽装した」
彼女の声には、誇りが滲んでいる。
「凶器も、指紋も、足跡も、全て消した。警察が来た時、何も証拠は残っていなかった」
「君は……」
「私は、あなたのためにやったのよ」
彼女は、微笑む。
「あなたを守るために。あなたを自由にするために」
僕は、立ち上がる。
部屋の中を、歩き回る。
頭が、パンクしそうだ。
彼女が、両親を殺した。
僕のために。
でも、僕は頼んでいない。
少なくとも、記憶にはない。
「なぜ、記憶を僕に見せたんだ?」
僕は、彼女に振り返る。
「なぜ、わざわざ記憶屋に流通させて、僕に見せたんだ?」
彼女は、立ち上がる。
そして、僕に近づく。
「あなたに、気づいてほしかったから」
「何を?」
「真実を」
彼女は、僕の目を見つめる。
「あなたは、両親が死んで、悲しんでいるフリをしていた。でも、本当は違うでしょう?」
「何を言って――」
「心の奥では、ホッとしていたでしょう?」
僕は、言葉を失う。
彼女は、続ける。
「ようやく解放された、って。もう、苦しまなくていい、って。そう思ったでしょう?」
「それは……」
「記憶を見た時も、そうだったでしょう?」
彼女は、僕の胸に手を置く。
「あの男が両親を殺す光景を見て、あなたはカタルシスを感じたはずよ。ああ、これでよかったんだ、って」
僕は、否定しようとする。
でも、できない。
彼女の言う通りだから。
記憶を見た時、僕は確かに満足していた。
醜い、最低な感情だけど、それは本当だった。
「あなたは、両親が殺されたことを憤っている」
彼女は、優しく言う。
「犯人を許せない、真実を知りたい、って思っている」
彼女は、微笑む。
「でも、心のどこかで、達成感に似た感情もあったでしょう?」




