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【完結】記憶の檻  作者: ドネルケバブ佐藤


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第12章

# 第12章:エピローグ


 朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。


 僕は、ソファで一睡もできないまま、朝を迎えた。


 時計を見る。

 午前七時。


 彼女が起きてくる前に、決めなければならない。


 でも、僕は決められなかった。


 一晩中、考えた。

 警察に行くべきか。

 それとも、このまま彼女と一緒にいるべきか。


 どちらを選んでも、未来は暗い。


 警察に行けば、僕も共犯として疑われる。

 証拠がなくても、疑いの目は向けられる。


 そして、何より――


 彼女を失う。


 それが、怖かった。


 この三年間、彼女は僕の全てだった。

 彼女がいなければ、僕は生きていけなかった。


 それは、今も変わらない。


 寝室のドアが、開く。


 彼女が、現れる。


 いつもと同じ、優しい笑顔。

 でも、その目には、静かな覚悟がある。


「おはよう」


 彼女は、僕に近づく。


「眠れた?」


「……いや」


 僕は、正直に答える。


 彼女は、僕の隣に座る。


 そして、何も言わずに、僕の手を取る。


 沈黙。


 長い、長い沈黙。


 やがて、彼女が口を開く。


「決めた?」


 僕は、答えられない。


 喉が、動かない。


 彼女は、待っている。


 急かさない。

 ただ、静かに待っている。


 僕は、考える。


 警察に行ったら、どうなる?


 彼女は捕まる。

 僕も、疑われる。


 でも、それ以上に――


 僕は、一人になる。


 誰もいない部屋で、一人で生きていく。


 両親を殺してくれと頼んだ自分。

 記憶を消して逃げた自分。


 そんな自分と、一人で向き合っていく。


 それは、できない。


 僕には、その強さがない。


 そして――


 彼女と一緒にいたら、どうなる?


 彼女の檻の中で、生きていく。

 自由はない。

 でも、彼女がいる。


 彼女が、世話をしてくれる。

 彼女が、決めてくれる。

 彼女が、全部やってくれる。


 僕は、何も考えなくていい。

 何も選ばなくていい。

 何も責任を負わなくていい。


 それは――


 楽だ。


 とても、楽だ。


 両親の支配から逃れたはずなのに、僕は結局、また誰かに支配されることを選ぼうとしている。


 でも、それが僕なんだ。


 僕は、自分で立つことができない。


 誰かに支えられていないと、生きていけない。


 それが、僕の本質だ。


 僕は、ゆっくりと口を開く。


「……警察には、行かない」


 彼女の手が、僅かに震える。


「そう」


 彼女は、微笑む。


「ありがとう」


 彼女は、僕を抱きしめる。


 その腕は、優しい。

 でも、逃がさないという強さもある。


「これから、ずっと一緒よ」


 彼女は、囁く。


「もう、離さない」


 僕は、何も答えない。


 ただ、彼女に抱かれたまま、目を閉じる。


 これで、いいんだ。


 そう、自分に言い聞かせる。


---


 それから、日々は何も変わらなかった。


 いや、変わったことが一つだけある。


 彼女は、もう隠さなくなった。


 僕の行動を、全て管理する。

 どこへ行くのか、誰と会うのか、何をするのか。


 全て、彼女が決める。


 そして、僕はそれに従う。


 反抗する気力も、もうない。


 ある日、彼女が僕の左手を取った。


「ねえ」


 彼女は、僕の左掌を見つめる。


「あの夜、あなたも痛みを感じたのよね」


「……ああ」


「それは、私たちが繋がっているからよ」


 彼女は、自分の左手を僕の左手に重ねる。


 三日月型の傷が、僕の掌に触れる。


「私たちは、同じ痛みを分かち合った」


 彼女は、微笑む。


「これからも、ずっと一緒よ」


 僕は、何も言わない。


 ただ、彼女の手を握り返す。


---


 夜。


 彼女は、僕の隣で眠っている。


 規則正しい寝息。


 僕は、ベッドから抜け出し、窓辺へ向かう。


 カーテンを開ける。


 外には、夜空が広がっている。


 星は、ほとんど見えない。

 街の明かりが、星を消している。


 僕は、空を見上げる。


 自由に、何も縛られることなく、広がる空。


 でも、僕には届かない。


 僕は、この部屋の中に閉じ込められている。


 彼女の檻の中に。


 いや、違う。


 僕が、自分から入ったんだ。


 逃げるために。

 楽になるために。

 責任を負わないために。


 僕は、弱い人間だ。


 両親に支配され、彼女に救いを求め、そして今、また彼女に支配されている。


 でも、もう抗う気力もない。


 これが、僕の人生だ。


 これが、僕が選んだ道だ。


 後ろから、彼女の腕が伸びてくる。


 僕の腰を、抱きしめる。


「起きてたの?」


 眠そうな声。


「……ああ」


「眠れない?」


「少し」


「ベッドに戻りましょう」


 彼女は、僕を優しくベッドへ導く。


 僕は、従う。


 ベッドに横たわると、彼女は僕の隣に寄り添う。


 そして、僕の頭を撫でる。


「大丈夫。もう何も怖くないわ」


 彼女の声が、子守唄のように響く。


「私が、ずっとそばにいるから」


 僕は、目を閉じる。


 彼女の体温が、伝わってくる。


 温かい。

 でも、どこか重い。


「いい子ね」


 彼女は、囁く。


「もう、何も考えなくていいのよ」


 その言葉が、僕を包む。


 何も考えなくていい。

 何も選ばなくていい。

 何も責任を負わなくていい。


 それは、呪いだ。


 でも、同時に、救いでもある。


 僕は、その呪いを受け入れた。


 そして、その呪いの中で生きていく。


 彼女の共犯者として。

 彼女の所有物として。


 永遠に。


 それが、僕の檻だ。


 逃れられない、記憶の檻。


 そして、もう逃げたいとも思わない。


 僕は、彼女の腕の中で、ゆっくりと目を閉じる。


 明日も、明後日も、これからもずっと。


 この檻の中で、僕は生きていく。


 それが、僕が選んだ終わりだ。



【終】

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