表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/104

13歳-19-

 それから一週間後。

 すっかれ回復した私は、リーゼァンナ王女殿下の屋敷に招かれた。

  

 屋敷には普通の使用人もいる。あの日は人払いしていたのだろう。

 

 使用人の人に案内されて庭を通り、中へ。

 玄関ホールには見覚えの――そして若干トラウマの――ある長身のスーツ姿。

 もちろんドーズ先生。ただしシミターはどこにも見当たらない。

 

「この先はドーズがご案内いたします。それではドーズ、よろしくお願いします」

 と使用人に引き継ぎされて、「ありがとうございます」と先生は返事した。

 

 ――敬語が使えたんだ、と失礼だけど意外に思ってしまう。

 

「ずいぶん、めかし込んできたな」

 目が合うや否や、ドーズ先生はそんなことを言ってきた。

 今、私は白ベースのドレスを着ている。

 

「なにせ王女殿下直々のご招待ですから。失礼な恰好できません」

「……自分を殺そうとした相手に、律儀なことだ」

「その件はもう完璧に許しましたので。今はただの王女殿下と臣下にすぎません」

「王女側はそう思ってなさそうだがな」

 

 言いながら、ドーズ先生が先導して案内してくれる。

 正面の大階段を上り、右側へ。

 

「体は大丈夫か?」

 ドーズ先生が急にお父様みたいに聞いてきた。

 すでに一度学園でも聞かれて、問題ない、と答えたんだけど。

 

「はい。先生こそ平気でしたか? 思いっきり心臓のところ突いちゃいしましたけど」

「仔細無い」

「なら良かったです。今度は授業で模擬戦してくださいね。……もちろん形代ありで」

 

「……凄いな君は。まだそう言えるのか」

「そりゃ言えますよ。先生と『授業で』戦ってみたいっていうのはずっと思ってたんですから」

「叶えるのは(やぶさ)かではない。だが少し待ってくれ。次はちゃんと仕込み杖の対策も練っておきたいからな」

「いやいや! それじゃもう私に勝ち目無いじゃないですか!」

「当たり前だろ? 俺だって次は勝ちたいんだからな」

「もう、大人げなさ過ぎですよ」

 

 先生が口元を緩めて。

 私もなんだか可笑しくて笑っちゃう。

  

 階段を昇り切った。

  

「……ルナリア。すまなかった」

 広い廊下を行きながら、ドーズ先生はそう言った。

 

「いえ。……そりゃまあ、剣を向けられたときは本当に怖かったですけど。それもひっくるめて全部許してますから。お気になさらず」

「感謝している。俺は、あの子の側に居る者として間違えた。君に助けられた」

 

 ――なんか、また別のこと企んでたりしないよね……?

  

「君やロマを殺すように言ってから、あの子はずっと、自責に苛まれていたように思う。

 だが俺が負けたあの日から、どこか吹っ切れたように笑みを取り戻した」

 そして横顔だけ振り返り、ドーズ先生は笑った。

「ありがとう。君に負けて良かった」

 

 すぐにまたドーズ先生は前を向く。

 

「そう言っていただけるなら、私も勝てて良かったです。ほとんど偶然でしたけど」

「まあ、ここから三年は俺が勝ち越させてもらうがな」

「そうはいきません! 私だってもっと強くなりますからね!」

 


   †



 ドーズ先生に案内されて、殿下の部屋に入る。

 中にはリーゼァンナ王女殿下とギルネリット先生が居た。

 ――ひとまずギルネリット先生には見限られなかったようで、なにより。

 

「いらっしゃい、同胞」

 殿下が意味深に私を呼ぶ。

 

「いらっしゃいませ、ルナリアさん」

 ギルネリット先生はいつもの笑顔で迎えてくれた。

 

「バルコニーで話そう。ギル、茶と菓子を用意してくれ」

「かしこまりました」

 

 殿下は立ち上がり、後ろにあったカーテンを開く。

 全面ガラス張りの窓を開けると、ちょっとしたパーティーができそうな広いバルコニーが見えた。

 

「我が邸自慢の場所をご覧に入れよう。おいで、ルナリア」

「この上なき幸せ。ただいま参ります、殿下」

 スカートの両端をつまんだカーテシーで返事をする。

 

「連れの者はこの部屋の中で団欒していてくれたまえ。

 なに、憶映晶で洗脳したり、暗殺を依頼したりしないから」

 ブラックなジョークで場を逆に不安にさせてから、殿下はその窓の向こうへ降りていった。

 

「それじゃ行ってくるね」

 エルザとショコラに言って、殿下を追う。

 

 窓の外には、部屋から見たイメージよりもさらに広大な空間。

 真っ青な空と、真っ白なバルコニー。遠く霞んで見える建物は、学園だ。

 

「うわあ、すごい……」

 視界の丁度真ん中で分かれたコントラストに、思わず声が出る。

 

「そんなに感嘆をくれると嬉しいね」

 窓の外、すぐ横で待っていた殿下こそ、屈託無く笑っていた。

 

 殿下は左手で私の手を取り、ゆっくりと歩き出す。

 不意のエスコートに驚きつつ、ホストに従って付いていく。

 

 白い空間のほぼ中央、丸いテーブルと二脚の椅子が見えた。

 まず殿下が右の椅子を引いて、四指でその上を示す。

 王女に椅子を引いていただくなんて恐れ多いけど、そのまま椅子に腰掛けた。

 その後、殿下も対面に。

 

「急に呼び立ててすまなかったな」

「いえ、私も殿下とはもっと話したいと思っていましたから」

「ほう? ではまず君の用件から聞こうか」

「よろしいのですか? 殿下も殿下でお話があったのでは?」

「後回しで構わんよ。それで、なんなんだい?」

 

 と、そこでギルネリット先生がお茶とお菓子を運んでくる。

 

「あの日から、色々気になっていたんですが……」

 私はそう前置きして、

「もしかして、ドーズ先生と殿下って、その、恋仲、だったりします……?」

 意を決して、そう問うた。

 

「……あん?」

 目を丸くするリーゼァンナ殿下。

 

 動きを止めて私を見るギルネリット先生。

 

「いえ、お二人の言葉の端々から、なんとなくこう、そんな匂いがしたと言いますか。仰りたくないなら結構なんですが」

「ありえんよ」

 殿下が喰い気味に否定してきた。

 

 ギルネリット先生も苦笑いで給仕を続ける。

 

「身分の差を置いておいても、単純に一緒に居て楽しくない」

 耐えかねたように、ギルネリット先生が吹き出した。

「なあ、ギル」

 

「え!? 私に振らないでくださいよ……」

「つまり否定はできない、と」

「もう。戻ったらドーズさんにどんな顔すれば良いんですか……」

 

 楽しそうに笑う殿下。

 眉を寄せつつも、次第に笑顔になってくるギルネリット先生。

 

 ――仲いいなあ。

 ショコラから聞いていたのと、ちょっと印象が違う。でも、これが平時の二人の関係なんだろう。

 

「しかし意外だな、君がそんなゴシップみたいな質問してくるとは」

 殿下が私に視線を戻した。

 

「そうなんですけど、でも一度思い付いたら気になっちゃいまして。もしそうだったら素敵だな、って」

 

 身分差や主従の恋愛は鉄板なのである。

 

「君こそドーズに恋慕の情があるから、他に女が居ないか気になるんじゃないか?」

「シウラディアにも言われましたけど……。そういう目では見れないです。

 お父様とか、実家の私兵団の隊長とか……そういう方々と感覚は近いです。そこまで歳は離れてないですけど、ドーズ先生、老成してるし」

「なんか可哀想になってきたな、ドーズさん……」

 

 ギルネリット先生が呟くも、顔はちょっと笑っていた。

 

「ギル、戻ったらドーズに今の話してやれ」

「やめておきますよ。強がらせちゃうかもしれませんし」

 

 そう言って、お茶とお菓子を準備し終えたギルネリット先生は、一礼して去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ