13歳-19-
それから一週間後。
すっかれ回復した私は、リーゼァンナ王女殿下の屋敷に招かれた。
屋敷には普通の使用人もいる。あの日は人払いしていたのだろう。
使用人の人に案内されて庭を通り、中へ。
玄関ホールには見覚えの――そして若干トラウマの――ある長身のスーツ姿。
もちろんドーズ先生。ただしシミターはどこにも見当たらない。
「この先はドーズがご案内いたします。それではドーズ、よろしくお願いします」
と使用人に引き継ぎされて、「ありがとうございます」と先生は返事した。
――敬語が使えたんだ、と失礼だけど意外に思ってしまう。
「ずいぶん、めかし込んできたな」
目が合うや否や、ドーズ先生はそんなことを言ってきた。
今、私は白ベースのドレスを着ている。
「なにせ王女殿下直々のご招待ですから。失礼な恰好できません」
「……自分を殺そうとした相手に、律儀なことだ」
「その件はもう完璧に許しましたので。今はただの王女殿下と臣下にすぎません」
「王女側はそう思ってなさそうだがな」
言いながら、ドーズ先生が先導して案内してくれる。
正面の大階段を上り、右側へ。
「体は大丈夫か?」
ドーズ先生が急にお父様みたいに聞いてきた。
すでに一度学園でも聞かれて、問題ない、と答えたんだけど。
「はい。先生こそ平気でしたか? 思いっきり心臓のところ突いちゃいしましたけど」
「仔細無い」
「なら良かったです。今度は授業で模擬戦してくださいね。……もちろん形代ありで」
「……凄いな君は。まだそう言えるのか」
「そりゃ言えますよ。先生と『授業で』戦ってみたいっていうのはずっと思ってたんですから」
「叶えるのは吝かではない。だが少し待ってくれ。次はちゃんと仕込み杖の対策も練っておきたいからな」
「いやいや! それじゃもう私に勝ち目無いじゃないですか!」
「当たり前だろ? 俺だって次は勝ちたいんだからな」
「もう、大人げなさ過ぎですよ」
先生が口元を緩めて。
私もなんだか可笑しくて笑っちゃう。
階段を昇り切った。
「……ルナリア。すまなかった」
広い廊下を行きながら、ドーズ先生はそう言った。
「いえ。……そりゃまあ、剣を向けられたときは本当に怖かったですけど。それもひっくるめて全部許してますから。お気になさらず」
「感謝している。俺は、あの子の側に居る者として間違えた。君に助けられた」
――なんか、また別のこと企んでたりしないよね……?
「君やロマを殺すように言ってから、あの子はずっと、自責に苛まれていたように思う。
だが俺が負けたあの日から、どこか吹っ切れたように笑みを取り戻した」
そして横顔だけ振り返り、ドーズ先生は笑った。
「ありがとう。君に負けて良かった」
すぐにまたドーズ先生は前を向く。
「そう言っていただけるなら、私も勝てて良かったです。ほとんど偶然でしたけど」
「まあ、ここから三年は俺が勝ち越させてもらうがな」
「そうはいきません! 私だってもっと強くなりますからね!」
†
ドーズ先生に案内されて、殿下の部屋に入る。
中にはリーゼァンナ王女殿下とギルネリット先生が居た。
――ひとまずギルネリット先生には見限られなかったようで、なにより。
「いらっしゃい、同胞」
殿下が意味深に私を呼ぶ。
「いらっしゃいませ、ルナリアさん」
ギルネリット先生はいつもの笑顔で迎えてくれた。
「バルコニーで話そう。ギル、茶と菓子を用意してくれ」
「かしこまりました」
殿下は立ち上がり、後ろにあったカーテンを開く。
全面ガラス張りの窓を開けると、ちょっとしたパーティーができそうな広いバルコニーが見えた。
「我が邸自慢の場所をご覧に入れよう。おいで、ルナリア」
「この上なき幸せ。ただいま参ります、殿下」
スカートの両端をつまんだカーテシーで返事をする。
「連れの者はこの部屋の中で団欒していてくれたまえ。
なに、憶映晶で洗脳したり、暗殺を依頼したりしないから」
ブラックなジョークで場を逆に不安にさせてから、殿下はその窓の向こうへ降りていった。
「それじゃ行ってくるね」
エルザとショコラに言って、殿下を追う。
窓の外には、部屋から見たイメージよりもさらに広大な空間。
真っ青な空と、真っ白なバルコニー。遠く霞んで見える建物は、学園だ。
「うわあ、すごい……」
視界の丁度真ん中で分かれたコントラストに、思わず声が出る。
「そんなに感嘆をくれると嬉しいね」
窓の外、すぐ横で待っていた殿下こそ、屈託無く笑っていた。
殿下は左手で私の手を取り、ゆっくりと歩き出す。
不意のエスコートに驚きつつ、ホストに従って付いていく。
白い空間のほぼ中央、丸いテーブルと二脚の椅子が見えた。
まず殿下が右の椅子を引いて、四指でその上を示す。
王女に椅子を引いていただくなんて恐れ多いけど、そのまま椅子に腰掛けた。
その後、殿下も対面に。
「急に呼び立ててすまなかったな」
「いえ、私も殿下とはもっと話したいと思っていましたから」
「ほう? ではまず君の用件から聞こうか」
「よろしいのですか? 殿下も殿下でお話があったのでは?」
「後回しで構わんよ。それで、なんなんだい?」
と、そこでギルネリット先生がお茶とお菓子を運んでくる。
「あの日から、色々気になっていたんですが……」
私はそう前置きして、
「もしかして、ドーズ先生と殿下って、その、恋仲、だったりします……?」
意を決して、そう問うた。
「……あん?」
目を丸くするリーゼァンナ殿下。
動きを止めて私を見るギルネリット先生。
「いえ、お二人の言葉の端々から、なんとなくこう、そんな匂いがしたと言いますか。仰りたくないなら結構なんですが」
「ありえんよ」
殿下が喰い気味に否定してきた。
ギルネリット先生も苦笑いで給仕を続ける。
「身分の差を置いておいても、単純に一緒に居て楽しくない」
耐えかねたように、ギルネリット先生が吹き出した。
「なあ、ギル」
「え!? 私に振らないでくださいよ……」
「つまり否定はできない、と」
「もう。戻ったらドーズさんにどんな顔すれば良いんですか……」
楽しそうに笑う殿下。
眉を寄せつつも、次第に笑顔になってくるギルネリット先生。
――仲いいなあ。
ショコラから聞いていたのと、ちょっと印象が違う。でも、これが平時の二人の関係なんだろう。
「しかし意外だな、君がそんなゴシップみたいな質問してくるとは」
殿下が私に視線を戻した。
「そうなんですけど、でも一度思い付いたら気になっちゃいまして。もしそうだったら素敵だな、って」
身分差や主従の恋愛は鉄板なのである。
「君こそドーズに恋慕の情があるから、他に女が居ないか気になるんじゃないか?」
「シウラディアにも言われましたけど……。そういう目では見れないです。
お父様とか、実家の私兵団の隊長とか……そういう方々と感覚は近いです。そこまで歳は離れてないですけど、ドーズ先生、老成してるし」
「なんか可哀想になってきたな、ドーズさん……」
ギルネリット先生が呟くも、顔はちょっと笑っていた。
「ギル、戻ったらドーズに今の話してやれ」
「やめておきますよ。強がらせちゃうかもしれませんし」
そう言って、お茶とお菓子を準備し終えたギルネリット先生は、一礼して去っていった。




