13歳-18-
リーゼァンナ王女殿下との話し合いの後。
殿下の死因についても話したかったけど、流石にちょっと疲れが出始めたため、続きはまた後日ということで別れた。
寮に帰るや否や、気を失うようにベッドで眠り……
翌朝。
目が覚めると、体が動かなくなっていた。
びっくりだったけど、まあ一時的とはいえ魔力神経負荷が1500%を超えていた。昨日は良く体が保ってくれた方だ。
仕方なく今日は学園を休むことに。
訪問診察に来てくれた保健の先生いわく、「一日二日程度安静にしていれば、良くなるだろう」とのこと。
杖剣のお陰で、パルアスと戦った時ほど寝込まずに済みそうだ。
そんな月曜日の昼過ぎ。
学園が終わって直行してきたんだろう、という時間でシウラディアがお見舞いにやってきた。
「ルナリア……大丈夫?」
心配を通り越して、青ざめた顔だった。私より体調が悪いと言われても納得できそう。
「うん、首から上は元気なんだけどね。腕と足に全然力が入らなくて」
「そうなんだ……。なにか、して欲しいことある?」
「して欲しいこと? ……それじゃあ、お願いしちゃおうかな」
「もちろん!」
今、エルザは貸しキッチンでお菓子の用意。
ショコラは奥の更衣室。ボロボロになったキャミソールやキュロットの代わりを出すついでに、整理と片付けをしてもらっている。
なので、ショコラが戻って来たらお願いしようと思ってたこと……
「体を起こしてくれる? 寝たまま話すのも、なんか変な感じだしね」
「分かった。じゃあ、背中触るね」
シウラディアが私の背中に両手を回す。寝たまま抱きしめられるような形。
そのまま上体を持ち上げてもらう。
「……軽いね、ルナリアの体」
「まあ、身長も体重も平均以下だから」
「こんな、私より小さくて細い体なのに。本気のドーズ先生と、あんなになるまで……」
「ふふん、すごいでしょ。魔法剣に関しては天才過ぎて本当自分でも……」
しれっと敬語じゃなくなってることにかこつけて軽口を叩いてたら、抱き寄せられた。
大きい二つのふくらみが、私の胸板に押しつぶされて形を変える感触。
「ぅ、うぅ……」
小さなうめき声が耳に入ってきた。
どうやら泣いているみたい。
私はこの子を泣かせてばっかりだ。
「もう、泣き虫さんね」
背中をさすってあげたいけれど、あいにく私の腕はぷるぷると震えるだけ。
「だって……私、迷惑ばっかりかけて……」
「別にシウラディアのせいじゃないでしょ。一日二日で回復するし、大した目にも遭ってないよ」
「でも、でもぉ……」
「もしかして、まだ私の悪口言ったこと気にしてるの? そんな昔のこと、いつまでも気にしないでよ」
「ついこの前のことだもん……」
シウラディアはさらに力を強めて、私を抱きしめる。
それからシウラディアが落ち着くまで、されるがまま柔らかい感触を楽しむことにした。
†
五分ほど経っただろうか。
泣き止んだシウラディアの手で、ヘッドボードに寄りかからせてもらう。
「ありがとう」
「これくらい全然。私の方が、ずっとずっと、ありがとうだよ」
目を赤く腫らして、シウラディアは微笑んだ。
――うーん、生真面目なのは良いところでもあるんだけど……
思い詰めすぎるのが良くないところだ。
なんとか改善してあげたいな。
「……ねえ、ルナリア」
私の両肩を持ったまま、シウラディアが真っ直ぐに私を見る。
「私、ルナリアが好き。大好き」
急に言われて驚いたのも一瞬。
「ありがとう! 私も大好き!」
嬉しくて、考えるよりも先にそう言い返していた。
「……多分、私の好きとルナの好きは違う意味だと思うけどね」
シウラディアは少しだけ困ったように笑う。
「違う意味?」
「……こうしたら、分かる?」
私が聞き返すと、シウラディアの頬が少しだけ上気して。
ゆっくりと顔が、唇が、近づいくる。
「?」
――また抱き寄せようとしてるのかな?
だとしても少し横にずれないと、顔がぶつかっちゃうよ?
ほとんどキスするくらい、シウラディアの顔が近付……
コンコン――
「ぴっ!?」
ノックの音で飛び上がるようにシウラディアは離れていった。
「開いてますからどうぞー」
と私はドアの方に向かって言う。
シウラディアは少し慌てた様子で、ベッドの横にある椅子に移動していく。
――結局、シウラディアの『好き』の意味は分からずじまいだった。
ドアが開いてロマが部屋に入ってくる。
「邪魔するぞい」
寝室まで来て、まず私の方を見、次にシウラディアを見る。
「先客か。初めまして、ワシはロマ・ラダゴリカ。色々あってこんな見た目じゃが、三年生をやっておる」
「は、初めまして……、シウラディアと申します。お噂はかねがね……」
「そうか、お主がシウラディアか。昨日は災難じゃったな」
言いながらロマもベッドの横、シウラディアの隣に。
「ロマ、シウラディアに謝ることあるんじゃない?」
「謝ること?」
「昨日、私がシウラディアを助けに行くときにさ」
「ん? ……ああ、いや、あれは、その言葉の綾というか……」
バツが悪そうに視線を逸らすロマ。
「おおげさに言ったのは分かるけど、シウラディアに酷いこと言ったよね? こうして無事に知り合えたんだから、一応謝っておくべきだと思うな」
「まあ……そう、じゃな。無かったことにして仲良しこよし、というのも確かに気分が悪い」
ロマがシウラディアに体ごと向き直る。
「済まぬ。昨日、お主を助けに行こうとするルナを、ワシは止めようとした。……シウラディアなんて女、ワシの知ったことではない、と。ルナの方が大切だから、万が一もあって欲しくない、とな」
すると、バッ、と跳ねるようにシウラディアが姿勢を正し、自分の胸元に手を当てた。
「そんな、謝られるようなことじゃないです。私も、仰る通りだと思います。……見捨てていれば、半身不随にもならなかったし、危険な目にも遭わなかったんですから」
その言葉にロマが僅かに眉根を寄せる。
「……まあ、こんな愛くるしい少女を危険にさらして、自分を恨みたくなる気持ちも分かる」
――まあ、今となってはロマの方が数十倍愛くるしいけど。
「じゃが、自分を責めるような言葉は使わんでくれ。見捨てられた方が良かったなど、二度と言わんで欲しい。
それが一番、ルナリアを悲しませるのじゃ。
ルナリアに助けられた先輩からの助言として受け取っておくれ」
「……ロマ先輩も、ルナリアに助けられたんですか?」
「まあな。その辺の話はメシの時間にでも交わすとしよう」
「……え? ご飯?」
「そろそろそんな時間じゃろ? もう帰る予定じゃったか?」
「え、いえ、そういうわけじゃありませんが……」
「なら詫び代わりに今夜はワシが奢ろう。その上で、気が向いたらワシとも友になってくれ」
「そ、そんな、もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします」
どうやら仲良くなれたようで何よりだ。
最初からこの二人が仲違いするとは思って無かったけど。
「しかし、何を食うたらこんな大きくなるんじゃ?」
いきなり胸を鷲づかみにするロマ。
「きゃんっ!?」
小さく悲鳴を上げるシウラディア。
「ちょっと、失礼でしょ! せめて触って良いか聞くとか……」
――いきなり仲違いしそうなことしでかしてきた。
シウラディアは自分の胸がちょっとコンプレックスなのに!
「別に、女同士なんじゃからええじゃろ。減るもんでもない」
「ごめんね、ロマはその、人間じゃない生物に育てられたから、礼儀とかなってなくて……」
「嫌じゃったか?」
「あ、いえ、びっくりはしましたけど、嫌とかではないです……」
「ルナリアの言うとおり、世情に疎くてな。嫌なら正直に嫌と言ってくれて良いからな」
「本当に大丈夫です。ただ次からは、一言声をかけてもらえると助かります」
「そうか、分かった。じゃあ触りたくなったらお願いさせてもらうな」
「は、はい……」
――ロマがちょっと羨ましい、って思ったのは内緒だ。
「膝の上に座っても良いかな?」
「え? 膝ですか?」
「ルナリアと居るときはいつも乗せて貰っておるのじゃ。今日は厳しそうじゃから、シウラディアの膝を貸してくれんか?」
「私ので良ければ……」
「では失礼」
シウラディアの膝の上に乗るロマ。
シウラディアは戸惑いながらも、されるがままになっていた。
ロマは新しい遊び相手ができて喜ぶ童女のように――というか、実際その通りなのだろう――楽しそうに振り向いてシウラディアを見上げる。
喜んでる犬の尻尾みたいに両足を交互に揺らしていた。
「ルナリアより柔らかいな。良き哉良き哉」
「あ、危ないですよ」
ぎゅっ、とロマのお腹を持って抱き寄せるシウラディア。
「背中が柔らかくて心地良い。同じ女なのに、不思議な感触じゃ」
「どうせ私は固いわよ」
「いやいや、同じ年の頃の自分と比べてもじゃよ」
と、そこで奥からショコラがゆっくり出てきた。
同時にシウラディアが何か声を上げたような気もしたけど、小さすぎてよく聞こえない。
「おかえりなさい。ずいぶん時間掛かったわね、なにかあった?」
「……ああ、いや、その、出るタイミングが……」
珍しく歯切れの悪いショコラだ。
「タイミング?」
と、ショコラはそこで私……の向こう側に居るシウラディアを見た。
その瞬間、シウラディアの顔が徐々に真っ赤に変わっていく。
「……こっちにも色々あんだよ」
ぶっきらぼうに頬を掻いて、ついっと視線を逸らした。
「ショ、ショコラさん、いらしたんですね……」
シウラディアが少し上擦った声で言った。
「え、ええ……、挨拶もできず、申し訳ありません……」
「こ、こちらこそ、色々すみません……」
私とロマは二人とも?を浮かべながら、ぎこちない二人の様子を眺めていた。




