13歳-16-
咆哮と裂帛。
同時に、ガンガルフォンとシミターがぶつかり合う。
エンチャントを軽く200以上吹き飛ばすその剛剣には、斬鉱断鉄が乗っている。
これで互いに六撃目。ここまで彼の攻撃は全て斬鉱断鉄によるものだ。
MPが多くはない彼が斬鉱断鉄を連発できているのは、MP自動回復の魔法陣がホール全体に敷かれているからだ。おそらくギルネリット先生が仕込んだんだろう。
私にも緑の回復光が見えて、こっちのMPも回復している。が、私のMP総量から考えると、無意味に等しい。
一方、魔力神経は戦いが続けば続くほど負荷が掛かり続ける。
けれど魔力神経が必要無いドーズ先生は、無限のMPで戦技撃ち放題だ。
つまりこの魔法陣は、私と戦うために用意されたものなんだろう。
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・魔力神経負荷 668%
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すでに視界は真っ赤っか。
それでもなんとかドーズ先生の動きに注視して、それを避ける。
――まるで、当てられる隙が見えない。
戦いは、ほぼ純粋な剣術勝負になっていた。
どちらも一撃必倒。余計な小細工は通用しないというのは、お互いの共通認識。
そうなると、俄然私の方が不利で。
ここまで本人の性能差があると、武器の性能差でゴリ押すのも通じない。
――当たり前だ。
今まで私が戦ったのは、狂化状態のパルアス、対人戦に慣れていないロマ、魂状態のまま一方的に有利だったバアルと……、そんな相手ばかり。
本当の意味での格上と戦うのは、これが初めてだったのだ。
(これは、勝てないんじゃ……)
諦めが心に侵食してくる。
慌てて思考を切り替えて。
(ダメ! 気持ちで負けるな!)
――シウラディアを、助けるんだ。
前生の償いをしなくちゃいけない。
あの子は今度こそ、本当にガウスト殿下と結婚して、可愛い子供をたくさん産んで……幸せになってもらうんだから。
あの子には、その資格と権利がある。
それを、奪わせてはいけない。
……奪わせては、いけないのに……
振りかぶるドーズ先生の姿が、何倍も大きく見える。
どうしようもなく受け止めたシミターが、再びエンチャントを剥ぎ取っていった。
すぐにエンチャントをかけ直す。
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・魔力神経負荷 749%
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――まだだ。
まだ、戦える。
私は、まだ……
「諦めろ」
久しぶりに聞こえた、ドーズ先生の声。
それで、耳がまだ機能していたことに気が付く。
「口から血が垂れている。恐らく魔力神経から内臓にダメージが行ってるのだろう。
腕もさっきから肩より上がっていないし、足取りもたどたどしい。
……君は、もう勝てん。もう苦しむな。潔く、ここで俺に殺されろ」
言われて、私は口の端を指で拭う。
付いた液体の色は判別できなかったけれど、私はそれを強く握りつぶした。
「……死んでも、諦めてなんて、あげません」
パルアス戦を思い出す。
『まだ体もできてない子供だから』『相手は歴戦の大人だから』『女だから』『魔法剣だから』……
そんな言い訳は全部、あの日の菜の花畑に捨ててきた。
今ここでシウラディアを助けられない自分を、私は決して許さない。
「私、ワガママなので。全部ぜんぶ、欲しいんですよ」
前生で得られなかった、友情が、信頼が、愛が、幸せが……
何一つとして、諦められない。諦めたくない。
ならば、震えてる場合ではない。
負けを怖がってる場合ではない。
私は何度目か分からない、ガンガルフォンを持ち上げる。
「……馬鹿野郎が」
――女に向かって野郎って言う方が、馬鹿な野郎でしょ。
そう言ったつもりだったけど、ちゃんと言えたかは分からない。少なくとも、耳には聞こえてこなかった。
†
――それから、どれほどの時間が経っただろうか。
何時間も経った気がするし、まだ10分くらいな気もする。
ドーズ先生の剣を受け止めたのも何度か分からない。
魔力神経負荷は、1500%を超えたところで見るのをやめた。
目は見えてるのか居ないのか、自分でも良く分からない。
なのになぜか、ドーズ先生の動きは把握できている。まだ一撃も直撃は食らっていないはず。……多分。
――もしかしたら、実はとっくに死んでいて、夢を見てるだけなんじゃ?
なんて、思わないでもないけれど。
そうではないと信じて、戦い続ける以外にないのだ。
「……なぜだ。なぜ、そこまで君は……」
珍しく、ドーズ先生の戸惑ったような声。
視界はぼやけ、意識は朦朧、剣をちゃんと掴めているかも正直良く分からない。
それでもひたすらに、ガンガルフォンを振る。
魔力と戦技がぶつかる音。
ドーズ先生の息づかい、足音、衣擦れ、視線、殺気……
それらを頼りに、私は何度でも、エンチャントを繰り返す。アナライズを見てる余裕がなくなってからは、もうずっとエンチャントを発動し続けている。
とにかく、真っ直ぐ、最短距離で、彼を斬りに行く。
「……狼の主は、神人だったか」
受け止めたドーズ先生が、弾かれて少し距離を離した。……気がした。
「ルナリア!!!」
そこで突然、透き通るような声がホールに響く。
声の主は二階から駆け下りてきたらしき、シウラディア。
なにかを振りかぶって、こちらに投げてくる。
左手で受け取ると、私がプレゼントした杖剣だった。
「そんな悪者に負けるな! ルナリア!」
その言い回しに、こんな時なのにちょっと笑っちゃう。
シウラディアの後ろから、ギルネリット先生とショコラも姿を見せた。
――そっか。ショコラ、ギルネリット先生を説得してくれたんだ。
大金星よ。
帰ったら、うんと褒めて、撫でてあげなきゃ。
状態異常すらねじ伏せる私の杖剣が、一気に魔力神経を回復させていく。
ドーズ先生は一瞬ギルネリット先生を睨み付けた後、
「……魔力神経を少し回復したところで、どうなるというんだ?」
シミターを構えて私に向き直る。
「全然違いますよ。……これで、まだ戦える」
「君に邪魔な物が増え、苦しむ時間が延びるだけだ」
「そうですかね? 今、結構楽しいですけど」
「本気で言ってるなら、戦闘狂の素質がありそうだな」
「戦闘狂でも何でも良いです。望みが、叶うなら」
……視界がクリアになって、気付く。
ドーズ先生の服の端々が、切れていることに。
――私の攻撃は、届いていたんだ。
一方、私も制服はボロボロ。スカートもズタズタに裂けて、キュロットが見えてる。
ほとんど肩に引っかかってただけのブレザーを、左の親指で引っかけるように脱ぎ捨てた。
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・魔力神経負荷 372%
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――おお、やるじゃん私の補助エンチャント。
「……敬意を表す、ルナリア」
ドーズ先生が両手でシミターを握り込む。
「まさか、こんな小さな娘に身震いさせられる日が来ると思わなかった」
「勝手に敬意覚えてください。私は生まれてこの方、こういう人間です」
ドーズ先生は一瞬、口の端だけで小さく笑い。
ゆっくりと姿勢を低くする。
「せめて痛みなく、逝かせてやる」
直後、その体躯に見合わない素早さで駆けてきた。
――今の会話で、勝機が見えてきた。
『全然違う』がハッタリではない……真実に成ったのだ。
だから次が、好機。
(一度限りの、不意打ち……!)
右のガンガルフォン一本で受け止める。
一瞬の刃競り合いの後、ガンガルフォンとシミターが反発し合って弾かれた。
衝撃波にスカートが切れ、キュロットに穴が空き、ブラウスが裂けてボタンが飛んでいく。
弾かれたガンガルフォンに持って行かれそうな体勢を、補助魔法で無理矢理踏ん張って、左足を前に出した。
もう、ガンガルフォンにエンチャントをかけ直さない。
杖剣の鞘部分を口に。
咥えて、左手をひねる。カチン、とロックの外れる音。
鞘を吹き捨てながら、一気に杖剣を抜剣した。
「なに……っ!?」
ドーズ先生の呼気のような驚愕。
元々の補助エンチャントは破棄、上掛けで雷属性のエンチャント!
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・右手装備 ガンガルフォン+82
・左手装備 アンドレの杖剣+291(雷)
・物理攻撃力 29207(最大・左手)
・物理防御力 114
・魔法攻撃力 30374(最大・左手)
・魔法防御力 246
・魔力神経負荷 459%
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――先生、これを『邪魔な物』って言いましたね。
思い返せば、ショコラとエルザ以外にこれを『杖剣』と呼んだ人は居ない。
シウラディアに説明はしたけど、彼女はあの日激痛の上に寝不足と栄養不足。『杖剣』という名称すら覚えてなかったかもしれない。
シウラディアがそんなだから、ドーズ先生達も聞き出せるわけなかったんだ――!
気合い一声。
シミターを弾かれた直後の、僅かに体勢を崩したドーズ先生。その体の中心目掛けて、先端を突き出す。
「くっ!」
ドーズ先生がシミターを翻した。
が、間一髪、細身の杖剣はシミター掻い潜って彼に到達する。
闘神気と私の魔法がぶつかって、青と山吹色の火花が視界を塞いだ。
さらにもう一歩!
踏み込む。全身全霊を込めて。
「……やはり、君と戦うべきではなかったな」
パリン、と突き破る感触。
彼の胸の中心に、杖剣が突き刺さった。
気付けば、ドーズ先生が離れたところで大の字に倒れていた。吹き飛んだ後に床を滑った跡が見える。
ぐったりして、動き出す様子はない。
「ルナリア!」
不意に横からの衝撃。次いで、柔らかい二つの感触。
シウラディアが抱き付いてきていた。
「すごい、本当に勝っちゃうなんて!」
「シウラディア、危ないって……」
なにせ両手の剣にエンチャントしたままだ。急いでエンチャントを解除する。
「大丈夫? 攫われた後、なにか変なことされなかった?」
「ここに運んで話をした後、昏睡魔法で眠っててもらっただけですよ。それも先ほど解除しました」
返事はギルネリット先生から返ってきた。
「……お二人とも、本当に申し訳ありません。私がもっと早く、決断できていれば……」
「先生……」
コツッ、コツッ……
と、そこで足音が聞こえた。
階段を、ヒールの高い靴が踏みしめる音。
全員が大階段を見る。
艶やかなプラチナブロンドに、深蒼の瞳。
身分に似合わぬ質素な黒いロングコートと、下に薄手のワンピースドレスを着たその人は……
間違いなく、リーゼァンナ王女殿下本人だった。




