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13歳-14-

~~【幕間】シウラディア~~



 シウラディアが目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。

 

(ここは……?)

 ぼんやりとする思考の中、徐々に思い出していく。

 

 ――ルナリアと二人で、私の事を先生達と話し合う、ということになって。

 ――でも待ち合わせ場所には、ギルネリット先生はいなくて。

 

「……それで、ドーズ先生に手招きされて……」

 

 そこまで思い出したけど……どうして今こんな場所に居るかは、まだ理解が追いつかなかった。

 

 と、そこでノックも無しにドアが開く。

 入ってきたのは、黒い装束を頭からすっぽりと着た女性。

 ……憶像晶を見せ、スプリットムーンを渡してきた、あの女性だ。

 

 が、あの時と違い、後ろから続けてもう一人入ってくる。

 黒い女より少し背が高い女性。

 

 ――トレードマークの魔女服では無く、侍女服に身を包んだギルネリットだった。

 

「……どうして」

 シウラディアの吐息のような疑問。

 けれどギルネリットはシウラディアと目を合わせず、答えない。

 

 対照的に黒い女はどこか尊大に、ベッドの横の椅子に座って足を組む。

「やあシウラディア。……未来の聖女様」

 

 その声で治療院に来た黒い女だとシウラディアが確信すると同時に、女はフードを外した。

 

 年齢は18~19歳くらい。プラチナブロンドの髪は無造作で、目にかかる程度の長さ。

 透き通るような蒼い瞳に、シウラディアが映る。

 

「安心なさい。君の不調は今後、ありとあらゆる魔道具で治療しきってみせる。

 君は聖女になって、全ての国民を救う英雄になるんだ。あんな粗末な杖など無くても」

 女は立てかけてある杖剣を横目で見た。

 

 そこでシウラディアはスカートのポケットに手を伸ばす。が、そこに入れていた感触は返ってこない。

 

「スプリットムーンは返してもらったよ。君が持っていても危険は少ないだろうが、一応ね」

 黒い女は言って、懐から短剣を取りシウラディアに見せつけた。

 

 そこで段々と、事実に気付き始める。

 ――私を守る、と言ってくれたのに、今近くに居ないルナリア。

 ――招き寄せたドーズ先生。

 ――黒い女と、その従者のように付き従うギルネリット先生。

 

「そんな……」

 信じられない物を見るように、ギルネリットに視線を向けるシウラディア。

 

 その視線を受けると、まるで火傷でもしてしまうかのように目を逸らすギルネリット。

 

「シウラディア。聖女の道を捨ててまで、ルナリアに付いたのはなぜだ? 今後の参考までに聞かせてくれ」

 冷たい視線はシウラディアの心情など鑑みず、ただ自分の関心を満たす質問を投げかける。

 

「……なぜもなにも、そんな上手い話、急に言われて信じる方が無理よ」

「治療院で話したときは、それなりに乗り気だったように見えたが?」

  

 痛いところを突かれてシウラディアの表情が僅かに歪む。

 

 ――そうだ。私は、本気でルナリアを殺そうと思った。

 ……けれど、でも。

 

「……貴女の言うとおり、私は自分のことしか考えてなかった。

 酷い言葉を言って、背中を向けるタイミングを見計らってたのに……

 でもルナリアは、そんな私を許して、抱きしめて、笑いかけてくれたの」

 

 ――ルナリアに会いたい。

 無性に、そんな感情がシウラディアの胸中に込み上げてきた。

 

「ふむ……。要するに、見知らぬ女の話より、知った貴族のハグと笑顔の方が良かったということか。平民は貴族を嫌悪しているという情報を得ていたんだが、うまくいかないな」

 興味深そうに、無遠慮にシウラディアを睥睨する黒い女。

 

「……ルナリアは、普通の貴族とは違う」

 シウラディアは、湧き出る感情の赴くまま言い募る。

「私の友達は、他人の用意した立場なんかに固執しない、凄い人なの」

 

「ご高説ありがとう。ルナリアの心酔させる才能は飛び抜けていると良く分かったよ。……まさかあの子にそんな才能があったとは」

 

「私が嫌いなのは、『平民』のレッテルだけで下に見てきたり……

 貴女みたいに利用することしか考えてない、そういうザコ貴族だけよ」

 

 その言葉に、黒い女は一瞬きょとんと目を丸くして。

 大きな声を出して、笑い出した。

 段々大きくなり、最後は腹を抱え出す。

 

 そんな女に、今度はシウラディアが驚く。

 

 ……しばらくの間、部屋には女の笑い声だけが響き続けた。

 




「……はあ……、いやぁ、久しぶりに、こんなに笑わせてもらった。確かに、その理屈だと私の方がザコだろうな」

 涙まで流した女は、目元を拭いながら再びシウラディアを見る。

 

 そしてその目をキリッと引き戻し、女は再び顎を上げてシウラディアを見下した。

 

「だが、ザコはザコなりの矜恃もあれば、理由もある。こうなれば隠す必要も無いだろう。

 どんな手段を使ってでも、君には聖女になって貰う。殺人だろうが、脅迫だろうが……君の家族を人質取ろうとだ」

 

 女は強い口調で、内面の決意とエゴを表出させる。

 

 シウラディアは泣きそうになって、唇を引き結んだ。

 何も言えず、ただ黙って女を睨み付ける。

 

 女はシウラディアから視線を切り、隣で立ったままのギルネリットを見上げた。

 

「ギル、この子の世話は任せる。未来の聖女様だ。丁重にな」

「……はい」

 ギルネリットは女を見ず、小声の返事。

 

 そんなギルネリットに女は立ち上がって、その顎に手を添えた。

 一気に顔を近づける。あとほんの少し近寄れば、キスしてしまいそうなほどに。

 

「まだ迷っているのかい?」

「い、いえ……。先ほど申したとおりです。私は、ひ……貴女に拾っていただいた、捨て猫ですから」

「……そうか。信じてるよ、私の可愛い飼い猫」

 

 女はギルネリットを離して、そのまま部屋を出た。

 

 そこでギルネリットは初めて、まともにシウラディアと目を合わせた。

「……今、昼食を用意してもらっています。もう一時を過ぎてるし、お腹すいてるでしょう? 後で運んできますね」

 どこか虚ろな目でそう言い残し、ギルネリットもドアを出て行った。

 

 一人きりになるシウラディア。


 ――監視がないのは一見不用心だけれど、おそらく結界魔法が二重三重に張られているのだろう。

 

 シウラディアは杖剣に手を伸ばして、それを強く握りしめた。



~~【幕間】シウラディア 終~~



   †



 目を覚ますと、寮の自室の天井が視界一面に広がっていた。

 

「ルナリア様! 良かった……」

 真っ先に声をかけてきたのは、エルザだった。

 

 勢い良く抱きしめられ、少しだけ苦しい。けどとても柔らかくて暖かい。

 

 ――私、なんで……

 考えて、すぐに思い出す。

 ドーズ先生の殺意と、手も足も出なかったこと。

 

「お体はいかがですか?」

 心配そうに私を覗き込むエルザ。

 

「……今、何時?」

「午後の2時を回ったところです」

「シウラディアは?」

 

「所在は知れぬ。ドーズ・ブラッダメンに攫われたと見るべきじゃろう」

 応えたのは、エルザの後ろに居たロマだった。

 

「……悪い。シウラディアを回収できる気も、二人抱えたまま逃げられる気もしなかった」

 と、エルザの横に居たショコラが申し訳なさそうな顔で言う。

 

 ――そっか。ショコラが私を運んでくれたんだ。

 

「そう気負うな。あの男からルナリアだけでも生かして逃れられるのはお主くらいよ」

 私に代わってショコラを労うロマ。

 それは同意だし、ショコラは助けてくれたこと、ロマはショコラをフォローしてくれたこと、それぞれ感謝しかない。

 

 けど、とにかく時間が無い。

 あとで嫌って言うくらい二人とも撫でたり全身で感謝を伝えるとして、今はエルザを押しのけベッドを降りた。

 

 クローゼットを開けて、新しい制服に手を伸ばす。私の身近にある防具では、間違いなくこれが一番だから。

 ボロボロになった制服はエルザが脱がせてくれたらしく、キャミソールとキュロットの上にそのまま制服を着る。

 

「ルナリア様、なにを……」

「シウラディアを助けに行く」

 エルザに応えながら一人で着替えて、立てかけてあるガンガルフォンに手を伸ばす。

 

「待て」

 ロマが私の前に出てきた。……丁度、ドアとの間に立ちはだかるかのように。

()(たび)の件、学園の責任者と話したら面白い情報が出てきよった。ドーズ・ブラッダメンとギルネリット・ネイヤーに関してじゃ」

 

 胸の前で鞘のベルトをロックしながら、ロマの話に耳を傾ける。

 

「二人とも、元はリーゼァンナ王女の付き人だそうじゃ。王女自ら登用し、学園に送り込んできた、と」

「……王女?」

 

 意外すぎて、流石に一瞬動きが止まっちゃった。

 

 ――この前の参謁を思い出す。

 私が剣を握った理由を問いただす、涼やかに射貫くような蒼い瞳を。

 

「……シウラディアに会いに来た黒い女って、まさか……」

 王女殿下……?

 

「その可能性は高かろう。王女にとって、ワシのような聖女は邪魔になったのかもしれん。

 ……お主まで消そうとしてるのは()(てん)いかぬが」

 

 ――いや、合点はいく。

 私は今生でロマを生かし、シウラディアから聖女の座を奪った張本人だ。

 

 黒い女は前生の事を知っていた。

 私とロマを消してシウラディアを聖女に据えるのは、『正しい歴史』に戻そうとしているに過ぎない。

 

 ――本当に王女殿下なら、その『正しい歴史』の先にシウラディアが死ぬと分かっているはずなのに。

 

「故に、これ以上は王女と敵対することになる。

 家や臣下のためにも、一旦引き下がれ。かくいうワシも聖教会から厳格に『動くな』と釘を刺されたわ」

「引き下がってる間に取り返しの付かないところに行っちゃうかもしれない。だったら私は……王でも王女でも、叩き斬る」

 

 ――こんなことわざわざ口で言わなくたって、ロマだったら理解してくれてるだろうに。

 

「ただ、ロマが動かない方が良いのは私も賛成。下手すると聖教会と王宮の内戦に繋がりかねない」

 次に、私はエルザとショコラに目を向ける。

「私は、トルスギット家が王宮に目を付けられようが、シウラディアの救出を優先する。

 だから二人とも……

 もし私が失敗したら、諦めて私と一緒に死んで」

 

「聞かれるまでもねえ。当たり前だ」

 ショコラは即答して、ブラウスのボタンに手をかけた。

 

 エルザは一度、小さく息を吐いて、

「無論です。ルナリア様の逝くときが、私の寿命。死ぬまでお供いたします」

 なんて、いつもの無表情で言いのける。

 

「ありがとう。二人とも大好き」

 

「今度こそ俺も行く。もう留守番はごめんだからな」

 ショコラがメイド服を乱暴に脱ぎ捨てて、ツーピース姿になった。

 

「もちろんよ。手伝って」

「……二年越しだ。やっと、アンタと共に戦える」

 

「エルザ、留守はお願いね」

「行ってらっしゃいませルナリア様、ショコラ。どうかご無事で」

  

 そしてふたたびロマに向き合う。

「そういうわけだから、そこを通して、ロマ」

 物理的にはちょっと迂回すれば良いだけだけど、それだけの意味じゃなく。

 

「……羨ましい限りじゃ。昔なら、ワシもお主と同じ選択をできただろうに」

 なんて、ロマは泣き笑いのように呟いた。

 

「内戦にならないようにする方が正解よ。それにロマ、対人戦そんなに強くないし」

「言うではないか。これでもお主以外は負け知らずじゃぞ」

「今回は相手が相手だし。私の200エンチャくらいで負けちゃうなら、勝負にならないよ」

「200エンチャくらいなら、って、お主……」

 

 微笑して見せる。

 ロマはそのあどけない顔を苦悶に歪ませた。

 

「……嫌じゃ。行くな。ワシからすれば、シウラディアとかいう女、どうでもいい。お主が死に行くなど、見過ごせん。

 このまま聖教会に任せてくれんか。王宮や王女と、なんとか交渉してみせるから……」

 

 ポン、とその頭に手を乗せた。

 

「本気ならどうでもいいなんて言わず、聞こえの良い言葉を選べば良いのに。……わざと悪役になってくれて、ありがとうね」

 

 ロマは歯を軋ませて俯く。

 

「……ここで踏み出せるお主だから、ワシは気に入ったのだ」

「私も、部下や聖教会、それにみんなのために踏みとどまれるロマだから、大好きなんだよ」

 

 ロマが勢い良く顔を上げる。

 ……その目は、涙が溢れそうになっていた。

 

「お主に風呂に入れてもらえず、寝かしつけられることもない人生なんぞ、続ける価値もない。

 万が一があれば、もう踏みとどまれんぞ!

 その時は王女ごと殲滅戦じゃ! そうなればお主の家族も妹も友人も、全員戦争に巻き込まれる!

 ……じゃから、頼む。お願いじゃ。

 生きて、帰ってきてくれ……」

 

 最後に私にすがりつくように服を掴むロマ。

 膝を付いて、ロマをそっと抱きしめた。

 

「当たり前よ。ロマにそんなことさせるために、あの時助けたんじゃない。

 ……帰ってきたら、シウラディアをちゃんと紹介するわ。良い子だから、もう二度と『どうでもいい』なんて言えなくなるんだから」

「……楽しみにしておるよ」

 

 涙声でそう言うと、ロマは静かに嗚咽を上げ始める。

「う、くっ……、情けない、肝心なときに、恩人の役に立てないなんて……」

 

 それでも私を信じて理性で踏みとどまる彼女を、心底尊敬する。

 ……未練を断ち切るような気持ちで、ロマをヒルケさんに預けた。

 

 立ち上がって、ショコラを見る。

 

「……まずは学園に行ってみましょう。先生が住んでるところ教えてもらえるかもしれない」

「分かった」

 

 そのまま部屋を出ようとする。

 と、

 

「ルナリア様」

 今度はヒルケさんに呼び止められた。

「こちら、王女の屋敷への地図です」

 

 ヒルケさんは左手でロマを抱えつつ、右手で二つ折りの紙を渡してくる。

 

「王女……リーゼァンナは、学園在学中からそこに住まわれていたそうです。卒業後も城に戻らず、そこを拠点にしているようです」

 

 紙を開くと、確かに地図だった。

 聖教区の外れ、区境の近くに赤いバツ印が記されている。

 

「聖教会への牽制と監視のため、などと推測されておる……」

 スン、と鼻を鳴らしながら、ロマが補足してくれた。

 

「ありがとう。助かる」

 ――こんなものを用意していたなんて。

 なんだかんだ私に協力してくれるロマが、やっぱり良い子すぎる。

 

「今夜は馳走を用意して待っておる。必ず帰って来い」

「ご馳走も嬉しいけど、今日はハンバーガーの気分なのよね」

「ふっ、欲のないヤツじゃ。……分かった、しこたま買い込んでおくから」

「あはは、それじゃますます、元気で帰ってこないとね」

 

 そう笑いながら、私はショコラと共に部屋を出る。

 

(ごめんね、ロマ)

 心の中で、一度謝って。

 それで終わり。

 謝りすぎるのも、送り出してくれたロマに失礼だ。

 

(待っててね、シウラディア) 

 なんとしてでも、助けてみせる。

 貴女は今生で、長生きして幸せにならなければならない子なんだから。

 

 ――今こそ、前生の短い生涯を不幸なものにしてしまった、せめてもの償いを。

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