13歳-13-
翌日、日曜日。お昼前。
シウラディアを通じて、ギルネリット先生から鑑定の話をしたい、と連絡があった。
なるべく人気の少ない場所ということで、私とシウラディアは学園の裏山へ。
そこにはすでにドーズ先生が待っていた。ギルネリット先生の姿は見えない。
「お待たせしました。ギルネリット先生はいらっしゃらないんですか?」
「あいつは別件があってな。……シウラディア、久しいな。体調はどうだ」
「その節はご迷惑をおかけしました。今はもう元気です」
「その杖が、ルナリアの用意した魔道具か」
「はい。これのおかげで、なんとか回復できました」
「大切にして、手放すなよ」
相変わらず淡々と、真っ直ぐな言葉で説くドーズ先生。
「それより、先生には大変失礼なことを言ってしまい、申し訳……」
「こんな仕事してれば子供のヒステリーには慣れてる。気にするな」
――真っ直ぐすぎて、シウラディアびっくりしちゃってるけど。
「もうルナリアが教えているだろうが、今回を機に周りを頼ることを覚えれば良い。
そしてゆくゆく、本当に一人でも親や他者を、守れるような人間になりなさい」
「……ありがとう、ございます。先生」
ドーズ先生の言葉に、シウラディアはゆっくりと、深々と頭を下げた。
「では話を進めよう。ルナリアが持ってるのがアナライズ結果か?」
「はい。紙に書き起こしてきました」
二つ折りの紙をドーズ先生に渡す。シウラディアをアナライズで見た時の情報が書いてある。
概要文も全てそのままに。
ちなみにシウラディア本人には昨日、この紙を見せて全部説明してある。
ドーズ先生が紙を開き、中を読み始めた。
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【シウラディア】
・HP 89/89
・MP 291/28993【状態異常:漏洩】
・持久 46
・膂力 22
・技術 39
・魔技 122(有効分)/4988(無効分)
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 中央学園制服
・装飾1 なし
・装飾2 なし
・物理攻撃力 29
・物理防御力 248
・魔法攻撃力 139
・魔法防御力 266
・魔力神経強度 弱【状態異常:微損傷】
・魔力神経負荷 --%(激しく明滅している)【状態異常:暴走】
■概要
人間。出生時に悪魔の影響を強く受けた個体。
魔法関係全般の機能に異常を来たしている。
MPの漏洩の解消と、無効分の魔技を有効化できれば、人智を超えた魔法が放てると見込まれる。
だが彼女が本来の才覚を発揮したなら、議論の余地無く死に至るだろう。
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しばらくの間、先生は無言でそれを眺めていた。
「……死に至る、か……」
ドーズ先生が顎をさする。どうやら最後まで読み終えたようだ。
「あのままドンドン高度な魔法を覚えていったら、いずれそうなったと思いますが……
でもあれを持っていれば、一般的な魔法なら問題なく使えると思います。とはいえ、今後も魔女を目指すかは、ギルネリット先生とも相談した方が良いと思いますが」
「……そうだな」
ドーズ先生が顔を上げて私とシウラディアを交互に見る。
「黒い女がシウラディアを口封じに来るのか、まだ聖女にしようとするかは分かりません。が、聖女の魔法なんて使ったら、どっちにしてもシウラディアは……」
それから先は、口にするのも憚られた。
「シウラディア。少し良いか」
ドーズ先生がシウラディアを手招きする。
「? はい」
と彼に近づくシウラディア。
――なんだろう。
ギルネリット先生ならともかく、ドーズ先生がシウラディアと二人で話す用件なんて……?
そう不思議に思った、次の瞬間。
ドーズ先生の手刀が、綺麗にシウラディアの延髄を叩いた。
シウラディアは意識を失って、倒れるところをドーズ先生に受け止められる。
ゆっくりとドーズ先生はシウラディアを地面に横たえた。
そして立ち上がり、胸元に手を入れてもまだ、何が起きたのか分からず……
……ピーカブーのアミュレットを二つ外したところでやっと、理解した。
――彼は、敵だ――
と。
「そういうことだ」
相変わらずの無表情は、いつもどおりどこか抜けた口調で、アミュレットをポケットにしまう。
「シウラディアは聖女になって、家族はおろか一族郎党、末代まで丁重に保護されるだろう。間違いなく、シウラディアが守るんだ」
言って、自然な動作で抜剣した。
それは恐ろしく滑らかで、きっと呼吸の次にこなし続けてきた動作に違いない。
「ルナリア。不運だが野良犬に噛まれたと思って、ここで死んでくれ」
瞬間、背筋が粟立つ。
彼の本物の殺意が、私の体を射竦めた。
急に喉が渇いて、全身が小さく痙攣をはじめ、無性に背中を向けて逃げ出したくなる。
――この、感情は……
『恐怖』
盗賊やパルアスに出遭ったときよりも、さらに根源的で。
確実な死を目の前にした時の、本能的なそれだった。
「そのままじっとしてくれると助かる。なにせ、次の聖女殺しは骨が折れそうだ」
――ロマを、殺す……? ドーズ先生が?
ロマの顔を思い、私は少しだけ言葉を思い出すことができて。
「なんで……、なんで、こんなこと……!」
「さあな」
「さあな!? 知らないのに、こんなことの片棒担いでるんですか?」
「飼い犬が主人に尻尾を振るのに理由など必要無いだろう」
瞬きした瞬間、ドーズ先生の姿が消えた。
咄嗟に護法剣を生成して、右からの一閃を防ぐ。
――ロマの事が無かったら、今頃真っ二つにされていたかもしれない。
「相変わらず見事な魔法だな、天才生意気娘」
褒められたって、嬉しくもない。
黒い女の、手先に。
――完全に油断していた。
信頼していたし、信用もしていた。
だから、ガンガルフォンなんて持ってきていない。
軽くて風通しの良い背中が、あまりに心許なくて、寂しかった。
護法剣を弾きながら、ドーズ先生が一度離れる。
その隙に、多重・大魔力剣を生成。
全く同じ座標に複数の大魔力剣を生成し、威力と強度を増したものだ。
護法剣もそのまま、周囲に浮遊させる。
「……厄介だな」
ドーズ先生が強く息を吐いた。
瞬間、全身から金色の光を纏い始めた。
アナライズ!
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【ドーズ・ブラッダメン】(闘神気)
・HP 13497/13497
・MP 915/1015
・持久 1251
・膂力 1556
・技術 1398
・魔技 43
・右手装備 ドーズのシミター
・左手装備 竜紋章の小楯
・防具 辺境騎士の軽鎧
・装飾1 なし
・装飾2 なし
・物理攻撃力 12011
・物理防御力 9615
・魔法攻撃力 31
・魔法防御力 7389
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なに、これ?
一瞬、アナライズの不具合かと思った。
――膂力なんてパルアスに匹敵してるけど……?
闘神気? なにこれ。
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【闘神気】
戦技の一種。闘気系戦技の究極。
自身の膂力、技術を大幅に引き上げ、また装備の補正値の係数も上昇させる。
術者の熟練度によって上昇幅は変わる。
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――これが、ドーズ先生の本気……
最早乾いた笑いすら出てくる。
『いつか本気の彼と手合わせ願いたい』なんて思ったけれど……
(こんな形で叶うなんて、嫌でしたよ、先生……)
「斬鉱――断鉄!」
いつの間にか間近に迫ったドーズ先生の一撃。
私の護法剣は一秒も持ちこたえられず、砕け散った。
多重・大魔力剣は、気付かぬうちに斬り捨てられていたみたい。
当たる直前、なんとか後ろに1ステップだけ。
けれど掠っただけの先端と衝撃波に、全身がズタズタに破壊された。
「うあぁっ!!!」
気付けば地面に転がっていて。
制服はボロボロ。もしこれが普通の服だったら、体の方がこうなっていたんだろう。
「っ、く、うぅ……」
なんとか立ち上がろうとするけれど、上手く力が入らない。
――掠っただけで、この威力。
全身が痛みと、恐怖と……なにより絶望で、上手く動かない。
ザッ、ザッ……
ドーズ先生が砂を踏みしめる音。一歩ずつ、こちらに近づいてくる。
――ダメだ。このまま私が死んだら、シウラディアも、ロマも……殺されちゃう……!
だから、負けられない!
(だから、お願い、動いて、私の体……!)
自分を自分で奮い立たせ、なんとか起き上がろうと……
したところで、私の記憶は途切れた。
†
~~【幕間】ドーズ~~
思いのほか遠くまで飛んで行ったルナリアを追って、ドーズは歩き出す。
(もう少し踏ん張りが利く子だと思ったんだが……俺が敵に回って、心が折れたか)
だとしたら良心が痛まないでもないけれど、仕方が無い。
ドーズ・ブラッダメンにとって、自分の良心なんて些末。
あるとしたら、それはたった一人にしか向けられない。他者に向けるつもりもないし、そんな資格すら無い。
「おいおい、何がどうなってんだ……?」
ドーズが気配に気付くと同時に、少女の声がした。
メイド服を着た犬――あるいは狼の獣人の少女が、空から降りて来た。周囲の木を伝って来たのだろう。
「説明してくれや、ドーズセンセー」
とは言いつつも、おおよそ察している様子で少女は睨む。
「ルナリアの従者か。見事な気配遮断だ。手練れと思っていたが、ここまでとはな」
「……テメエが俺の主人をこうした、ってことで良いんだな?」
勢い良く両腕を左右に広げる。ジャキン、と音を立てて戦爪を伸ばした。
「隠れて監視してたんじゃないのか?」
「……近くは警戒してなかったんだよ。なんせアンタが居たからな」
狼少女は悔いるように歯を食いしばる。
「無益な殺生は好まん。また別の飼い主を探すが良い、子犬よ」
ドーズは再び歩みを進める。
「あいにく、コイツ以外の首輪はかけないと決めたんでな」
「……彼我の力量差が分からないわけあるまい」
「忠犬が主を守るのに、力量とか関係ねーんだよ」
その言葉は、先ほど自分が言ったセリフと少し似通っていて。
僅かにドーズは口端を緩めた。
「……そうだな。確かに、その通りだ」
急に笑い出したドーズに、少女――ショコラは僅かに目を丸くする。
「敬意を表す。君は犬では無い」
そしてまたいつもの無表情に戻って、シミターを両手で持つ。
「主人と同じ棺に入れてやる。あの世で仲良くすると良い、狼」
重心を前にし、駆け出した。
「シャアッ!」
ドーズが動くと同時に、ショコラは十の戦爪を大きく振るう。
遠距離攻撃を警戒するドーズ。
だが、その爪が斬ったのは空気ではなく地面。
轟音を立てて、土煙が周囲に舞い広がる。
(目くらまし……)
気配遮断を見抜けなかったと正直に言ってしまったことを密かに悔いた。相手がそこにつけ込むのは当然だ。
気配探知に注力。
……だが、しばらくして土煙が薄くなってきてもなお、襲いかかってくる様子はなかった。
「謀られたか」
土煙が消えた後、そこに居たルナリアとショコラは綺麗に居なくなっていた。
振り返ると、シウラディアはまだそこに居る。流石に彼女の回収は諦めたらしい。
土煙が届かない位置だし、人二人抱えて逃げるのは無理だと判断したのだろう。
――やはり、彼我の力量差が分からぬ愚鈍であるはずない。
(むしろ、見誤ったのは自分の方)
言った方が見誤ってるのだから、世話はない。
獣人の足では今から追いかけても追いつけないだろう。
ドーズは諦めて闘神気を止め、シミターを鞘に収めた。
シウラディアの元に戻る。落ちていた杖剣を拾い彼女のお腹の上に載せると、そのままお姫様だっこの形で抱き上げた。
そして山を下りて行く。
(……このままこの国を出て、身分を隠し、見つからないよう生きてくれ)
なんて飼い犬にあるまじき、教師としての思いを自覚しながら。
……まさかあのおてんばで生意気で――なにより心の強い彼女が、そんな選択するわけ無いと分かりつつ。
~~【幕間】ドーズ 終~~




