9歳-3-
その夜。
二人(と専属メイド二人)で浴場に。
「レナ。提案なんだけど、私たち二人だけで入らない?」
「二人だけ、ですか?」
「そう。お互いの髪や体を洗い合ったりするの」
「そんな、お姉様に私の体を洗わせるなんて……」
「海外の論文にはこんな研究結果があるわ。『スキンシップは人生の幸福度を高める』って。悪いけど、そんな機会エルザやフランに取られるの、もったいないと思うのよね」
「海外の論文……? お姉様、外国語が読めるのですか!?」
レナが目をキラキラさせて私を見上げた。
『お姉様カッコイイ!』って顔中に書いてある。
「え、あ、いや……ち、違うのよ! 私が呼んだのは翻訳版……だったかな、うん」
――やっちまった……。
外国語を習うのは11歳からだったわ。
前生でレナの心を治すため、色々調べたときに見つけた論文だ。
まあ、当時のレナは私を部屋に入れてくれなかったし、結局実践できなかったんだけど。
というかそもそも、今ってまだその論文発表されてない……。
「あ、いや、やっぱり論文じゃなかったかも……?
と、とにかく! そういう説があるのよ! だから試してみたいな、って。
……レナは、私と二人っきりは嫌?」
「嫌じゃないです! お姉様が言うなら、お姉様と幸福度上げたいです!」
(かっわいっ……)
全力で言ってくれる無邪気なレナがかわゆすぎる。
私の回生なんかより、その存在が最早反則。姉特効すぎて、効果は抜群だ。
「ありがとレナ! 大好き!」
「私も大好きですお姉様ー」
ぎゅっ。
いつものことなので、慣れた様子でエルザとフランも微笑んで待ってくれていた。
「あ、エルザの給金を引くようなことはしないから安心して。フランも、もしお父様からお給金を減らされたら言ってね。私がその分補填するから」
――まあ、お父様はそんなケチな人ではないと思うけど。一応。
「お心遣いありがとうございます。ではお待ちしている間、部屋の掃除などしておきますので」
「ありがと。じゃあ、よろしくね」
ということで、浴場へ到着。
更衣室で私はエルザに、レナはフランに服を脱がしてもらうところまではいつも通り。
「それでは、20分ほどしたらお迎えに上がりますので」
「わかった、よろしくね」
そこで二人と別れて、レナと二人で大浴場の戸を開けた。
†
「かゆいところはない?」
レナの髪を洗いながら尋ねる。
「かゆくはないですが……なんか、変な感じします」
「あはは、確かに。私も人を洗うなんて、初めてだから」
――前生の後半、使用人達に見限られてからは、自分で自分を洗うことはあったけど。
髪の次は、体を洗ってあげる。
それも終えると、次は交代。レナが私の髪から洗ってくれる。
「上手くできてるか分かりませんが……どうですか?」
「いい感じよ。すごく気持ちいい」
――まあ、ちょっと力は弱いかな? しょうがないけどね。
見様見真似で、一生懸命頑張ってくれるレナが尊い。
そんな感じで体も洗ってもらって……
いざ湯船へ!
二人で入るには大きすぎるほどだけど、貴族のお風呂はこんな感じだ。
――今思うと、贅沢にもほどがある。お湯もったいない……。
前生で一人でお風呂を用意していた経験があるだけに、そう感じちゃう。
まあこの家にはここしかお風呂ないし、言っても仕方ないんだけど。
二人で並んで、お湯に浸かった。
「なんだか、ちょっと緊張しちゃうね」
「……はい」
レナが小さく頷く。
よくよく考えると、私も誰かとお風呂に入るなんて、小さい頃のお母様以来だ。
「お姉様」
レナが私を見る。
「……スキンシップ、しましょう?」
両手を伸ばしてくる。
心臓止まるくらい可愛くて、どこか少し、妖艶さすら感じた。
(なんて恐ろしいの、この子……!)
姉である私が、まさかここまで魅了されるだなんて……
――いや、魅了はいつもされてるんだけど。
「……お姉様?」
反応がない私に、少し不安そうに小首を傾げるレナ。
「あ、ごめん。レナが可愛すぎて、見とれちゃった」
「もう。またそんな、甘やかすお世辞ばっかり言うんですから」
「違う! 本音だもん!」
ぎゅっ、と抱き返す。
レナの肌はすべすべで、暖かくて、触ってるだけで気持ちいい。
「はぁ~♪ 幸福度上がっていく~♪」
「……そんなにすぐ分かるものなんですか?」
「レナと居るだけで幸せなんだもん」
「スキンシップ関係ないのでは……?」
「レナは、あんまり幸福度上がってない?」
「そんなことない……と思います! お姉様にぎゅってしてもらえて、幸せです!」
「もう、レナ大好き!」
そんな感じでいちゃいちゃしだす私たち。
素肌でお風呂の中だと、なんだかいつもより仲良くなれてる気がする!
文字通り、包み隠す物がないからだろうか。それとも暖かいお湯のお陰だろうか。その両方かも。
――これが、あの論文の研究結果か……
なるほど、確かに真実な気がしてきた。
まさか過去の時間軸でそれを実感する事になるとは思ってなかったけど。
初めての二人っきりのお風呂は、そんな感じで大成功!
――もう、レナ無しでお風呂に入れない体になるかもしれない。
それだけが、ちょっと怖かったけど。
†
お風呂を終えて、エルザ(10分以上待っててくれたらしい)に着替えさせてもらった。
それから、レナの部屋に向かう。
レナの部屋の前に到着し、二人の侍女に振り向いた。
「それじゃ、今夜から二人で寝るから。明日はこっちの部屋に起こしに来てね」
「かしこまりました」
エルザが頭を下げる。
一日ごとに交代でお互いの部屋で寝る、という話になった。さっきお風呂でレナと。
「ルナリアお嬢様」
フランが私を呼ぶと、恭しく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
この1ヶ月、レナが寂しがっていることを気に病んでくれていたのだろう。
「お礼言われるようなことじゃないよ」
私がそう答えると、フランはゆっくり頭を上げて小さく微笑んだ。
「それじゃ、また明日」
「「お休みなさいませ」」
部屋の中に入り、ドアを閉めて、レナと二人になる。
寝室に行くと、一気に眠気を覚えた。
――お風呂ではしゃぎすぎたかもしれない。
私の隣で目をこするレナの手を引いて、二人でベッドに倒れ込んだ。
「お姉様」
「ん?」
「……ご迷惑かけて申し訳ありません」
「迷惑?」
「私のために、気を遣っていただいて」
「レナのためもあるけど、80%自分のためだから。別に気にしないで良いのよ」
「それは……嘘だと思います」
「嘘じゃないもーん。妹と一緒に寝たくない姉なんて、この世に存在しないんだから」
「そうとも限らないかと……」
「こんな可愛い妹なら、余計にね」
掛け布団を持ち上げて、二人で包まる。
当たり前のように、どちらからともなく抱き合いながら。
「……お布団に入ってすぐ、こんなに暖かいなんて、夢みたいです」
私もそっと抱き返す。
「私も。こんなに気持ちよかったんだね」
「だいすき、です、おねえ、さま……」
段々と声が小さくなっていく。
それからすぐに、すうすう、とレナの寝息が聞こえてきた。
天使みたいな寝顔が、私の心を綺麗に洗って、癒やしてくれる。
だから、改めて何度でも、心に決めるのだ。
――今生こそ、私もレナも、幸せに生きてみせる。
と。
枕元のクマのぬいぐるみが、そんな私たちを静かに見守っていた。
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