13歳-9-
杖剣五本を携えて(エルザとショコラに二本ずつ持ってもらって)、シウラディア様が入院している治療院へ。
こんな長い物を五本は迷惑かとも思ったけど、エンチャントの効果が何日保つか分からない。ので、予備の意味でもとりあえず全部持ってきた。
受付で手続きして、案内された病室へ向かう。シウラディア様の病室は三階とのこと。
三階まで階段を上ると、見慣れた制服の後ろ姿が三人見える。
――シウラディア様のお友達だ。
寮市の日、貴族や私の悪口を言っていた子達。
「ごきげんよう」
前回の反省を踏まえ、さっさと声をかけることにした。
……剣呑な視線を向けているショコラを背後に隠しながら。
三人は振り返り、
「……こんにちは」
「ごきげんよう」
「どうも……」
と三者三様に返事をくれる。
「皆様もシウラディア様のお見舞いですか?」
三人は互いに目配せした後、
「はい、そうですけど……」
と真ん中の子が答えた。
「でしたらご一緒いたしませんこと?」
またも三人は目配せをし合う。
――びっくりするくらい警戒されてるわね。
「はあ、まあ、行く先同じですし……」
と消極的な同意を貰って、私達は歩き出した。
「実は今日、シウラディア様のための魔道具を持参したんです。お役に立てば良いんですが」
三人に杖剣を見せた。
――魔道具の定義は『魔法が掛かった道具』なので間違いではない。うん。
「……それでシウは助かるんですか?」
真ん中の子が反応してくれた。
「根本的に治すことはできませんが、魔力神経の痛みや焼き付きは改善できるかと」
「魔力神経を……? 本当なら、かなり楽になると思います。あの子、昨日も一昨日も、激痛に苦しんでますから」
――この子、毎日お見舞い来てるんだ。
もうそれだけで、あの陰口とか本気でどうでも良い。
こんな友達思いの子なら全部許しちゃう。まあ最初から許してるけど。
「……魔力神経に作用するなんて、高価なんじゃないんですか? 治療院でも魔力神経は放置するしかできないみたいですし……」
左側の子がそう尋ねてきた。
「そこはまあ、公爵家の娘ですので」
――実際は杖剣の値段しか掛かってないけど。
「あんな酷いこと言われたのに、まだ構うんですか?」
あの時近くに居たのだろう、左側の子は続けて質問してくる。
「あれでシウから離れていった子だっているのに……」
言われてみれば、寮市の時は六人くらいいた気がする。
逆に言えばこの子達は、あの程度で離れたりしない、シウラディア様の本当の友達ということだ。
「あんなの、酷いこと言われたうちに入りません」
――前生の私の方がよっぽどひどいことを言い続けた。あれくらいで嫌う資格なんてあるはずない。
「ご家族が大変なことになって、自分を追い詰めて、冷静じゃなかった時に出た言葉ですから。全部誤解ですし、気にしていません。
そんなことより、今一人で苦しんでる彼女の力になりたい。それだけです」
三度、三人は顔を見合わせる。
そして、右側にいた小柄な子がトコトコと近づいてきた。
そのまま私の袖を掴んで、
「こっちの方が、近道」
と、少しだけカタコトで引っ張る。
「よくご存じですね」
「毎日、来てるから。早く、シウ、助けてあげて」
カタコトの子を先頭に、私達は廊下を早足で進んでいった。
†
シウラディア様の病室に入る。
ベッドの上で座っていた彼女は、私を見ると顔を強張らせ、視線を逸らした。
心なしか目の下には隈が浮かび、やつれたように見える。
入院してから不定期に襲う激痛のため満足に寝られず、食事もままならないのだと、ここに来る間に三人から聞いた。
「具合はいかかですか?」
シウラディア様は答えず、布団の下にある左手を僅かに動かすだけ。
「今日はお見舞いの品を持ってきたんですよ」
ベッドに近づいて、杖剣を見せる。
「……そうやって、今度は物で釣ろうとするんですか」
「シウ……」
先ほど真ん中にいた子が何かを言いかけて……結局口を閉じた。
――彼女自身、私を信じるべきかどうか計りかねているのかもしれない。
「学園に来る前、両親も、親戚の人達も、近所のおじさんおばさんも言ってた。
貴族は平民を人間だと思っていない。
学園は悲惨な場所だった、学ばせてくれるなら貴族と平民を分けてくれ、って」
そこでシウラディア様と目が合う。
その瞳に憎悪と、敵意と、軽蔑をたっぷり含んで。
「貴女も同類だって、もう知ってる。それも、とびきり悪質だって。もう、騙されない……!」
「シウ、この前まで、ルナリア、好き、言ってたのに……」
カタコトの子が、今にも泣きそうな声で呟いた。
私は気にせず、そのままシウラディア様の目の前に到着。
――この状態でもまだ可愛いって、もはや罪よ。
至近距離で見て、あらためて思った。
「本当に、そう思ってらっしゃるのですか?」
可愛く威嚇してくるシウラディア様に、そう尋ねてみる。
「当たり前でしょ。その子達からも注意されていたの! 貴族は全員クズだ、って。ルナリアだって裏で私のことゴミ扱いしてるに違いない、って」
「なるほど。では、もう一度言い方を変えて、お尋ねしますね」
私はふわりと微笑んで見せた。
「本当にこの私を、そこら辺のザコ貴族と同じだと思ってるの?」
シウラディア様はきょとんとして、目をぱちくりさせる。
「確かに、昔は私も生まれに囚われた時期がありました。
でも、ある時考えたんです。平民だ貴族だ爵位だなんて区別、私が決めたものじゃない。生まれた頃から勝手にあって、大昔の人が勝手に言っただけのもの。
そんな、私の意思が一切介在しない区別に従うなんて、なんだか馬鹿らしいじゃないですか。
貴女と居たい理由は、ただひとつ。
『私がそうしたいから』のみです。なにせ私、ワガママなので」
私の言葉をまだ飲み込み切れていない彼女の右手に、杖剣をそっと置く。
「私に裏があるように見えてしまったならごめんなさい。でも信じてください。
私は、貴女の力になりたい。
貴女の幸せの役立ちたい。
貴女の笑ってる顔がまた見たい。
それを狙いというなら、そうかもしれないですね。
でも私、そこに関しては折れませんし、後ろめたくも思わないことにしてるんです。
『誰かを幸せにしたい』という欲望には、忠実に生きるのが信条ですので」
少しずつ、シウラディア様の魔力神経の色が薄くなっていく。
気付いた本人が自分の腕や胸元の変化を見つめていた。
「いかがですか?」
「……痛みが……。ずっとしてた、小さな痛みが、ちょっとずつ消えていってる……」
「それは、魔力神経を補助する杖剣です」
再びシウラディア様がこちらを見る。
「MPを魔力に変換する作業を、その杖剣が代替します。
シウラディア様の体がずっと痛かったのは、魔力神経がずっと動いていたせいです。その作業を外部に委託してしまえば、本人は楽になるはずです」
「……嘘みたい、こんなことが……」
魔力神経の色が段々と赤くなり、今では黒とはほど遠い鮮やかな真紅になってきた。
シウラディア様は何度も自分の体を、いろいろな角度で確かめる。
「魔力神経の負荷は、神経内に残留した魔力のせい。
普通は自然発散するのを待つしかありませんが、それを吸収する機能も設けてあります。
残留魔力の発散が早くなれば痛みもなくなるはずですから、お食事もできるようになり、ぐっすり寝られるようになると思いますよ」
その言葉に、彼女は私を見上げる。
私はとびきりの笑顔を、彼女にプレゼント。
「ただ、これはエンチャントによるものですから、効果がいつまで保つか分かりません。なので、予備も持ってきました」
エルザとショコラがそれぞれ杖剣をベッド横の壁に立てかけてくれる。
「エンチャントが切れても、またかけ直します。もちろん代価もなにも要りません。
私への疑念が拭えないのであれば、友達関係を解消して、定期的にエンチャントするだけの関係になっても全く問題ありません」
そこで顎に人差し指を当てて、視線を上に向けた。
「ただ、こんなに利用しがいあって、貴女の三倍は天才とお墨付きな女、友達のままキープしておくのをオススメしますけど」
シウラディア様は、何も言わず。
……ただ一筋、涙をこぼした。
「……どうなさいます? まだ『貴族』のレッテルを鵜呑みして、拒否しますか?
シウラディア様がそうしたいと仰るなら、否定しません。
否定しませんが、いずれどんな手段を使ってでもそんなレッテルひっぺがして、その杖剣を受け取っていただくよう努めるのみです」
やがてシウラディア様の涙は増えて、静かに両手で顔を覆った。
「私、……、ごめんなさい、ルナリア様……、ごめんなさい……!」
泣きじゃくる彼女を、そっと抱きしめる。
「どこかで、分かってたはずなのに……ルナリア様は、他の貴族と違うって。それなのに、私は……」
「小さい頃からそう言われて育ったんですもの。貴族が急に親密にしてきたら、警戒するのも当然だと思います。
そんなことも気付かず、無遠慮なことをして申し訳ありません」
「そんな、ルナリア様は、なにも……」
コツン、と彼女の額と額をくっつける。
「それでも信じて欲しいのは、貴女が大好きだということです。
誰かのために犠牲を厭わない貴女を、心から尊敬しています。
笑顔が可愛いすぎて、ずっと見ていたいです。
貴族が大勢いるお風呂にすぐ馴染めるくらい、実はメンタル強いところが凄いと思ってます。
ひたむきに頑張る貴女を、心から愛しています」
「あ、あい……?」
額から伝わる熱が上がる。
――もしかして、風邪を併発していたのかな?
だったら、もっと暖めてあげないと。
抱きしめる力を強めた。「ぴゃきっ」とシウラディア様の可愛い声。
「一ヶ月では信じていただけないでしょう。でも、本当ですよ。先ほど呼び捨てにされたときは、心がときめくようでした」
「あ、いや、あれは、その、すみませんでした……」
「謝らないでください。良ければもう一度、ルナリア、と呼んでくださいませんか?」
「い、今ですか?」
「はい」
顔が見えるところまで体を離す。
シウラディア様はしばらく逡巡していたけれど、
「……ルナリア」
小声でそう呼んでくれた。
「なあに? シウラディア」
彼女の頬に触れる。
シウラディア様……シウラディアは私の手に驚いたようにビクッ、と体を震わせて、ますます顔が赤くなった。
「これからは、お互いに様は無しでいかがですか?」
「ひ、ひゃい……お、お願いします……」
――大丈夫かな? やっぱり熱があるんだろうか?
「もしかして、体調が悪くなってきました? お顔が赤いですけど……」
「た、体調は大丈夫です。体調は……」
「辛かったら言ってくださいね。私で良ければなんでもしますから」
「あ、ありがとうごじゃいましゅ……」
そう言って縮こまる姿は、すっかり私の知っているシウラディアだった。
 




