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13歳-8-

 その後、ギルネリット先生と保険の先生によって、なんとかシウラディア様は一命を取り留める。

 今は学園の敷地内にある治療院に入院していた。

 

 あれから3日が経った今でも、魔力神経の痛みに苦しまされているという。


 私は、部屋に置いていた杖剣を手に取った。

 ――これを活用するのは、今だ。

 

 私の力では、状態異常を治すことはできない。

 けれど、楽にしてあげることならできるはず。

 

 魔力神経の負荷が原因で暴走が過暴走となってしまうなら、負荷を軽減してあげれば良い。

 魔力神経を補助する魔法をエンチャントできれば、それが叶うはずだ。

 

 ――いや、叶えさせる。できないなんて、私の魔法剣の才能に言わせない。

 

 筋力を補助する魔法が『魔法剣の才能』の範疇なんだから、魔力神経の補助が範囲外なはずがない。

 現に、私もパルアスと戦ったときに無意識に発動していたはずだ。でなければ、11歳の体で1000%の負荷に耐えられたはずがない。

 

 それに、杖は元々魔法使いが魔法を使うための補助道具。

 今回はそれに剣が合わさった杖剣なんだから、『魔法剣の才能』の範疇にさせてやる!

 

 私がイメージできたなら、できないことなどないのだから。





 ということで、エンチャントできた杖剣を試してみる。

 魔力神経に負荷を与えてみてから、杖剣を手に持った。

 

 アナライズで観察すると、30%ほどまで上げた負荷がみるみるうちに0%まで下がる。

 

 それから、一応ロマや他の令嬢にも試してもらい、私でなくても機能することが証明できた。



 ――待っててね、シウラディア様。

 今、助けに行くから。



   †



~~【幕間】シウラディア~~



 ズキズキと、全身を斬り裂くような痛みで目を覚ます。

 時計を見ると、一時間ほど寝れたらしい。最近にしては上々。

 

「……喉、乾いたな」

 サイドテーブルの水吸瓶に手を伸ばす。

 そこから二口ほど水を吸って、戻した。

 

 ――私、どうなっちゃうんだろう。

 

 慢性的な睡眠不足で、思考はそぞろ。

 お母さんはどうなったのか、あれから続報もない。一応、手紙の後半には『今は休んでもらってる』とは書いてあったけど……。

 

 一度帰りたいな。

 でも、そんなの無理か。

 

 なにせ貴族に……しかも公爵様に、暴言を吐いてしまった。死刑になるかもしれない。

 

 ――何で、私、あんなこと言っちゃったんだろう……

 あれだけ私を心配してくれていたのに。

 

 胸が痛い。魔力神経よりも、ずっと。

 とはいえ『アナライズが使える』なんて、ルナリア様らしくない下手な嘘だったとは思うけど。

 それだけ、私を止めるのに必死だったのかな。

 

「……ルナリア様、ごめんなさい」

 

 コンコン。

 ノックの音がした。

 

「……どうぞ」

 病室のドアが開く。

 

 見慣れない黒い人が入ってきた。

 

 頭は深い頭巾をかぶり、目元は見えない。肩から足下までも真っ黒なコートをぴっちりと締めていた。

 唯一見える口元で、かろうじて女性だと分かるくらいだ。

 

「……どちら様?」

「君の味方だよ」

 

 女性は私の枕元まで歩いてきた。

 

「安心してくれ。ちゃんと許可は取ってる」

 

 ――こんな怪しい恰好で許可なんて取れるんだ。

 この施設の防犯は見直した方が良いと思う。

 

「味方である証拠……というわけでもないが、これを見てくれ」

 

 女性は薄い鏡のようなものを取り出した。

 私の顔が映る。魔力神経が焼き付いて、遠方部族のペイントみたいだった。

 

「これは憶映晶(おくえいしょう)。脳内の記憶や情報を映像として投影できる魔道具だ」

 

 ゆっくりと私の顔が歪んで、ここではない別の風景が徐々に映し出されていく。

 

「これは私の憶映。どうせ一人で寝られもしない時間を過ごすだけだろう? 暇つぶしと思って付き合ってくれたまえ」



 そこからの映像は、とても不思議なものだった。



 最初は、私が入学して間もなくだろう。

 制服姿は変わらないけど、見覚えのない装飾品をあちこちに付けていた。ネックレス、イヤリング、指輪は左右に三個ずつ、腕輪も右に三個、左に二個で、重たそう。

 

 その後、ルナリア様が出てきた。

 今と違って肌の色は普通で、髪も綺麗な金髪。こっちのルナリア様も目眩がするくらいの美人だ。

 

 けれど、違和感があった。

 目つきが悪い。全然笑わない。

 

 入学初日、私が前から二列目に座ると、ルナリア様がやってきた。

 後ろには他のご令嬢が並んでいる。お風呂会の時には居ない方も多かった。

 

「平民が座ったおかげで、私が座れなくなったじゃない。建前も分からない低脳と同じクラスだなんて、吐き気がする」

 

 声と顔は確かにルナリア様なのに、あまりに表情とセリフが合わない。まるで質の低い演劇だ。

 

 けれど映像の中のルナリア様は私の事が大嫌いのようで、しきりに突っかかってくる。

 そして一番違うのは、ガウスト殿下とすでに婚約を交わした中である、という脅し文句。

 

(こんなよく似た別人も居るんだ……)

 と、最初は思ったものの。

 それからルナリア様や取り巻き達からされたことを見続けていると……

 

 ――そうだ。階段の前で足を引っかけられるのは日常茶飯事。一時は、毒を飲まされそうになったこともある。


 なんだか段々、本当にあったことのように思えてきて。

 




 次の映像は、初めての戦闘実技。

 私は周囲を光魔法……いや、聖魔法? どちらにしても今の私じゃ使えないとんでもない高火力の魔法で、周囲を圧倒させた。

 

 それからダンジョン演習に抜擢されたことだけは、現実と同じ。

 違うのは、『次期聖女候補』としきりに周りの人から敬われたり、褒められること。

 ギルネリット先生でもドーズ先生でもない、全然知らない先生なこと。

 

 そして、ルナリア様がいないこと。

 

「ああ、彼女は……。魔法の才能が0で、どんな魔法も習得できなかったから、指揮や戦術論を勉強しているよ」

 と、ガウスト殿下が映像の中の私に説明していた。

 

 それから驚くことに、殿下が私を食事に誘ったりするようになっていく。

 私も彼をお忍びでデートに誘ったりなんかして、恐れ多いというレベルじゃない。


 けれど、ルナリア様の悪行から守ってくれる彼は、確かにとても心強い。

 味方になってくれる人が一人でも居ることの嬉しさは、今の私でも分かるから。

 

 そしてデートの帰り際に、なんとキスして……。

 お互い、幸せそうに笑っていた。

 

 ――こんな時なのに、痛みより恥ずかしさの方が辛い。

 顔が熱くて、全然冷めてくれない。

 




 そこで映像が途切れ、再び今の私を映し出した。

 

「君は本来、次期聖女候補として学園に入学するはずだった。だが、今の君は聖女候補でも何でもない。なぜか分かる?」

 

「なぜって……。聖女様は生きてますし」

 聖女は、崩御されない限り次を探すなんてしない、と聞いたことがある。聖女本人が後継者を指名した場合を除いて。

 

「そうだ。君が入学する頃には、聖女は死んでるはずだったんだ」

「……えっ?」

「聖女の死後、君は聖教会に才能を見いだされ、次期聖女として順調に成長する。

 今は魔女を目指してるらしいが、魔女よりも遙かに格上だ。本当だったら君も君の家族も、一生食うに困らなかっただろうな」

 

「聖女……? 私が……?」

「その上で、王妃の座にも着く。歴史上初めて、聖女と王妃の兼任という偉業を成した君は、この国のあらゆる問題を解決し、英雄と謳われるようになるのさ」

「英雄……」

 

 ――上手く思考が働かない。痛みと寝不足のせいか。

 

 女性の言葉が妙に、心に突き刺さる。

 まるで、本当にそんな未来が存在していたかのように。

 

「だが、現実では先代の聖女は生きているし、王太子は君よりルナリアを意識している。

 つまり、君や君の家族を不幸のどん底に叩き落とそうとする者が居ると言うことだ」

 

「……どうして? ……そんな酷いこと、誰が……」

「もう薄々分かってきただろう?」

 

 再び憶映晶の映像が歪んで、一人の人物を映し出す。

 私へ罵声を浴びせる、醜く顔を歪めたルナリアを。

 

「ルナリア・ゼー・トルスギット。この女が諸悪の根源だ。君の幸せを奪い、君の家族ごと地獄へ落とそうと暗躍している」

 

 ――彼女と初めて会ったときのことを思い出した。

 純白に真紅の瞳をした、神秘的な美人。でも愛嬌も満点で、私は一瞬で心を奪われてしまった。

 

 平民の私にも優しくて、私の口端を持ち上げて笑顔にしてくれて、お風呂では肩まで揉んでくれて……。

 

「そんなもの全部、君に取り入るための策略だ。なにせバレたら、英雄と呼ばれる君の魔法で焼き尽くされるんだからね。

 内心では君のことを不幸にして、惨めに餓死か凍死でもさせたいとしか思っていないんだよ」

 

 ……ああ、そうだったんだ。

 それなら、納得も行く。

 公爵家の娘が平民と友達になるなんて夢物語より、そっちの方がよっぽど説得力がある。

 


 ――やっぱりルナリア様……いや、ルナリアは、私の敵だったんだ。



「ああ。だから、君があの女に暴言を吐いたことを悔いることはない。むしろ当然だ。このままあの女を信じたら、殺されるところだったんだから」

 

 ――教えてくれて、ありがとうございます。

 

「礼には及ばないよ。今のところ、結局あの女の思い通りになってしまっている。このままではヤツの思うつぼだ」

 

 ――私は、どうしたら……

 

「簡単さ。そもそもは、ルナリアが先代聖女を生かした事が原因。あの女が生きてる限り、先代聖女も死なない」

 

 ――そうか、それなら……

 

「ルナリアと聖女を殺せば良い。そうすれば君は聖女に返り咲き、家族とともに幸せになれる」

 

 私の手に冷たい物が触れた。

 女性が私の手の上に大きなナイフを置く。ずしりと重たい。

 

「これは、一切の魔法を破る魔剣『スプリットムーン』。

 これをルナリアに突き立てるんだ。

 あの女は間違いなく、近いうちにご機嫌取りの見舞いに来る。

 正面からでは勝てないだろうから、背中を見せた時がいい」

 

 女性が鞘を外す。革で出来た留め金式の鞘だった。

 刃は銀色に光り、女性の口元を反射して映す。

 

「聖女……ロマの方は君では接触が難しいだろう。でも大丈夫。そちらは私の手の者に動いてもらうつもりだ。

 君はとにかく、ルナリアを殺せばいい」

 

 ――ルナリアを、殺す。

 ルナリアを、殺せば……

 私が、人殺しになれば……



「お母さんは、助かりますか?」



 女性は一瞬、驚いたように間を置いて。

 次に、その口元に微笑を浮かべた。

「もちろんだ。だから、泣かないで」

 女性は手を伸ばして、私の目元を優しく拭ってくれた。





 次に気がついたときは、誰も居なかった。

 窓の外は日が暮れ始めて、どうやら眠っていたらしい。

 

 ――……あれは、夢……?

 と一瞬思った。

 けれど、手の中の金属の重みが、夢でなかったのだと教えてくれた。



~~【幕間】シウラディア 終~~


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