13歳-6-
新年度が始まって十日ほどすると、貴族組だけダンジョン演習が始まった。
貴族組がダンジョン演習に行ってる間に、平民の子を鍛える、とドーズ先生が直接説明してくれた。
ただ、例外が一人だけ。
シウラディア様だ。
彼女だけは、平民にもかかわらずダンジョン演習に参加することとなった。
チームは私と一緒で、他はガウスト殿下、ダン様、ゼルカ様……そう、準一年生の最初のダンジョン演習と同じメンバーだ。
正一年生初のダンジョン演習は、準一年生の最初のダンジョン演習と同じチーム分けにされた。
ドーズ先生曰く、「この十ヶ月でどれだけ成長したか、互いに知らしめてみろ」とのこと。
そしてドーズ先生は私たち五人の前で、こう言う。
「お前達は、クラス内でも特にこの国の未来を背負って立つ者達だ。そこにシウラディアが入ってきた意味は分かるな?」
少しだけ間を置いて、
「……シウラディア嬢もまた、この国の未来に重要な存在だからです」
とガウスト殿下が答えた。
「その可能性は高い、と俺達は見ている。まあ、ギルネリットに推されたのと、本人の意思を加味したのもあるが。適度に仲良くしろ」
次にドーズ先生は私を見下ろした。
「ルナリア、君は指揮官だ」
私も皆も、きょとんとして先生を見上げる。
「戦闘参加は不可。大剣は持って行くな。魔法も一切禁止する。できるのは他の四人に指示を出すことと、アイテムの使用のみ」
――指示? 私が? 他の皆はともかく、殿下にも?
「なんで、と問われる前に答えてやる。それが、君の次の成長だからだ」
いやまあ、今更前線で戦っても得るものがないのは、私自身も感じてたことだけど。
「この一年で貴族組は全員、君の凄まじさを目にした。指揮官となることに異を唱える者も居ないだろう」
「そ、それはそうかもしれませんが、殿下が居るのに指揮官は不敬です。私が彼に命令できる立場であってはなりません」
他ならぬ私が異を唱える。
「それなら『アドバイザー』でいい。命令じゃなくてアドバイスだ。聞くも聞かぬも自由とする。それで問題ないだろう?」
私を見た後、殿下の方にも視線を向けるドーズ先生。
殿下は微笑みながら「もちろんです。そもそも指揮官でも問題ありません。学園の授業の一環なのですから」と頷いて見せた。
――ダン様あたりが反論してくれないかな。
そう思うけども、彼の立場では殿下が良しと言えばそれ以上言えないだろう。
ということで、私はとうとう戦うことすら封じられたのだった。
†
そんな形でダンジョン演習が始まり、早二週間。
直接戦えない、という個人的なフラストレーションを除けば、状況は悪くない。
ダンジョン演習を通じて、殿下とシウラディア様は少しずつ仲良くなっている。……ように私には見える。
まあ、私が二人きりになるよう仕向けたりしてるんだけど。
これがいわゆる、老婆心というやつか。
殿下もあんな可愛い運命の子とお近づきになったら、私へプロポーズしたことなんか忘れてくれるだろう。
シウラディア様の魔法は、ギルネリット先生から『魔法の自主訓練は20時まで』ルールを敷かれた。
それによって、魔力神経を焼き付かせることもほとんどなくなる。
毎朝アナライズで観察しているけど、魔力神経負荷の数値のブレ幅は少なくなった。一桁の日も少なくない。
その分魔技の成長は緩やかになって、良いこと尽くめ。流石ギルネリット先生だ。
……そして、今。
「殿下は右で視線を避けて! ダン様なんとか持ちこたえて! ゼルカ様、ダン様にバリアありったけ!」
レベル4ダンジョン最奥で、ボスのガーゴイルと戦っている。
「シウラディア様、ボルカニックジャベリン照準!」
指示して彼女を見ると、その杖を握る手は震えていた。
私はそちらに跳んで、彼女の肩にそっと触れる。
「焦らず、確実で大丈夫ですよ」
強張る彼女に、優しく囁くように。
「は、はい……!」
ガーゴイルは物理防御、魔法防御共に非常に高く、殿下やダン様の戦技ではダメージが与えられない。
そこでシウラディア様の最大火力、ボルカニックジャベリンを採用。
が、この魔法はまだ安定して発動できず、発動できてもその反動が大きく照準が定まらない。
実際、ここまで二度試すも、一度は発動せず、一度は盛大に外して天井を焦がした。
けれど、それ以下の魔法はすでに試し尽くしている。
ボルカニックジャベリンに賭けるしかないというのは、全員と共有済みだ。
ダン様も殿下もすでに疲労はピーク。
ゼルカ様も魔力神経負荷が60%超。
シウラディア様も、これがラストチャンスと分かってるはず。
ガーゴイルの猛攻を耐えている三人の努力を無駄にしてはいけない、とプレッシャーに襲われているのだろう。
――私は、それでも。
「ボルカニック、ジャベリン!」
叫んで、杖の先から黒い炎が放たれた。
――いや、ラストチャンスだからこそ。
ガウスト殿下に気をとられて動きを止めたガーゴイルに、黒い炎が殺到した。
――彼女は成功させる、と確信していた。
だって、『誰かのため』に生きる彼女が、最後に皆の期待に答えられないわけ無いんだから。
黒炎はガーゴイルを一瞬で包み、燃え盛る。
しばらくして、ガーゴイルは膝から崩れ落ち、大きな音を立てて倒れた。
「……当たった……?」
「ええ、完璧でしたよ」
シウラディア様は私に振り返って。
両目にうっすらと涙を浮かべて、そのまま勢い良く私に抱き付いてきた。
「やったあ! 良かった、成功して……」
一瞬、びっくり。
けどすぐに私も嬉しくなって、抱き返す。
「流石ですね」
「ルナリア様のおかげです! ありがとうございます!」
……正直、そこまでこの戦いに思いをかけてるとは思わなかった。
――一年弱続けたダンジョン演習、しかも制限をかけられ続けて、もしかしたら私は初心を忘れてしまっていたかもしれない。
『どうせダメでも死なないし、次があるし』と。
それはかつて、ロマが悩んだ危機感の欠如。
ダンジョンクリアにはしゃぐシウラディア様に、私も教えられたような気分だった。
――惜しむらくは、私じゃなくて殿下に抱き付いてくれた方が良かったけど。
まあ、距離の問題もあるし、仕方ない。
今は二人でクリアを喜び合うとしよう!
†
ダンジョン演習後、私とシウラディア様は先生に呼び出された。
学園の談話室。生徒達の間では暗に『説教室』とか『軟禁部屋』とか呼ばれることもある。
「今日はお疲れ様。シウラディアさん、良くやりましたね」
ギルネリット先生が言いながら、私達にお茶を配ってくれた。
「ありがとうございます」
シウラディア様が座礼する。
「ルナリアさんも的確な指示で、去年から驚かされっぱなしです。素晴らしかったです」
「ありがとうございます」
私も座礼で返した。
ギルネリット先生が私のはす向かい、シウラディア様の正面に腰をかける。
「今日呼び出したのは、来月以降の班分けの件だ」
全員が座ったところで、ドーズ先生が切り出した。
「シウラディアに説明すると、ダンジョン演習は毎月班を変更している。様々な人間とチームワークを得てもらうために」
「なるほどです」
「だが君は唯一の平民。今のチームメンバーは身分を気にしない方だが、それ以外の貴族はそうではない者も多い」
「……そう、なんですね」
「今の君を他の貴族に放り込むのは得策ではない、と考えている。君がルナリアほど図太ければ良かったんだがな」
シウラディア様はびっくりした様子で、私とドーズ先生を交互に見た。
「気にしないでください。私相手だとこういうこと言う教師失格者なんです」
「ま、まあ、仲良しということで……」
ギルネリット先生が若干引きつった顔でフォローしていた。
「君はメンタルに若干難がある、とコミカルに言いたかっただけだ」
「ジョークのセンス無いからやめた方が良いですよ」
私が反論すると、横でシウラディア様は目をぱちくりさせる。
「それは悪かったな。以後善処しよう。
で、シウラディアに話を戻すが、メンタルに難があるとはいえ配慮すべき才能も持ち合わせている、と判断した」
「つまり何が言いたいんです?」
「来月以降も君達二人だけは固定させる案が出ている。が、決めかねている。意見を聞きたい」
ドーズ先生は少しだけ上体を後ろに下げて、背もたれにかかった。
――なるほど、考えは分かる。
シウラディア様と最も親しい貴族が私だから、そこと一緒なら別の班でもイジメや嫌がらせ対策になる、ということなのだろう。
私としても、他の貴族と一緒に居させたくない。
リーダーになった貴族が、無理矢理シウラディア様の魔法を限界以上に使わせたら、取り返しが付かないことになるかもしれないから。
「私は賛成です。偉い人に怒られる役をドーズ先生がしてくれるなら異論ありません」
ジョークのお手本を交えておいた。
「安心しろ。学園長の許可は得ている」
「そうでしたか、ドーズ先生が怒られるところ見られなくて残念です」
「相変わらず生意気でなによりだ」
「ドーズさん、シウラディアさんもいますから、そういう言葉遣いは……」
やーい、先生が先生に怒られてやんの。
「今のは俺だけのせいか……?
まあいい。どうだ、シウラディア」
ドーズ先生が尋ね、私とギルネリット先生もシウラディア様を見た。
「そう、ですね……。私も、ルナリア様とご一緒の方が嬉しいです」
シウラディア様がドーズ先生に言い、次に私を見て小さく笑ってくれる。
――女同士なのに、胸がドキッとするくらい可愛かった。
「なら決まりだ。とはいえシウラディア、ルナリアを通じて他の貴族とも関係を良くしておけ。友になれとまでは言わんがな」
「はい、分かりました」
「ルナリア、その辺は良きようにしてやれ」
「はい。一緒にお風呂入ってる子も居ますから、上手くいけると思います。ね?」
「そうですね! 皆さんと同じ班になれたら嬉しいです!」
「風呂? ……まあ、関係良好な貴族を増やせるならそれでいい」
私達が女子だからか、お風呂の件はそれ以上尋ねてこなかった。
ドーズ先生は前屈みに、両膝に両肘を置く。両手の指を組んで、僅かにこちらを見上げてきた。
「シウラディア、お前は天才だ。これから多くの妬みや嫉みを買うだろうし、過度な期待も浴びせられるだろう」
――どうやら、こっちがこの呼び出しの本題みたいだ。
「他人の言葉に腐るな。他人の言葉に驕るな。他人の言葉に振り回されるな。
ルナリアを参考とし、目標とするといいだろう。
ルナリアは君より遙かに上の天才だ。はっきり言って、次元が三つは違う。
けれど彼女は腐らない。驕らないし、諦めない。そして、不要な謙遜もしない。
天才ではあるが、万能ではない、と、自分を俯瞰して理解できている。見習うといい」
――いやまあ、良いこと言ってくれてるし、私もありがたいんだけど……。
散々軽口叩き合った後で言っても、説得力無いんじゃないかな、と心配になる。
「急に力を付けた者は、往々にして思い上がる。故に、節介を言ってみた。お前はそうなるな。そうすれば本当に二年もせず本物の魔女になれる」
シウラディア様は、なにか感じ入った様子で、
「ご指導ありがとうございます。謙虚に、頑張ります」
そう、深く座礼をした。
最後にちゃんと教師やるドーズ先生。
これだからジョークセンスが0でも憎めないんだよなあ、この人。




