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13歳-5-

 翌週の日曜日。

 この日は週に二回ある寮市の日。

 寮市とは多数のお店が出張出店してできる市場だ。

 

 寮から出られない生徒達は、ここで生活物資や娯楽品を購入する。

 

 平民向けと貴族向けの区画に分かれていて、今日は(も)平民向けの区画にやってきた。

 

「ルナリア様、今日の貴族区画は旅楽団の演奏や、ツェリードニヒ商会の出店もあるそうですが……」

「あんまり興味ないわ」

 エルザを一蹴して、平民区画を進んでいく。

 

 ――興味ないのは本音だけど、今日は目的がある。

 もちろん、シウラディア様に関することだ。

 

 彼女が魔法を習得すると決めたのなら、後悔していても仕方ない。

 せめてここから先、道を間違えないようにしてあげるのみ。

 

 が、私にできることなんて魔法剣しか無い。

 なので、なにか役に立てる物が無いか探しに来たのだ。

 

 ……具体的にどうすればいいかはまだ朧気で、とにかく動きたい気分だったのもあるけど。

 

 なにはともあれ、『MPの漏洩の解消』と『無効分の魔技を有効化』を避けつつ、魔法を使える状態にしてあげたい。

 その手段を模索するためにも、まずは実際の物を見て、手に入れようと考えたのだ。

  

 ――剣の形をしていれば、首飾りとかでもエンチャントできるはず。

 

 貴族向けに売ってる物を平民の女の子が付けると、窃盗の危険もある。それもあって、今日は平民区画で探すことにしたのだ。



   †



 寮市に来てから、およそ一時間。

 あまり良い物は見つかっていない。

 

 剣の形をした装飾品なんて、売られていないのだ。人気が無いのだろう。

 お店に並んでいるのは、可愛らしい物や綺麗な物ばかり。

 

 ――うーん、良い案だと思ったんだけどな……

 

 まあ、考えてみれば、装飾品を欲するのは基本的に女性。女性が剣を身に付けたい、と思うことは少ないだろう。今の常識では。

 

 そう考えながら歩いていると、不意に『杖剣』という看板が見えた。

 そちらに近づく。

 

 店先には木の杖が複数並んでいた。少し長めで、私の身長よりやや低い程度。

 

「いらっしゃい。こいつは杖剣。別名仕込み杖ともいう、洒落た杖であり剣だぜ」

 髭を生やした恰幅の良い店員が説明してくれた。

 

「杖であり剣、ってどういうことですか?」

「ああ、ちょっと見ててくれよ」

 

 店員は並んでる杖を一本取った。

 両手で捩ると、カチン、と音がする。良く見ると、杖に切れ目が入っていた。

 切れ目から杖が分かれ、中から刃が現れる。

 

 完全に抜き放たれたそれは、細身の片刃剣だ。

 

「なるほど、杖に擬態した剣なんですね」

「もちろん普通に杖としても使えるぜ。最近は減ってきたが、魔法使いは杖を使うのが多かっただろう?

 近接戦を仕掛けられても、こいつで不意打ちしてやれば隙もできる、ってすんぽうよ」 

「いいですね。今でも杖を使う人はいますし、相手を一瞬でも混乱させられれば儲けものでしょう」

 

 すると店員は目を丸くした。

 

「……面白い嬢ちゃんだな。武器や戦術の話に食いつくなんて」

「ええ、実はちょっとだけ面白い女なんです、私」

 にっこりと笑って見せる。

 

「ははっ、見た目は(べっ)(ぴん)さんなのに、とんだおてんばちゃんだ。メイドさん達も苦労してそうだな」

「ご理解いただけてなによりです」

 エルザが苦笑まじりに、万感を込めて答えた。

 

「これ売れてるんですか?」

 一本持ちながら尋ねる。

 

「いやあ、正直全然だね。(いま)(どき)は素手で魔法を撃つのが主流になったし、剣を仕込んだって本職相手に勝てるわけない。

 近接用の速攻魔法の開発も進んできてるからな」

 

 ――確かに、彼の言うとおり。ゼルカ様もギリカもロマも杖は使わない。

 が、シウラディア様を始め、クラスメイトで杖を使う子は多い。

 初心者には杖の補助があった方が良い、というギルネリット先生の教えなんだろう。

 

 試しに抜剣してみる。

 詳しくないけど、剣としては立派そうだ。

 

「これ買い取るので、エンチャントしてみて良いですか?」

「そりゃ買ってくれるなら構わねえけど、剣にエンチャントなんて……」

 

 杖剣が魔力の光を宿す。

 

=============

・右手装備 アンドレの杖剣+1

=============

 

 うん、エンチャントの乗りも悪くない。

 

「……たまげたな。今の一瞬でエンチャントしたのか……?」

「これ三本……いや、五本ください」

「五本?」

「ダメですか?」

「まさか。こっちは嬉しい限りだが……、何に使うんだ?」

「お友達へのプレゼントに」

「また厳ついプレゼントだな……」

 

「あと、この剣を作った人をご紹介いただけませんか? 何かあったときにメンテナンスとか、頼みたいことがあるかもしれません」

「作ったのは俺だよ。本職は鍛冶屋なんでね」

「お住まいはこの近くで?」

「ああ、聖教区の西の方だ。自分で言うのもなんだが、鍛冶のアンドレっていやあちっとは有名なんだぜ」

 

「アンドレさんですね。それじゃあ、もし用があったときは伺います」

「寮市にも月一回くらい来てるから、刃こぼれでもしたら言ってくれや」

「分かりました。使いの者はトルスギットの名で伺うと思うので、その時はよろしくお願いします」

 

 そこで店員……アンドレさんが止まる。

 

「……トルスギット? まさか、公爵様の……?」

「実はそのまさかだったりします。世の中って案外、狭いものですね」

「狭いとか言う話じゃねえぜ……」

 

 杖剣を納刀して、小脇に抱える。

 呆然とする彼を尻目に、他に四本見繕って手に取った。流石に持ちきれなくて、ショコラとエルザにも持ってもらう。

  

 ――まだ、どう活用するかまでは思い付いてない。

 

 けど、これならシウラディア様が持っていても不思議じゃない。

 これに活路を見い出すしかないのだ。



   †



 一度寮に戻り杖剣を置いてから、再び寮市の平民区画へ。

 引き続き剣をモチーフとした物を探して練り歩く。

 

 と、途中少し開けた場所に出た。

 テーブルと椅子が並べられた、休憩スペースだ。

 

 そのまま素通りしようとして……

 見知ったピンク髪の後ろ姿が視界に入る。

 それも割と近くに。

 

「これ美味しいね」

 シウラディア様が周りの友人に向かって言う。何を持っているかまでは見えなかったけど。

 

「でしょう?」

「これ好きー」

「こっちも美味しいよ」

 

 などと、持っているものを見せたり交換し合ったりしている。

 なんとも微笑ましい、平和な休日の光景だ。

 気付いた以上、簡単に挨拶だけでもしようと近付……

 

「……にしてもさっきは災難だったねー」

「だよね。マジで貴族とか大っ嫌い」

 

 ……こうとして、足を止める。

 

「使用人のくせに、どけだの邪魔だの言いやがって……」

 さっきまでシウラディア様に向かって笑っていた少女が、顔をしかめて吐き捨てた。

 買い物の最中にトラブルでもあったんだろう。

 

「あの使用人、ギルバートのところでしょ?

 アイツ、この前私が廊下通ろうとしたところに足引っかけてきてさ。もう最悪! 多分転んだときにパンツ見られたし」

 

「取り巻きもクズよ。ノーカが椅子一個挟んで隣なんだけど、私が少し動いただけで露骨に舌打ちしてくるし。休み時間とか、こっち見て『なんかこの辺臭いなー』とか言ってくるし……」

 

「親とかが言ってたとおりだったね。貴族なんてゴミしかいねー」

 

 ――うーん、これは、姿を見せない方が良さそうね……

 向こうも気まずいだろうし、私もなんて言っていいか分かんないし。

 

「シウも気をつけなよ? あのルナリアとか言う女。裏で何考えてるか分かったもんじゃないんだから」

「え? いやでも、すごくいい人だよ……?」

 戸惑ったようなシウラディア様の声。

 

「そう見せてるだけよ。そりゃ、剣や魔法はすごいんだろうけど。貴族なんて、平民を道具か奴隷としか思ってないんだから」

「シウは優しいからねぇ。でも、簡単に気を許しちゃダメだよ?

 シウのお父さんとお母さんも言ってたでしょ。味方してくるような貴族が一番危ない、って。利用することしか考えてないクズ野郎だって」

 

「うん、それは、そうなんだけど……」

 それでも私の悪口は言わないシウラディア様だった。

 

 ――それは嬉しいけど、下手に喧嘩しないで欲しい。

 そんなことになるくらいなら私の悪口で盛り上がってくれればいい。

 

『利用』というか分からないけれど、私は自分の前生の贖罪もかねている。それはつまり、自分のためだ。

 あの子達に反論する資格なんて、私にないのだから。

 

「ルナリアにも絶対裏があるに決まってる。『心の中じゃ、どうやって利用しようか考えてるんだ』って思って接しなよ?」

「そうそう。なんか本性は性格悪そうだし」

「分かる分かる!『仲良くしてやってる代償』とか言ってお金請求されたり、体売らされたりしそうだよね」

 

「……うん、気を付けるね。心配してくれてありがとう」

 

 そこで、ショコラが我慢の限界がきたように一歩踏み出した。

 すかさず止める。エルザもすぐに手伝ってくれた。

 

「あいつらの方がよっぽどクズじゃねえか……! 本人が居ないところで陰口叩きやがっ……」

 

 ショコラの口を塞ぐ。

 

「挨拶しようと思ったけど、そういう雰囲気でもなさそうだし、行きましょう」

「……そうですね。それが賢明かと」

 

 エルザと二人でショコラを引っ張って離れる。

 

「良く平気でいられるな。あんだけコケにされて……」

 なおも後ろを睨み付けるショコラ。

 

「いやまあ、貴族の方から平民に近づいたら、警戒されるのは当然よ。それでもシウラディア様は分かってくれてるみたいだし。これからの行動で見返すだけ」

「……大人でごぜえますね、俺のご主人様は」

「ショコラが怒ってくれたのが嬉しいのもあるよ。ありがとね」

 

 頭を撫でると、ショコラはおとなしくなった。

 

「同意です。私も、あまり気分が良いものではありませんでしたから」

 と言って、珍しくエルザもショコラの頭をなで始めた。

 

「……ドサクサになにすんだよ」

「弟子への親愛の印です」

「やかましいわ」

 

 いいつつ、まんざらでもなさそうなショコラだった。最近あざと可愛くなってきたショコラである。

 

 ――とりあえず、明日学園であの方達と会ったら、顔に出ないようにしないと。

 

 ちらりと後ろを振り返ると、苦笑いを浮かべるシウラディア様の横顔が見えた。



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