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13歳-4-

「……ルナリア様、今日のお湯加減は良くありませんか?」

 声をかけられて、意識を戻す。

 

 今は正一年生になってから六日目、初めてのお風呂会の最中だ。

 

 足だけを浸からせている私に、湯船の中から心配そうに覗き込んでくるのは、シャミア様。

 ……あんまりよろしくない顔をしていたんだろう。自覚は無いけど。

 

「いえ、失礼しました。少し考え事をしておりまして」

 答えて、表情を作る。上手く作れたかは自信がない。

 

「謝られることはございませんわ。ルナリア様がお風呂場まで持ち込むなんて、少し珍しいと思っただけです」

 シャミア様も微笑を返してくれる。

 

「差し支えなければ聞かせてくださいませ。話すことで解決することもあるかもしれません」

 横合いから言ってくれたのは、ジョセフィカ様だった。アイリン様と湯船に入ろうとしているところだったみたい。

 

 気付けば、全員がこちらを窺っていた。

 

 ――うーん、絶妙に悩む……

 

 正直に言うわけにはいかないけど、みんなに嘘も言いたくない。

 

「……シウラディア様が、心配で」

 私はそう答えることにした。

 

「シウラディア様ですか?」

「毎日、朝は早くから、夜は遅くまで魔法の練習や勉強をされているそうですして。体を壊してしまわないか、と」

 

 ――うん、嘘じゃない。『体を壊す』の度合いによるけど。

 

「これまで全くしてこなかった中、急に負荷をかけると、魔力神経のダメージも怖いですね」

 エープル様が顎に手を当てる。

 

「ルナリア様はシウラディア様のもう一人の師匠みたいなものですものね」

 なんて、半分からかうように言うのはアリア様だ。

 

「もう、そんなんじゃありませんってば。魔力剣を少しお見せしただけですよ」

 

 一昨日、シウラディア様から魔法剣を見せて欲しい、と頼まれた。どうやらギルネリット先生から聞いたらしい。

 彼女の熱意に圧倒され、見せるだけなら影響ないか、と見せたのだけど……

 

 その日はもう休憩時間全部私の所に来て、根掘り葉掘り魔法のことを聞き出されたのだ。

 

 屈託無く魔法に貪欲なシウラディア様は魅力的で。頼ってくれる嬉しさと、魔法が上達する不安に、心をかき乱されてしまう。

 ――あんなに心を乱降下させられたのは、前生でも今生でも彼女だけ。

 

 今日もシャミア様の言うとおり、お風呂場に持ち込むのはあんまりないのに。

 ある意味、私はシウラディア様に夢中になっちゃっているみたいだ。 





 そこで、ふと視線を感じて顔を上げる。

 シウラディア様が驚いた顔で、対岸に立っていた。

 

「ル、ルナリア様!? それに、皆様も……」

 

 まさか貴族が――しかも大勢で――入ってるなんて思ってなかったのだろう。何度も左右を見渡していた。

 

 ……同時に、私も負けず劣らず、びっくりだ。

 

 初めて見た、一糸まとわぬ彼女に。

 貧相と言って良いほど痩せた下半身に、細い腰元。

 そしてその上、はち切れんばかりの二つの丸い象徴は、けれどなぜかアンバランスさを感じない。

 

 緻密に計算された芸術品のような五体が美しすぎて。目が奪われる。

 今は体中に魔力神経が浮かんでいるけれど、それすら彼女を引き立てる装飾にすら見えた。

 

 ――生まれつきの才能とは、かくも恐ろしい。

 前生で神格化されたのも理解しかない。

 

「シウラディア様、こんにちは」

 彼女に一番近いアリア様が声をかけた。

「私達、去年からルナリア様の提案で、週に一回この時間にこちらで集まっているんですよ」

 

「……? お風呂に、ですか……?」

「平民の皆さんは馴染み深いのでしょう? 裸の付き合いは大事と、今ではここにいる全員よく理解しておりますわ」

「は、はあ……、なる、ほど……?」

 アリア様の説明にも、まだいぶかしげな様子。無理もないけど。

  

「……立ち話もなんでしょう。体が冷えてしまいます。どうぞお入りになってくださいませ」

 とりあえず、私はそうシウラディア様を促した。

 

「貴族の皆さんと同じ湯に浸かるだなんて、無礼ではありませんか……?」

 おずおずとシウラディア様が言う。

 

 すると、私の正面で浸かっていたショコラがゆっくりと立ち上がった。

 

「私など亜人の従者です。人間であるシウラディア様が入って無礼なはずございません」

 よそ行きの敬語で言うショコラ。

 主人の意を即座に代弁してくれる優秀な従者でなにより。

 

「お湯に入られにいらしたのでしょう? 遠慮する必要ございません」

「そうですよ。ここは生徒全員の場ですから」

 ショコラの言葉に、皆も頷く。

 

「……そういうことでしたら、失礼させていただきます……」

 そう言って、恐る恐るシウラディア様は湯船に入ってきた。

 

「シウラディア様は、どうしてこんな時間にいらしたんです?」

 ジョセフィカ様がシウラディア様に尋ねた。

 

「朝から魔法の練習していたんですが、息詰まっちゃいまして。魔力神経も痛くなってきたので、休息と気分転換に、と」

 答えながら、シウラディア様が足からやっくりと湯船に入る。

 

「今、丁度シウラディア様の話をしていたんですよ。ルナリア様が心配されてましたわ。ねえルナリア様?」

 シャミア様が私に振り返る。

 

「ええ、そうで……」

 すね、と言おうとして、思わず言葉に詰まる。

 

 ――浮いてる。

 

 お湯に浮かぶ二つの可愛いに目を奪われた。

 一人、二人と、シウラディア様――の胸元――に視線が注がれる。

 

「なんと……」

「凄い……」

「こうなるんだ……」

 貴族令嬢達の中で動揺が広がっていく。

 

「……? どうかされました?」

 まだ私達の受けた衝撃に気付いていないシウラディア様が小首をかしげた。

 

「皆さん、あまりジロジロ見ては失礼ですわ。……私が言えた口じゃありませんが」

 なんとか皆を引き戻そうとする。

 

「え? ……あ、もしかして、そういうことですか?」

 感づいたシウラディア様が両手で自分の胸元を覆い、肩までお湯に沈んでそれを隠した。

 

「不躾に失礼しました。その……あまりに、びっくりしてしまいまして」

「い、いえ、私こそ、お目汚し申し訳ありません……」

 恥ずかしそうに頬を染めるシウラディア様。

 

「目汚しなんてとんでもありません。むしろ目の保養でしたよ」

 ……言ってから、この言い方もどうかと思った。

 

「……お気遣いありがとうございます。こんな体を晒してお恥ずかしい限りです」

 そう言うシウラディア様に、遠慮や社交辞令は見られない。

 

「『こんな体』だなんて仰らないで。素敵だと思いますよ」

 私は湯船に入って、彼女に近づいていった。

  

「邪魔ですし、運動するとすぐ痛くなりますし、肩も凝るし、見た目もみっともありません。

 ルナリア様の方が、スラッとして素敵です」

 

 そう強く言い切ったのが、意外すぎた。

 

「……シウラディア様は、ご自分の体が嫌いですか?」

 

「嫌いです」

 即答だった。

「男子からはからかわれるし、女子からも気持ち悪がられるし。……もちろん全員じゃありませんけど」

 

 ――少なくとも女子は嫉妬が過半数だと思うけどね。

 けど、シウラディア様の中ではそう変換されてしまうのだろう。

 

「……なるほど、人間、自分に無いものを羨むのかもしれませんね」

 シウラディア様の後ろに回り込む。

「ただ、ご自身の体を嫌いというのは悲しいですし、寂しいです。少なくとも私は、心の底から、シウラディア様に見とれてしまいましたから」

 

「見慣れていないから、そう錯覚されたのでは……」

「いいえ、断言します。シウラディア様は容姿もスタイルも、トップレベルに可愛いですよ」

「か、かわ……!?」

 

 言われ慣れていないのか、シウラディア様が言葉を詰まらせた。

 彼女の両肩に手を置く。

 

「嫌いな理由の一つに肩が凝るがあるなら、こうしてたまに肩を揉ませてください」

 言いつつ、マッサージを始める。

 

「ル、ルナリア様、そんな、恐れ多い……」

 シウラディア様はどうして良いか分からない様子。

 

「邪魔になるとか痛くなるというのは、なかなかお助けできませんが……『肩が凝る』の分だけでもご自分を好きになれたら、私も嬉しいです」

「そんな……、ルナリア様は貴族様なのに……」

 

「入浴に貴賤なし。友情に上下もありません。……どうですか? 多少は楽になってきましたか?」

「……す、すみません、緊張して、あんまり良く分かりません……」

「ふふっ、それでは少しでも楽になるまで続けましょう」

「え、あ……」

 

 それから、シウラディア様は借りてきた猫のように揉まれるがままだった。

 それでも少ししたら慣れてきたようで、段々気持ちよさそうな声を出してくれる。


 ――それにしても、この子はどうも、自己肯定感も低い。

 体の問題もだけど……、心もどうにかして、助けてあげたいと思った。

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