13歳--2-
「流石ですねルナリア嬢、立派なお考えです」
低く通る軽涼なこの声は……
振り返るまでもなく、ガウスト殿下が私たちの前の席にカバンを置いた。
「初対面でもうそこまで仲良くなられるとは、見ているこちらも嬉しい気持ちになります」
ガウスト殿下は微笑んで見せた。
「お褒めにあずかり光栄です、殿下」
シウラディア様から手を離し、正対して座礼。
「で、ででで殿下!?」
シウラディアが飛び上がりそうなくらい驚いた。
――なんかキャラクター名みたい。
殿下は小さく笑い、
「学園では地位など関係ない、と仰っていたではないですか。せっかく言いのけたのに、貴女がそのような態度を取ったら、そのお嬢様にも信じて貰えなくなってしまいますよ」
と、どこか楽しそうに言った。
ぐうの音も出ない私。
――ウインリィ様じゃないけど、建前ってもんがあるのよ! あなたが分からないわけ無いくせに!
最近分かってきたけど、そこそこ腹黒よね、この王太子様。
「初めまして、ガウスト・エル・オルトゥーラと申します。殿下などと呼ばれることも多いですが、ルナリア嬢が仰ったとおり、お好きにお呼びください」
右手をシウラディア様に差し出す殿下。
「は、初めまして、シウラディアと申します。お会いできて光栄です」
近い将来、夫婦となり英雄となる二人の初めての握手が、私の目の前で交わされた。
……ダン様や護衛の人達は、気が気でない様子で見てるけど。
「すごい、本物の王子様と握手しちゃった……。ありがとうございます、家宝にします」
「あはは、握手は家宝にするのは難しそうですし、他のモノにした方が良いですよ」
――うんうん、馴れ初めとしてはなかなか良い雰囲気じゃないかしら。
前生の私というマイナス要素もないし。
二人の未来に、幸の多からんことを願って……
「……ルナリア様、どうして拝んでらっしゃるんです?」
シウラディア様がきょとんと尋ねてきた。
「私の事はお気になさらず。お二人ともどうぞ、お話を続けてくださいませ」
†
正一年生の入学式兼進級式が終わり、新入学生達の入学試験の結果が張り出された。
そこで初めて、シウラディア様が実技で『手技』を選択していたことを知る。
――そっか、今生ではそうなるのか……
前生で彼女は『戦闘』の魔法を選択し、その才能をすでに披露していた。
だが今生では、まだその才能が見つかっていないようだ。
本人に聞いてみても「魔法ですか? 見たこともほとんどありません」という返事。
――おそらく前生でロマが乗っ取られた後、聖教会は次の聖女の選定を始め……そこでシウラディア様の才能が見つかったんだろう。
となると、今生では私がそれとなく気付かせてあげた方が良いかもしれない。
聖女になれるほどの才能なら、授業で見つかるかもしれないけど。
とりあえず今後のためにも、まず彼女にアナライズをかけてみよう。
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【シウラディア】
・HP 89/89
・MP 244/28470【状態異常:漏洩】
・持久 49
・膂力 24
・技術 39
・魔技 91(有効分)/4923(無効分)
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 中央学園制服
・装飾1 なし
・装飾2 なし
・物理攻撃力 29
・物理防御力 248
・魔法攻撃力 139
・魔法防御力 266
・魔力神経強度 弱【状態異常:損傷】
・魔力神経負荷 --%(激しく明滅している)【状態異常:暴走】
■概要
人間。出生時に悪魔の影響を強く受けた個体。
魔法関係全般の機能に異常を来たしている。
MPの漏洩の解消と、無効分の魔技を有効化できれば、人智を超えた魔法が放てると見込まれる。
だが彼女が本来の才覚を発揮したなら、議論の余地無く死に至るだろう。
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――なに、これ。
情報が上手く理解できない。
MPどうなってるの?
魔技も良く分かんないし。
魔法関係が状態異常って、つまりどういう状態?
それに、『議論の余地無く死に至る』……?
(どういうこと? だって、前生では……)
そこで、ふと思い至る。
悪魔の軍勢と戦った後、彼女の姿を見た者は居ただろうか?
だって、普通に考えたら変だ。
私の死刑が決まった裁判。殿下は居たのに、シウラディアはいなかった。
被害者本人が居なくて、その夫だけなんて……不自然すぎる。
本人に出廷できない理由が無い限りは。
その想像にいたって、背筋が粟立つ。
鳥肌が止まらない。
――それじゃあ、悪魔の軍勢との戦い以降のシウラディアは、全部虚構だったということ?
聖女になったのも。
ガウスト殿下と結婚したのも。
彼女が私を訴えたというのも。
全部ぜんぶ嘘っぱちで。
とっくに命を亡くしていた、ということか。
――他全員の命を蘇らせて、国も救って、貴女だけ死んでしまった、ということなの……?
「……ルナリア様?」
私が急に話さなくなったからだろう、シウラディア様が心配そうに覗き込んでくる。
――その愛らしい仕草と表情に、体の芯から無数の感情が込み上げてきた。
「貴女は、どうして……」
どうして、そこまでできたの……?
全部理解していて、あなたはその力を解放したの?
真実は分からないけれど、そりゃあ英雄と讃えられるわけだ。
「ルナリア様、大丈夫ですか……?」
シウラディア様がどうしていいか分からない様子でオロオロし始める。
「……シウラディア様。つかぬ事をお伺いしますが、悪魔と縁のようなものはございますか?」
「? 悪魔ですか? 悪魔も見たことありませんが……
あ、でも、母が私を妊娠してるとき、悪魔に襲われたと聞いたことはあります。その時はすぐに聖女様が来てくださって、大事には至らなかったそうですが」
「……そうでしたか」
――悪魔の瘴気を母親が吸って、それが胎内に渡った、といったところだろうか。
「シウラディア様は、本当に優しい方ですね……」
「え? 私ですか?」
「謝っても、謝りきれない。あなたを尊敬します」
「???」
「……今度は、私が助けますから」
口の中だけで言って、私は強く、拳を握りしめる。
――その決意を、爪で掌に刻むように。
†
さて。そうなると、彼女の魔法の才能を伸ばすというのはダメだ。
なんとしても隠し通さないと。
だが、高度の鑑定ができる人や組織にかかれば見抜かれてしまう。それこそ聖教会とか。
そして聖教会は『MPの漏洩の解消と、無効分の魔技を有効化』できる手段を持っていたのだろう。
そう考えれば、前生で装飾品をたくさん付けていたのも理解できる。あれは魔法関係の状態異常を改善する魔道具だったんだ。
とにかく。今後、聖教会や王宮などと接触させてはいけない。
学園にも高度鑑定が使える人が居るかもしれないから注意しないと。
――才能が露見すれば、利用する者が現れる。
死んでなお、政治の道具にした聖教会と王宮しかり。
だがそうなると、悪魔の軍勢は私とロマでなんとかしなければならない。
――いいわ、やってるわよ。
シウラディア様の命を犠牲にするなんて言語道断だ。
私を誰だと思ってるの。
欲しいものは全部手に入れるでおなじみの、ルナリアよ!
……なんか怪盗のキャッチフレーズみたいになっちゃったけど。
殿下は以前、私にプロポーズしたときに言った。
『この国のため』と。
であるならば、殿下とシウラディア様の結婚という虚報は『この国のため』だった可能性が出てくる。
当時、もし正直にシウラディア様の死を発表したら、国民達の絶望は計り知れなかっただろう。
悪魔の軍勢と聖女の喪失に疲弊と絶望したところを、他国が攻めてきていたかもしれない。
聖女シウラディアは健在だと内外に報道することこそが、『この国のため』だったとしたら。
今生の二人が男女の関係になるか分からなくなってくる。
おっぱい好きだと思ってたのも、単に男子の本能に抗えなかっただけだったかもしれない。
――とはいえ、真相はもう分かるはずも無く。
なにはともあれ、前生で想い合っていた二人は死後婚姻し、今生では生きて式を挙げる……。
そんな恋物語であることを、願うばかりだ。




