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13歳-1-

 それからの半年は、平和で穏やかに過ぎていく。

 

 二学期に入ってからも、お茶会とお風呂会は好評で。

 ショコラとロマと三人で過ごす時間はライフワーク。

 休日にしかできなくなっちゃったけど、エルザの胸を枕にした昼寝は至福の一時。

 殿下との関係も、進展もなければ険悪になるわけでもなく。

 

 とにかく、ずっとこんな日々が続けば良い、と願うくらい。

 ……レナと離ればなれなこと以外は。

 




 二学期の長期休暇に入ると、二年ぶりの参謁があった。

 今生で初めて国王王妃両陛下、王女殿下に拝顔。

 レナはガチガチに緊張して、国王陛下から「気楽になさい」なんて言われる一幕もあった。

 

 本来はお父様がお仕事の報告をする場だが、その後なぜか私の話に波及する。

 国王陛下とガウスト殿下が終始私を褒め、王妃陛下は一度も発言せず私と目も合わせようとしない。

 ――針のむしろに放り込まれたような時間だった。

 

 後半、ガウスト殿下の姉であるリーゼァンナ王女殿下が一度だけ、

「なぜ、女だてらに剣を取ろうと思った?」

 と尋ねてきた。

 

 私は、

「はっ。才能があったのも大きい理由ですが……なにより幼少の頃に読んだ、とある物語に憧れたのが一番です」

 と答える。

 

 王女殿下は返事もなく、質問を続けるでもなく、黙ってただ私を見下ろしてきた。

 

 ――彼女も母親同様、私が剣を持つことを良く思っていないらしい。

 無表情ではあるものの、なんとなくそう感じた。

 

 ちなみに皆、殿下がプロポーズした件は本当に聞いてなかったようだった。

 

 ……王妃陛下と王女殿下に知られていたら、首を刎ねられていたかもしれない。

 殿下がフラれて逆恨みするような性格でなかったのは本当に良かった。



   †



 そして長期休暇が明け、正式に一年生に昇級した一日目。

 それは、シウラディアとの初対面の日であり。

 ……前生で私の破滅が、本格的に始まった日。

 

 私は13歳になっていた。

 今日になって毎年恒例のアナライズを忘れていた事に気付いて、通学の途中でかけてみる。

 

=============

【ルナリア・ゼー・トルスギット】

・HP 115/115

・MP 8054/8054

・持久 79

・膂力 19

・技術 184

・魔技 461

 

・右手装備 なし

・左手装備 なし

・防具   中央学園制服

・装飾1  なし

・装飾2  なし

 

・物理攻撃力 23

・物理防御力 299

・魔法攻撃力 139

・魔法防御力 403

 

・魔力神経強度 中

・魔力神経負荷 0%

=============

 

 なぜかMPが倍以上……。

 それ以外は、魔技が四倍近く跳ね上がっている。これは、ここ半年ロマと模擬戦をしたおかげだろう。

 もしかしたらMPもそれに引きずられたのかな?





 一年生の教室に辿り着き、アナライズを非表示にする。

 教室に入る直前、ゆっくりと深呼吸。

 

 ――確か、この時間にはもうシウラディアは来ていたはず。

  

 今生での初対面、しくじるわけにはいかない。

(前生のことは、今は忘れて。とにかく仲良くなりに行くんだ)

 殿下の時みたいに、変なミスしないように気を付けて。

 

「……よしっ!」

 挑戦者の気分でドアを開けた。

 

 教室の中には、見覚えのない平民の子達が数人。

 もちろん去年入学の貴族達も居る。

 

 貴族と平民が互いを牽制し合う、どこか緊迫した空気。前生と全く同じ。

 

 そんな中、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 教室の中程を歩く、桃色の髪の女子。新品の制服は少しだけサイズが大きい。平民は何度も制服を作り替えるお金がないから、入学時に少し大ききめで注文する子も多い。

 

 その髪色を見て、思い出す。

 ――そうだ。シウラディアは、こんな鮮やかな桃色の髪だった。

 前生と違って次期聖女候補ではないからか、装飾品は質素だけど……間違いない。

  

 シウラディアは教室を進み、前から二列目……私が座っていた席に、ゆっくりと腰掛ける。

 

 と、四列目に座っていた二人の女子が立ち上がり、シウラディアの方へ近づいていった。

 

「ちょっと」

 二人の伯爵令嬢のうち、ウインリィ様がシウラディアに声をかけた。

 

「そこはルナリア様の席よ。平民は一番後ろに回りなさい」

 もう一人、レーテル様がそう続く。

 

 ちなみに二人とも、三ヶ月ほど前から私のお茶会に顔を出すようになってくれた子達である。

 私は早足でそちらへ向かった。

 

 シウラディアが二人を見る。私の位置からまだ顔は見えない。

「一番後ろ、ですか……? でも、黒色文字板には……」

 

 シウラディアが教室の前を指さす。

 彼女が指した先には去年と同様、『自由にお座りください』と大きく書かれている。

 

「建前という言葉を知らないの? このクラスは王太子殿下も居れば、公爵令嬢もいらっしゃるの。

 平民が座って良い席なんて、本来はないくらいなんだから」

 

 ……今となっては思い出したくもない罵声を浴びせた自分を思い出してしまう。

 ――前生の私より大分優しいわね、ウインリィ様。

 歩きながら、思わず自嘲が零れちゃう。

 

 とはいえ、もちろん二人を放置するわけにはいかない。最悪、二人が死刑になるかもしれないんだから。

 

 そこでレーテル様が私に気付いた。ウインリィ様の袖を引く。

 ウインリィ様も私に気付いて、私の方に向き直った。

 

「ルナリア様。おはようございます。今年度もよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」

 二人揃って丁寧に礼をしてくれた。

 

「おはようございます。こちらこそ、引き続きよろしくお願いします」

 まずは私も挨拶を返す。

 

「ルナリア様の席を横取りしようとする平民に注意をしていたところです。少々お待ちください、今すぐどかしますので」

 

 言って、私に向けていた優しい目から一転。シウラディアを睨むウインリィ様。

 

 ――笑っていれば、お二人とも可愛らしいのに。

 二人を醜くする、凝り固まった偏見が憎らしい。

 

「でも、自由と書かれていますけど……」

 シウラディアは怒るでもなく、本当に不思議そうに二人を見たあと……

 


 こちらに振り返った。


 

 信じられないくらい愛らしく、美しくて。

 目が合った瞬間、呼吸が一瞬、止まる。

 

 パッチリとした目、透き通るような肌、高くはないけど整った鼻梁……。

 そして制服の上からでも分かる、可愛く凶暴で傲慢な胸元の実り。

 

 前生の私が心の奥底に封じ込めた劣等感と敗北感が、一気に解き放たれた。

 

 ――思い出した。この、一目惚れにも似た、圧倒的な感情を。

 女性として、圧倒的な差を感じられずに居られなかったことを。

 

 美容なんて言葉すら知ってるか怪しい身分。化粧なんて生まれて一度もしたことがないであろう彼女に、完膚なき敗北を味わった、遠い記憶を。

 

 ――だから私は、最初から彼女のことが嫌いになったんだ。

 

 嫌いにならなければ、自我を保てなかったから。

 未来の王妃となるべく美を追求していた前生で、まさか平民に負けを認めるわけにはいかなかったから。

 

 ……だが、しかし。

 

 今生は話が別。

 私はもう、王妃になるプレッシャーなんて0。容姿で勝負もしていない。

 

 今なら、この感情を真っ直ぐに受け止められる。

 彼女の生来の愛らしさと美しさを、認められるんだから。

 

 私は気取られないよう、小さく呼吸を整えた。





「そうですね。シ……貴女の仰るとおり、『自由』と私も思います」

 あやうく名前を呼びそうになった。

「ウインリィ様、レーテル様、私も彼女と同意見です。

 この学園が平民と貴族を同室で学ばせるのは、分け隔て無い教育のため。

 去年は貴族しかいませんでしたが、今年からは誰もが平等に接するべきだと思うのです」

 

 私はシウラディアを見下ろした。

 彼女は頬を染め、目を潤ませて、伺うように私を覗き込んでいる。

 

 ――こりゃ殿下も骨抜きになるわけだわ。

 その上目遣いは反則なくらい可愛い。同じ女の私ですらそう思うんだから。

 

「最前列だと、ちょっと首が痛くなりますよね。私達くらいの身長なら、この辺りの位置が丁度いいです。私もこの席をお勧めしますわ」

 

 警戒と、少し興奮していそうな彼女に、意識して微笑みかける。敵じゃないよ、と教えるように。

 

 ふと気付くと、シウラディアはお腹の辺りで両手で拳を握っていた。

 その拳を、上からそっと両手で包み込む。

 

「ぴっ!?」

 独特な声を出して、シウラディア――いや、シウラディア様は、全身を震わせた。

 

「怖がらせてしまったらごめんなさい。こんな髪と肌の色だし、目つきも良くないから、無理ないですよね」

 そのまま膝を付いて、今度は私が彼女を見上げるような体勢になる。

 

「い、いえ、そんな、怖がっていたわけではありません。あまりにお美しくて、見惚れてしまって……」

「あら、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」

「お、お世辞だなんて……」

 

 ――平民の出でも、社交辞令はちゃんとしているらしい。

 今生では聖教会の教育もなかっただろうに、立派な子だ。

 

「もし良ければ、お隣さんになってもよろしいですか?」

 私は小首をかしげてそう尋ねた。

 

「も、もちろんです、よろしくお願いしましゅっ!」

 ブンブンと首を縦に振るシウラディア様。

 そんな一所懸命なところが小動物じみて、これまた可愛らしい。

 

 ――最強ならぬ(さい)()()なの、この子……?

 

「ふふっ、ありがとうございます。新しいお友達ができて嬉しいです」

 シウラディアの拳をゆっくりとほどいて、両手で握手した。

 

「はうぅ、わ、私も、嬉しいれしゅ……」

 

 ――シウラディア様って、こんな可愛い子だったんだ。

 前生ではそれを見る前に攻撃してしまっていたなあ。

 本当に、反省しかない。

 

 今生では、こんな子を素直に可愛がって良いなんて。

 回生できて、本当に良かった。

 

 ひとしきり握手してから、手を離して立ち上がる。

 

 そして、気まずそうにしていたウインリィ様とレーテル様に振り返った。

「お二人とも、私がこの席を気に入ってると知っていて、提言してくれたのですよね」

 

「「……えっ?」」

 

「ありがとうございます。周囲の注目を買ってでも私のために勇気を出してくれたこと自体は、凄く嬉しいです」

「い、いえ、そんな、滅相もございません……」

 ウインリィ様がバツが悪そうに頬を掻く。

 

「ですが、目つきをこーんなにされたお二人は見たくありません」

 言いながら、両目の端を人差し指で持ち上げる。

 次に、口の両端を持ち上げて見せた。

「どうか、口の方をこうして、新しいクラスメイトを迎え入れませんか?

 貴族の暗黙の了解を押しつけるだけでなく、共に歩み寄るお友達になりましょう。そちらの方が、ずっと素敵じゃないですか」

 

 そのまま笑顔で、頭を十度ほど右に傾けた。

 

「そ、そうですね……。確かに、席のルールなんて、知らなくて当然ですものね……」

 私にゴリ押しされたウインリィ様が言ってくれる。

 

「ああ、ルナリア様お可愛らしい……鼻血出ちゃいそう……」

 ……レーテル様は私の話ちゃんと聞いていたか怪しいけど。

 

 ちなみに、二人とも私のファンクラブ会員だ。

 

 それから二人は頭は下げないまでも、シウラディアに謝罪を言ってから席に戻っていった。

 

 ――前生の私くらい歪んだ子供なんて、そうそう居ないよね。

 二人が根は優しい子で本当に良かった、と思う。

 

 私はそのままシウラディア様の隣に座った。

 

「あ、あの、すみません、知らなかったとはいえ、お席を取ってしまって」

 シウラディア様が、どこかカクカクとした動きでペコリと頭を下げる。

 

「とんでもございません。お気になさらず。席一つより、貴女と知り合えた事がよっぽど大切で貴重ですから」

 

 そう微笑みかけると、シウラディア様はさらに頬を紅潮させた。

 

「と、いつまでも貴女呼ばわりは失礼ですわね。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「え、あ、はい、シウラディア、と言います」

「シウラディア様。私はルナリア・ゼー・トルスギットと申します。以後お見知りおきを」

「と、トルスギット!? まさか、公爵様ですか?」

「私の父が、公爵の位を賜っております」

 

 笑みを絶やさず、微妙に訂正しておく。

 

「まさか公爵様とは知らず、本当に申し訳ございません……」

 深々と頭を下げられた。

 まさに平身低頭という感じ。

 

 ――うーん、苗字まで名乗ったの失敗だったかしら。

 今になって「敬語なんか使うな」と言ったロマの気持ちが少し分かってしまった。こうへりくだられても、別に気分は良くない。

 

「シウラディア様。公爵なのはお父様で、自分はただの小娘ですわ。そう恐縮なさらないでくださいませ」

「そんな、私みたいな卑賤の者がお言葉を交わすのもおこがましいです……」

 ちらりと私の顔を見る。そしてすぐ俯いてしまった。

 

「本来、『リーダーを決め、みんなで国を良くしよう』と初代国王が考案したのが今の貴族制度です。

 領地と領民を管理するに足る、と認められた者が『貴族』であり、まさか平民を蔑む事が目的であろうはずもございません」

 

 そこで再びシウラディア様の右手を左手でそっと握った。

 どうにか、その緊張を解いてくれれば、と願って。

 

「それに、学園は家格に関係なく教育の場を設けることが第一義。私がどこの家の娘だろうと、無関係ですとも。

 なので、そんなに怯えないでください。さきほどのお二人同様、こうして暮らしていきましょう?」

 右手の人差し指で自分の口角を持ち上げて見せる。

 

「……こう、ですか」

 シウラディア様は私の真似をして、左手の人差し指で口の端を持ち上げた。

 

「もっと言うと、こうです♪」

 左手を伸ばして、シウラディア様の右唇を上げる。

 

「ふにやぁ……」

 相変わらず独特な声でシウラディア様は呻いた。

 

「うん、やっぱりこっちの方が可愛らしいですね!」

 ――次は指なんて無くても、笑った顔が見てみたい。

 

「そんな、ルナリア様の方が数百倍は可愛らしいでしゅっ」

 ――嬉しいは嬉しいけど、今はお世辞は要らないんだけどなあ。

 

 どうにも、この子はこの子で貴族に偏見持ってるように感じる。これから少しずつ、解きほぐしてあげたい。

 

 ……それが、聖女という輝かしい未来を奪ってしまった罪滅ぼしに少しでもなるといいな。

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