9歳-2-
それから、あっという間に4ヶ月が経った。
お父様に言われた日の翌日から、勉強やダンスの時間が増え。
読み書きと計算だけだった勉強も、政治経済、聖教学、自国史、他国史、他人種学、理学、生物学、マナー、帝王学、楽器演奏などなど……増えていった。
読み書き計算も難易度は上がっていくし、ダンスも厳しくコンマの世界の精度を求められる。
まあ、といっても二回目の人生。全部分かっていたことだし、難しくはない。
ただ、うまくやり過ぎると、先生もどんどん難易度を上げていくから、ほどほどに失敗を見せるのも大事。
所詮9歳児……と思っている相手だし、その辺の駆け引きはさほど難しくない。
私の方は順調なんだけれど……
ここ最近、気になることがある。
レナだ。
レナは1ヶ月前、7歳になった。
誕生日パーティーでは、相変わらず私の膝の上がお気に入りで。
白いドレスが似合ってて! まさに天使で! 私のプレゼント(クマのぬいぐるみ)を抱えてる姿は悶えちゃうくらい愛らしくて! 7歳と思えないくらい他の貴族や王宮の方々への敬語もバッチリで! 天才! 最高! 本当にレナは私なんかの妹にはもったいない!
――って、違う違う。いや、違わないんだけど。思考が逸れている。
誕生日の翌日から、レナの様子が変わったのだ。
なんだか、元気がなくなった。
昼間、私と居るときは基本的に笑顔だけど、不意に寂しそうな顔をするようになった。
あと、夜や深夜に私のところに来ちゃうこともなくなった。
理由は分かっている。前生でもそうだった。
7歳になった翌日から、レナは一人でお風呂に入り一人で寝るよう、お父様に言われたのだ。
寝ぼけて私の所に来るのも、以前は見逃されてたけど、今はフランが止めて部屋に戻してしまう。
これも、この国の貴族教育の一環だ。
この国、オルトゥーラ王国の貴族は、自立を尊ぶ。
親と同衾で眠るというのは、貴族として未熟、と見なされる。
そのため、今のレナはお母様の寝室を出入り禁止とになり、お風呂もお母様との入浴は禁止された。
フランや他のメイドも同衾は禁止、お風呂ではフランが服を着たままお世話をしている。
――ちなみに私は5歳の時に自分から言い出して、以降一人お風呂一人睡眠を続けてる。
とにかく子供扱い、未熟者扱いが嫌で。
(……今思うと、甘えられる内に甘えておけば良かったのに)
私は前生では、そんなレナに何もしなかった。
レナが寂しがってるのは明白なのに、放っておいた。
――前生の私は、『それが貴族だし』と思って。
なんなら、『私はもっと早かったし』と内心マウントとってた気もする。
(……全く、自分で自分をぶん殴ってやりたいわ)
†
ということで。
レナの異常を察してから、およそ3週間。
私はこの国の貴族のルールが書かれた冊子――貴族基訓という――を持って、レナの部屋の扉をノックした。
「……はい、どうぞ」
レナの声。
「失礼するね」
ドアを開けると、レナの輝かんばかりの微笑。
――どうしていつ見ても可愛いの! この子はもう!
「お姉様!」
「今お話ししても平気?」
「はい、もちろんです! どうぞ、こちらへ」
ということで中へ。
フランに案内されて、ソファに座った。
レナは笑顔のまま私の方に来ようとして……ふと、足を止めた。
そのまま方向を変えて、私の対面に座る。
「どうしたの? 膝の上来てくれないの?」
「えっと……いつまでもお膝の上に乗っては、お姉様の迷惑と思いますので……」
「迷惑なんかじゃないよ?」
「ですが……」
「違うよね。昼間私と一緒だと、夜一人になったときに寂しくなるからだよね」
レナが動きを止めた。
「……寂しい、というより……、私は、貴族なので、自立をしていかないと……」
「フラン。貴女から見て、最近のレナはどうかしら? 寂しがってない?」
強がるレナを一旦置いて、フランに尋ねた。
「それは……寂しがって、いらっしゃると存じます。
毎晩、ルナリア様からいただいたぬいぐるみを抱いてないと、寝られない、と。ちょっと探して見当たらないだけで、泣き出してしまいますので……」
「フラン!? なんで言っちゃうの!?」
レナが泣きそうな顔でフランを遮る。
「レナ。フランを怒らないであげて。……というか、今のレナは誰が見ても一目瞭然よ。あとプレゼント大事にしてくれてありがと」
「ううっ……」
私はもう一度立ち上がり、立ったままのレナの後ろに回った。
そのまま抱えるようにソファに座る。半ば強制的に膝の上に乗せた。
「いじわるしてごめんねレナ。でも、もう泣かなくていいのよ!」
そのままテーブルの上に貴族基訓を置いて、中を開く。
「この3週間くらい、色々調べたの。で、気付いたの!」
貴族基訓、第六条の二を指さす。
「ここに、こう書いてある。『両親や使用人に頼らず、自身の睡眠時間を管理すること』」
次にその下、第六条の三に指を移した。
「で、その下に『両親に頼らず、自身の入浴と身の清潔を管理すること。使用人は、あくまでその補佐にとどめること』ってあるでしょ?」
「……はい。そうですね」
「つまり、姉はダメじゃないのよ!」
……静寂。
私の位置から、今のレナの表情は見えない。
「……でも、その……第六条の一に『貴族は、自身の身の回りを自身で管理し、自立すべしこと』って書いてあります……」
レナがその部分を指さす。
「でもその後に、こう書いてあるわ。『自立している者同士が協力するが故に、我が国は発展する。各位、特に幼少時は自身の自立を優先すべきこと』って」
「はい。なので……お姉様も、ダメなんじゃないでしょうか……?」
「ダメじゃないわ。どこにも『姉』なんて書かれてないんだから」
真っ向から否定する。
「…………」
少し混乱した様子で、レナが半分だけ私に振り返る。かわいい。
「お父様とお話ししたとき、私とも寝たりお風呂入ったらダメ、って言われた?」
「……いえ、言われては、いませんが……。とにかく、『自立しなさい』と」
「でしょう?
貴族の兄弟姉妹って、将来的にはお互い協力して家を盛り立てなきゃいけないんだから。
今まさに、私たちは協力すべき時なのよ! 私たちがお風呂とベッドを一緒にするのは、むしろ良いことなの! だって『自立している同士が協力』って書いてあるんだもん!」
意気を巻いてそう解説すると、レナはポカンとしていた。
――7歳の子には、ちょっと難しかったかな?
いやまあ、そんなこと言ったら9歳でも難しいレベルかもしれないけど。
「……失礼ですが、ルナリア様」
と、ここまで黙ってたエルザが口を開いた。
「それは、『自立している者同士』に当てはまるのでしょうか……?」
「じゃあ逆に聞くけど、『自立』の定義って何?」
「それは……一人で眠れるようになり、使用人の補助はあれど、一人でお風呂に入れるようになることかと」
「貴族基訓には『一人で』なんてひとつも書いてないわ」
3週間考えてきた私は、そんな反論も予測済みだ。
「『親』と『使用人』以外に禁止された存在は書かれてないの。
我が国の『自立』のルールは、あくまで『親や使用人と寝ない、親や使用人と一緒に入浴しない』のみ。少なくとも、貴族基訓からはそうとしか読み取れない」
「……言われてみれば、確かに、おっしゃるとおりですね……」
エルザは顎を押さえて小声で唸っていた。
「そうそう。もし姉もダメならそう書いておきなさいよ、って話。書いてないんだから、OKって判断するしかないでしょ?」
「お姉様、凄いです……!」
レナが体ごと振り返る。
「そうなの。レナのお姉様は、ちょっとだけ凄いんだから!」
ぎゅっ、とレナを抱きしめる。
「えへへ、お姉様ー」
レナが抱き返してくれる。
――ああ、幸せ……♪
3週間、いろいろ考えてきた甲斐があったわ!
「よし、じゃあ今日からお風呂とベッド一緒に入ろー」
そう右拳を突き上げる。
「入ろー!」
レナも嬉しそうに、勢いよく左拳を突き上げた。
お互いに、自然と笑い出す。
すると、エルザとフランもつられたように笑ってくれた。
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