12歳-39-
帰りの馬車の中。
「……しかし、あらためて、とんでもないのう……」
自分の右手を握ったり開いたりするロマ。
今、ロマは私の膝の上。
もちろん大歓迎なので、ロマのお腹に両手を回し、落ちないよう抱き寄せている。
「未だに走馬灯の最中じゃないかと疑ってしまうが……この背中のぬくもりがある以上、現実と認めざるをえんのじゃろうな」
言って、ロマは姿勢を正した。
同じ馬車に乗る七人を見渡す。
――馬車に乗り込むとき、ロマは皆にこう言った。
『悪魔は討った。が、戦いの余波でこのような姿になってしまった。詳しい説明は帰ったらする故、帰路は少し休ませてほしい』
その後、バアル戦に居たメンバー全員を馬車に招き入れたのだ。
「さて。お主らと馬車を共にしたのは他でもない。今日見聞きしたことに箝口令を敷くためじゃ」
「箝口令……ですか?」
団長が聞き返す。
「ルナリアが極聖を宿したことと、局所的に時間を巻き戻したことは聖女権限に於いて秘匿とする。お主らの上司や、聖教会が相手でもだ」
皆がざわつき始めた。
「……ロマ様。それは……」
団長が何かを言おうとして、でもその続きは出てこない。
「理由は二つ。一つは、ルナリアは王太子の婚約者候補。公になれば聖教会と王国がルナリアを奪い合う内戦に繋がりかねん」
――流石に戦争は大げさだと思うんだけどなあ……
「そしてもう一つ、ワシとルナリアの友情は聖教会の圧力によるもの。
ルナリアは本来、穏やかな生活を望んでおる。
にもかかわらず……ワシが心配だと駄々をこねて、極聖剣を披露してくれた」
(駄々って……)
まあ、そうなんだけど。言い方よ……。
「故に、ワシはこの親友をなにより優先させてもらう。
極聖剣は100歩……いや、1000歩譲ってなんとかなるとしても、時間逆行はルナリアの人生が変わる。
なんとしても口外は許さん。
反した者は、我が敵となることを肝に銘じておけ」
ロマの瞳が淡く光る。
……それは、威嚇のように。
(……ああ、そうか……)
やっと、理解した。
「……皆さん、ごめんなさい」
ロマを抱えたまま頭を下げる。
「なによりロマもごめんなさい。二日前、軽い気持ちで秘密にして欲しい、と言っちゃいました。
昔、王宮に隠してもらってることがあるですが、その時と同じ感覚で居たんです」
顔を上げる。ロマが私のことを心配そうに、どこか申し訳なさそうに覗き込んでいた。
――本当に、良い子なんだから。
「ロマに隠し事をさせたのは私です。こんな脅迫みたいなことをさせたのは私のせいです。本当に、ごめんなさい」
「よさんか。お主が謝る必要ない」
ロマが私の顔に手を伸ばす。
「……皆さんが普通の騎士やプリーストだったら、私は箝口令に乗ってたと思います。
でも、ロマを助けたあとの皆さんの反応を見て、思ったんです。『皆、聖女だからとかじゃなくて、純粋にロマのことが好きなんだ』って。団長さんなんて涙まで流してましたし」
「ルナリア様、その、それこそどうかご内密に……」
団長が恥ずかしそうに俯くと、馬車の中の空気は一転。小さな笑い声が漂う。
「……そんな皆さんとロマの仲に、私の何気ない言葉でヒビを入れたんだと、今気付きました」
「お主が気にすることではない。ワシが勝手にしたこと。そもそも、最初は聖教会が友情を押しつけたんじゃ。お主は被害者なんだから、もっと毅然としておれ」
「ロマ。私は、権力で歪められるが何より嫌いなの。気に入らなければ、それこそ剣で斬り払うと決めた。
私がロマを好きなのは、誰から押しつけられたからでもないよ」
ロマは頬を染めて、「な、あ、お……」とうろたえていた。
小さくなったロマのそんな仕草が可愛くて、ぎゅっと抱き寄せる。
「皆さん、今の箝口令の話は忘れてくださって構いません。ロマを助けた結果、私に面倒が降り注ぐなら、全て受け入れます」
「待て。本当に気にするな。
前に食事の時に言っておったじゃろ? 将来は冒険したり、領地運営したり、店を開いたり、とにかく皆と平和に暮らしたい、と」
「うん。言ったね」
「なら、聖教会や王宮に知られたらなにがどうなるか分からん。良くても、厳重な監視が敷かれたり行動を制限されることは間違いないぞ」
「そうなったら、まあ、お互いの許容範囲を話し合うよ」
「……ならん。そんな甘い話ではない。お主は自由に生きよ。
皆、箝口令は絶対じゃ。背く者は容赦せん」
「ロマこそ、こんなに慕ってくれる人達に権力振りかざしちゃダメ! これまで散々お世話になってきたんでしょ!」
「……ワシにとって、お主は唯一無二。他の者と比べられるわけない」
「私だって、大好きなロマが助けられたんだから、未練なんて無いってば!」
「こ、この強情っ張り!」
「ロマはもっと部下を大事にしなさい! 箝口令なんてまかり通したらダメ! 一度通したら、次も『また黙らせればいい』ってなっちゃう!」
「じゃからしか! そこまで心配される謂れ無いと言うとる!」
「うっさいな! 親友だから心配するって言ってんでしょ! 権力振りかざしたら碌な未来が待ってないのよ!」
ぐぬぬ、と私を見上げて睨むロマ。
むむむ、とロマを見下ろして睨む私。
睨み合いがしばらく続いた時。
団長がおずおずと右手を挙げた。
「よろしいでしょうか」
私とロマは同時に団長を見る。
「整理すると、ロマ様はルナリア様の平穏を守りたい。
ルナリア様は、ロマ様が我々に命令したり強制させるのを止めたい。
そういうことで合ってますでしょうか?」
「……私の方は、概ねその通りです」
「ワシも異論無い。そも、命令できる地位と引き換えにワシは戦ってきたんじゃ。ルナリアの方が論として弱すぎる」
――そんなこと言われると、反論の言葉が思い浮かばないんだけど……
でも、嫌なものは嫌なのだ!
「お二方とも、大事なことをお忘れです」
団長は挙げていた右手を下ろす。
「ロマ様は14歳……肉体の方は7歳におなりですが。
ルナリア様は12歳。
両者とも未成年、子供です」
「……それがなにか?」
団長は小さく……優しく、笑った。
「ここに居るのは、お二人以外全員成人です。お二人の倍以上の者も少なくない」
「んなこたぁわかっとる。だからどうしたんじゃ」
「『子供に平穏に生きて欲しい』
『周囲を慮れる子に育って欲しい』
……どちらも、全ての大人の総意であります」
一瞬、しん、と静まりかえる馬車内。
轍の音だけが響く。
「私にも子供が居ます。二人。
もし下の子が将来を捨てて上の子を助ける決断をしたら、私は怒るでしょう。
上の子が下の子のために尊大に振る舞い、自分の信用を失うようなことをするなら、それも怒ります。
なぜかおわかりですか?」
私は分からず、ただ黙って彼を見つめていた。ロマも似たような心境だったかもしれない。
「子を守るのは、親の……、大人の役目だからです。
子が子を守るために犠牲になるなんて、そんなこと、本能レベルで忌避します」
優しい声で団長は言うけれど、その目は強い意志が灯っている。
「とはいえ、お二人は私の子ではありません。なので怒りはしません。ですが、気持ちとしては同じです。
……心優しい二人の子供を守れず、なにが聖教騎士か、プリーストか、聖教か。……そう、思います」
次に、他の六人を見渡した。
「帰ったら、俺達だけで話し合おう。大人の……義務とは言わん。責務とも言わん。ただ人生の先輩として、後輩にできることはなにか、という話し合いだ」
ヒルケさんとワァスさんとイレムさんが真っ先に頷いて、続いて他の皆も頷いてくれる。
「ちなみに話し合いの結論は『心ない者にルナリア様の力が露見しないよう、自主的に口を噤もう』です」
「……話し合いの前に結論が出るか、馬鹿者」
ロマが笑うと、みんなも笑い出した。
その一体感が、凄く暖かくて。
……その絆に、少しだけ嫉妬してしまいそう。
「……すでに結論が出ているなら、伝えておくとしよう。
ガース、それに皆。済まぬ。ありがとう。この恩は一生忘れん」
言って、ロマはまた頭を下げた。ガースというのが団長の名前なんだろう。
「ありがとう、ございます」
私も頭を下げた。
「ははは、話し合いの前にお礼を言われてしまったな。これは、それ以外の結論は出せなさそうだ」
団長が笑う。
そこで一緒に笑う皆も、すでに異論が無いことが分かって。
――ロマに感謝だなあ。
ひとえに、ロマの日頃の信頼による結論なのだから。
もちろん、だからといって安心はできないかもしれない。人の口に戸は立てられない。
でもそれは、箝口令でも一緒。
もし漏れても、仕方ない、と割り切るしかないのは変わらない。
――ただ、今度、一人一人ご挨拶に伺おうかな。
命令や利害ではなく、信頼で繋がる。
それを教えてくれた団長と皆さんに、ただただ頭が下がるばかりだった。




