12歳-38-
「バアル様……そんな、まさか……」
バアルの魂があった場所を見つめながら、女悪魔がよろよろと立ち上がる。
「貴女はどうする? 降参するなら命まで奪う気ないけど」
女悪魔は一瞬、横目でロマとヒルケさんの方を見て。
次の瞬間、人外の速度でそちらに走り出した。
「そんな大剣を持ったまま私の脚に届くまい! 寝ている聖女ごと魔人化して、私達の勝ちだ!」
――魔力剣生成、属性極聖。
「……ばか」
それを放ち、背後からその心臓を貫いた。
「ば、バアル、様……万歳……」
力を失った女悪魔が、ロマを庇うヒルケさんに触れる直前……。
黒いモヤになって、消えていった。
†
ロマとヒルケさんの元へ駆け寄る。
先に合流していた団長と聖教騎士の皆さんが一斉に私を見た。
――団長の表情は何を考えているのか、良く分からない。
(怒られる……よね……)
さっきの「ルナリア、戻れ!」がフラッシュバックした。温厚な彼の、あの怒声が。
――実際、思いつきが上手くいったから良いものの、事態が悪化した可能性だってある。
あくまで『聖女候補』でしかない私は、命令違反の咎は避けられない。
「あ、あの……すみませんでした……」
頭を下げようとした、次の瞬間……
団長が右手を地面に付けて跪いた。
後ろの騎士の皆さんも続いて同じ姿勢になる。
「ロマ様をお救いいただき、誠にありがとうございます!」
――へっ?
「制止するような命令を出し、申し訳ございませんでした……」
「そんな、頭を上げてください。私は命令違反したんですから……」
「とんでもございません! 我々の存在意義は聖女様ありき。
自分の命令など、ロマ様の救助を邪魔しようとしたと同義です」
「邪魔なんて、そんな……。こんな子供、信用できなくて当然ですから……」
助けを求めてヒルケさん達プリースト組を見るけど、まるで助けてくれそうにない。
「本当に、本当に、ありがとうございました……!」
団長の語尾は涙に振るえて、左手が目元に行っていた。
――どうしよう、ちょっと泣いてる……?
「ん、うぅ……」
と、そこでロマが目を覚ました。
「ロマ様!」
ヒルケさんが涙ぐみながら彼女の顔を覗く。
その声で団長や騎士の皆さんは立ち上がり、ロマのもとへ近寄った。
「お主ら……」
ロマは朦朧とした様子でヒルケさんを見、次に周りを見た。
そして私に目をとめて、
「……良かった。全員、常世に連れてしもうたかと思うたわ」
10分前よりだいぶ可愛くなったロマが微笑んだ。
「……私が負けた可能性もあるんじゃ?」
「お主があの程度の悪魔に負けるわけないじゃろ」
「まあ、実際そうだったけどさ」
あらためて、ゆっくり周りを見渡すロマ。
「……じゃが、だとしたら、どういうことじゃ。なぜワシは生きておる。夢か……?」
ヒルケさんを見上げる。
と、そこで違和感を覚えたか、自分の両手を目の前に持ってきた。
その両手は、さっきまでよりずっと小さく、指も短い。
「ロマは体だけ7歳に戻ったの」
「なに……?」
「ロマの体が過ごした時間を一つの流れに見立てて、それを7歳のところで斬り離した。だから、魂は14歳のまま、体は7歳の状態になってる。……ハズ」
ロマはしばらく、目をパチクリとさせた。
「……意味が分からん。
意味が分からんが……、確かに、体は小さくなっておる。
……信じるしか、無いんじゃろうな」
ロマがヒルケさんから降りる。
急に体のバランスが変わったからか、ふらふらとよろけてから、なんとか両足で立った。
「ごめんね」
そんなロマに、謝る。
「なにがじゃ?」
「7年前の状態に戻す以外、助ける方法を思い付かなかった」
「……それをなぜ謝る?」
「急に子供の体にさせられて、いろいろと不都合もあるだろうから」
「なにを。死ぬよりマシ……、いや、むしろ良かったくらいじゃ。ずいぶん体が軽くなり、胸の傷跡も消えた。
感謝こそすれ、謝られる由など無い」
そこでロマが私に向かって歩き出……
そうとして、やはり上手くバランスが取れず、転びそうになる。
そんなロマを前から抱き支えた。
「急に無理しないで。まだその体に慣れてないでしょ」
「……お主には驚かされてばかりじゃ。極聖魔法のエンチャントも規格外なのに、時間逆行など、もはや神の権能。これじゃ聖女の面目も立たん」
「まあ、そういうこともあるわよ。だって私、天才なんだもの」
「ふふっ、相変わらずじゃの」
ロマが私の背中に手を回して、抱きしめてくる。
「……ありがとう。誰も死なずに済んだ。本当に、ありがとう……!」
「どういたしまして。……よっと」
そのままロマを抱っこして立ち上がった。
「急に体が縮んで負荷もあるでしょう。足下よちよちだし。今日は抱っこで帰りましょうね」
「子供扱いするな……、と言いたいところだが……」
「まあ、体は子供だし」
「全く、ぐうの音も出ん。良きに計らえ」
この姿でこういうしゃべり方だと、なんだか大人ぶりたい子みたい。
なんだかもう一人妹ができた気分で、私はみんなと帰路についた。




