12歳-37-
「ただの人間が悪魔に敵うわけない、と聖女も言っていただろう。愚か者どもめ」
女の悪魔が、団長達を軽蔑するように吐き捨てる。
「命が要らぬなら、全員魔人に作り替えてや……ぐぁっ!?」
突然バアルが苦しそうに胸元を押さえた。
「バアル様? どうし……きゃあ!」
バアルに振り向いた女悪魔が、二本の光足に絡め取られた。
その光足は、ロマの背中から伸びている。
それを見て、聖教騎士達の進みが緩まった。
「お、のれ、聖女……!」
バアルが苦しそうに言う。
が、その右目がゆっくりと、元のロマの目に戻っていった。
「今じゃ! ワシの心臓を貫け!」
バアルの声が混じらない、純粋なロマの声が叫ぶ。
「抑えられる時間は長くない、急げ……」
そう言ってロマは苦しそうに呻いて胸を押さえる。バアルと魂で戦っているのだろう。
「ロマ様、今お助けします!」
団長が駆け寄ろうとする。
「ワシは、もう無理じゃ。心の臓は悪魔と融合しきり、肉体も完全に魔人化しておる。もう元には戻らん」
「ですが……」
「最後の命令じゃ。ワシごとバアルを殺せ」
静まりかえる人間達。
「……済まぬ。7年前、ワシが未熟だったばかりに、聖教会はしばし聖女を欠いてしまう……」
「ロマ、様……」
誰もが思っただろう。
7歳の自分に責任を感じるロマに対し、いかに自分が無力かと。
「……ルナリア」
ロマが私を見た。
「アイジェク・ドージは命を失う。できれば、お主に介錯願いたい。……頼めるか?」
冷や汗を流しながら、ロマは微かに笑みを浮かべて見せた。
――なんて、強い子なんだろう。
私は自分の死に際に、こんなに気高く居られなかった。
「……嫌よ。嫌に決まってるじゃない……!」
私はただ心の底から、首を左右に振る。
「まあ、そりゃそう、じゃな……。ならば、こっちの女悪魔だけ始末を頼む。
ワシの方は……、ヒルケ、頼めるか」
「無論です、ロマ様」
ヒルケさんがアイジェク・ドージを構える。
「面倒かけるな」
「……それが私の職務にして、至極でございました」
ロマもヒルケさんも、私には分からない幸せそうな笑顔を浮かべて。
ヒルケさんは、両目から静かに涙を零した。
「だ、だめ……」
と手を伸ばすも、代替案が浮かばない。
――考えろ、私。
駄々をこねるだけじゃ、なにも変わらない。
前生は自分で考えずに生きたから、最期まで幸せになれなかったんじゃないか。
考えろ。
悲しいから、とか、予想外だから、という言い訳で脳の回転を止めるな。
泣き言言ってる暇があるなら、脳みそ壊れるまで頭を使え!
今、この状況で、どうすれば全員を助けられる?
無理かも、なんて考えがよぎる時間も無駄だ!
今生の私なら、できると信じろ――!
「……時間が戻ればいいのに。7年前のあの時に……!」
ワァスさんが私の前で泣き崩れた。
(……『時間が戻れば』……!?)
私の中で、なにかがカチャリとハマった音がした。
ワァスさんの手をどかして、全身に補助魔法展開。
魔力足場を作り、聖教騎士団達を空から追い抜く。
そして、ロマと団長の間に降りた。
「ルナリア、戻れ!」
団長の怒号。
「全体停止! アイジェク・ドージもしまってください!」
私は負けじと、大きな声で叫んだ。
そしてロマに振り返る。
「……覚悟、決めてくれたか」
ロマが複雑な顔で私を見上げる。
「貴女を殺す覚悟なんて、一生決めないよ」
魔力剣を生成。
左手に持つ。
「私が決める覚悟なんて、ただ一つ。貴女を助ける覚悟よ。出会った頃からね」
魔力剣を上段に構えた。
「なにせ初めてだから、どうなるか分からないけど。ちょっと痛むかもしれないから、一応歯を食いしばって」
「なにを……?」
ロマが不思議そうに私と私の剣を見上げる。
「親孝行するんでしょ? 親より先に死ぬんじゃないわよ!」
そして思い切り、ロマに向かって振り下ろした。
†
10歳の頃、セレン先生が教えてくれた。
魔法とは、すなわち『イメージの具現化』だと。
そして剣とは、すなわち『斬るための道具』。
……ならば。
魔法剣の才能とは、『イメージしたものを斬る』才能と捉えられるのではないか。
そう、イメージだ。
護法剣だって、治癒剣だって、大魔力剣だって、極聖剣だって、最初から生成できたわけじゃない。
私がイメージしたから、習得できたんだ。
だったら、できるはず。
イメージさえできれば、自分に斬れない物はない。そう信じるんだ。
悪魔だろうが、神だろうが、運命だろうが……
――たとえ、時間だろうが。
融合しきったモノを綺麗に切り分けるイメージはできない。ミルクティーをミルクと紅茶に戻すことができないように。
だったら。
分離が無理なら。
融合前まで、時間を戻してしまえばいい!
†
斬りつけたロマは光を帯びて。
やがて、二つに分かれた。
一つは、小さな女の子。丁度7歳くらい。意識を失って、パタリと倒れ込む。
もう一つは、黒くて暗い、まがまがしいモヤのような塊。
魔力剣を消し、ガンガルフォンを鞘に収め、女の子の横で膝をつく。
鞘のベルトをくぐらせるようにブレザーを脱いで、ボロボロでブカブカになった聖衣ごと女の子を包んだ。
「……何だ、何が起きた……?」
黒いモヤの、低く響く声。
「時間の流れを斬り捨てたのよ」
女の子――7歳になったロマをお姫様だっこして、立ち上がる。
「ロマの体が過ごした14年、その後半の7年分を斬り落とした。その7年は無かったことになって、あなたが憑依した事実はなくなったし、ロマは7歳の体に戻ったの」
そこでヒルケさんがアイジェク・ドージを放り捨て、走ってきた。
スゥスゥ、と穏やかに呼吸するロマを二人で見る。
「ロマのこと、お願いできますか」
ロマをヒルケさんに差し出す。
「……はい。ありがとう、ございます……」
彼女はロマを受け取ると、抱えるように抱きしめて、一粒の涙をこぼした。
そのまま団長達の元へと戻る。
「……なるほど。貴様、創造神の眷属か……!」
黒いモヤがなにやら一人で納得していた。
「だが残念だったな。俺ごと7年前に戻したということは、俺の魂も全盛期に戻ったということだ! 当時の肉体の再現など取るに足らん」
嬉しそうに吼えて、黒いモヤが蠢く。
そのモヤは人の形を作り、段々と受肉を始めた。
「させるわけないでしょ」
ガンガルフォンを再度抜剣。
エンチャント、極聖!
ガンガルフォンが光り出す。
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・右手装備 ガンガルフォン+112(極聖)
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「指輪無しで極聖!? 神の眷属とはいえ、デタラメが過ぎるぞ、人間……!」
「もう二度と寄生なんかできないよう、この世から完璧に消してあげる」
上段に構えて。
「待っ……」
そのまま一気に振り下ろし、モヤを斬り裂いた。
モヤ……バアルの魂は二つに割れて、段々薄くなっていく。
「こんな、こんなことが……。俺の7年の雌伏が、こんな簡単に……」
「人間と和解する道が選べれば、こうならなかったわよ」
「天界の奴隷め……。
だが殺せば済んだ聖女をわざわざ助ける非効率は、いずれお前自身を蝕むだろう。
地獄から、その時を楽しみにしているよ!」
そう言い残して、バアルの魂は消えていった。
「……分かってないわね。誰かを見捨てて生きる方が、よっぽど地獄が待ってるものなんだから」
もう私の声なんて聞こえてないだろう虚空に向かって、小声で呟いた。




