12歳-35-
それから二日後。
私とロマを乗せた馬車が目的地に辿り着く。
ヘイムビックという、聖教区から東にある農村だ。
周りには聖教騎士団やプリーストの乗る馬車が合計八台。人数は五十人以上。
『聖女様が悪魔を倒すための露払い役です』と、同じ馬車の聖教騎士団団長は言っていた。
ちなみに私は『次期聖女候補の見学』という建前で付いてきた事になっている。――聖女なんかなる気ないので、申し訳ないけど。
ちなみのちなみに、ロマも過去、先代聖女から次期聖女候補とされていたらしい。
「ロマ様、ルナリア様、ご準備よろしいですか?」
団長がヘルムを被りながら尋ねてきた。
「うむ、問題ない」
ロマがゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫です」
私もガンガルフォンのベルトを締めながら頷いた。
部外者に鎧や法衣を用意されるわけもなく、この中で私だけが学園の制服。
「では参りましょう。……ヒルケ、お二人は任せるぞ」
「はい」
今回はプリーストも聖教騎士団団長に指揮されるらしい。
ロマが出撃するときは聖教騎士団団長か神官長――プリーストの長――どちらかが聖教会本部に残るためだ。
「お二人とも、私の後ろに」
ヒルケさんが私達の前に。
そのまま彼女について、ロマと私は馬車を出た。
外は気持ち良い風が吹いている。
ここは小高い丘の上。遠くに山々が望めて、空気が美味しい。
眼下にはのどかな村が見えた……
はずだったんだろう。
今は、壊れた家屋、抉れた畑、荒れた牧場。
廃墟と化したその村は、昼過ぎにもかかわらず人の姿は見当たらない。ときどき動く物といえば、徘徊する異形の魔物だけ。
「ここからは徒歩になります。これ以上近づくと、馬が魔物化してしまうので」
ここに来るまで聞いた話では、悪魔はそこに居るだけで動物を魔物に変質させる瘴気を発しているそうだ。
人間や亜人は瘴気に触れただけではなんともない。が、悪魔の手などから直接瘴気を注入されると、魔人化してしまう。
つまり、悪魔に掴まるな、ということだ。
私達三人と団長は隊列の中央に配置され、そのまま全員で丘を降りていく。
「今回の悪魔は、村を滅ぼした後も留まっていることが確認されています」
団長が説明してくれた。
「村人もほとんどが逃げ出し、魔人も未確認。魔物も少数で、周囲の村落を襲撃する素振りもない。
どうも、これまでと様子が異なります」
「ここまで被害が少ないのは珍しいが、前例がないわけではないじゃろ。未熟な悪魔の暴走だったり、先に村人が悪魔に気付いたり」
ロマが団長を補足した。
「そうなのですが……。これがもし、敵の作戦だとしたら……」
「……したら、その心は?」
「聖女を……ロマ様をおびき出すためではないか、と」
「そんなことして悪魔になんの利がある?」
「普通に考えればありません。大勢を逃がせば情報が広まるのも早まりますし、移動しなければ聖女の向かう先も分かりやすい」
「そうすれば、聖女と接触するのも早くなる」
「ですが、それ自体が目的なら、行動が消極的なのも説明が付きます」
「今回の悪魔は、ワシとタイマンをしたがっているということか?」
――いやいや、タイマンというより……
「ロマをおびき出すためじゃない?」
私はそう言ってみた。
「はい。憶測ですが」
団長は小さく頷いて私を見る。
「んなことしたら、滅ぼされるリスクが増すだけと思うが……」
「返り討ちにできる策があるのかもよ」
――そして、前生では本当に返り討ちにされた。
そう考えれば、辻褄が合ってしまう。
「もちろん何も考えてない可能性もあります。が、警戒はしておくに越したことはないかと」
団長が言いたかったのは、つまりそれだったようだ。
「無論じゃ。たとえ100%罠だとしても、ワシが出向かんわけにもいかん」
「ご尤もです。……申し訳ありません」
団長が表情を陰らせる。
「何度も言わすな。謝る必要なぞない。それがお主の職務じゃろ」
ロマは呆れたように目を細めた。
「ルナリア、此奴はワシが聖女になってからずっとこの調子じゃ。『聖女を守るために聖教騎士になったのに、実際は聖女を戦わせて見物してるだけ』とな」
「……ロマ様。まだ外部の方に、そういったお話は……」
――今の聖教騎士団団長は、実直な人みたいだ。
だからこそ皆に認められて、団長になれたのかな。
「だったら、大丈夫です団長さん」
私は彼を見上げて言う。
「団長さんの夢は、私が叶えますから」
†
およそ20分後。
散発的な戦闘報告はあれど、負傷者は0。
進行に支障なく、予定より早めに村の門に辿り着いた。
「悪魔は村長の家を拠点にしていた、と村民から報告が上がっています。予定通り、まずはそこを調べてみましょう」
「うむ。それ以外の探索は任せた」
「はっ」
団長の指揮で、村に展開する部隊が先に。続いてロマとその護衛部隊が門をくぐる。
ロマの護衛部隊は団長とヒルケさん、そして学園でも側近のプリースト二人――名前はワァスさんとイレムさん――。さらに三名の聖教騎士。あとオマケで私。
「ルナリア様。ロマ様が戦闘中は、なるべく誰かの側から離れませんようお願いします」
団長が私を真っ直ぐ見下ろす。
「はい」
微塵も従う気ないけど、にっこり笑っておいた。
ヒルケさんと目が合う。
彼女は『苦笑いにならないよう注意してます!』と言わんばかりのガチガチな苦笑いを浮かべていた。
――ロマとは『極聖剣はできるだけ隠す』という話になっている。もちろんヒルケさんも知ってるから、そんな顔になっちゃうんだろう。
道を進む。
途中で村の探索部隊と別れ。
……緊張でヒリついた空気の中、九人で村の中心に近づいていった。
「ルナリア、一応言うとく」
声をかけられて、ロマを見た。
「もしもの時は、自分の安全を優先するんじゃぞ」
一瞬の間。
――なんて答えよう。
「……なるほど」
とりあえずそう声を発しておいた。
「なんじゃ、なるほどって」
「ロマは本当、聖女にふさわしいなあ、って」
「なんのこっちゃ」
「『何があっても自分を守れ』って言って良い身分なのに。これが本物の聖女なんだな、って。
わざわざ今言ったのは、この人達の前なら言えるからでしょう?」
「……いいから。『分かった』と答えんかい」
「相手がロマじゃなかったら答えるよ。でも、私が嘘つくとロマ悲しそうなんだもん」
「なっ……!?」
瞬間で顔が真っ赤になるロマ。
「ロマと離れたくないからついてきたのに、そんなこと言うわけない。……あ、もしかして、そう言わせたかったの?」
「ん、んなわけなかろう! この痴れ者が!」
耳まで赤くしたロマに信憑性がなさ過ぎて、思わず笑ってしまった。
――もちろん、ロマが本心で私の心配してくれてるのは分かってるけどさ。
ロマの側近の三人は、無声だけど口元に手を当てて笑っている。
そして五人の男性陣は、驚いたように私達を窺っていた。
「あのロマ様が、取り乱されている……」
どうやら聖教会では威厳あるフリをしてるみたいだ。




