12歳-34-
そんなこんなで、ロマと出会ってから一ヶ月。
入学から四ヶ月が経った、ある日の夕飯時。
「明日からしばらく留守にする」
とロマが切り出した。
「ああ、そうなん?」
すっかり砕けた口調のショコラ。
「何日くらいなんだ?」
「分からん。最短でも二日、状況次第ではもっとかかるじゃろう」
全寮制の中央学園で、普通に授業があるこの時期に、学生である彼女が二日以上出かける用事……
一つしか心当たりが無い。
「……悪魔退治?」
ほとんど確信しつつも尋ねた。
「まあ、わからいでか。一応、内密にしておいてくれ」
わからいでか、が分からなかったけど、『分からないわけないか』という意味なのだろう。多分。
――もしかしてこれが、ロマの死因……?
前生で私が聖女の死を知ったのは、二学期の最初。丸一日、学園全体で葬儀が行われた。……遺影もないまま。
つまり、今から二ヶ月以上先。
まだ死には早い……気もする。
――けど、聖女の死という大きなニュースを、二ヶ月隠蔽されていたとしたら?
世の中への影響を考えたら、あり得なくはないのではないか。
……警戒するに越したことはない。
「ロマ、私も連れて行って」
ロマと、ちょうど給仕に来ていたプリーストが、同時に私を見た。ちなみに彼女の名はヒルケという。前にエルザと似てる気がした人だ。
「……どういう心算じゃ?」
ロマが訝しげに眉を寄せた。
(やば、なんて言おう……)
咄嗟に言っちゃったから、上手い言い訳が出てこない。
「友人を心配するのに、理由などないかと」
そこでヒルケさんの助け船。
ロマの一番の側近である彼女は、どこか嬉しそうだった。
「なるほど……。じゃが、それはこちらも同じじゃ。
悪魔と呼ばれる奴らに普通の魔法や戦技はほぼ通用せん。唯一通用するのが極聖魔法のみだから、ワシが出向くのじゃ」
「……分かってる。分かってる、けど……」
思わず掌に爪が刺さる。
――このままじゃ、ロマが死んじゃうかもしれないのに……!
「お主がいくら強くても、連れて行くのは危険すぎる。
なぁに、対人戦では劣るが、悪魔相手なら後れはとらんよ。聖教騎士やプリーストも仰山付いてくる」
言って、ロマは微笑む。
「……じゃが、心配してくれてありがとう。こんなに嬉しい気持ちになったのは、先代聖女が生きていた以来かもしれん。
土産を持って帰るから、またこうしてメシに誘ってくれ」
そしてロマは、歯を見せて笑った。
――ロマの言うことは、分かる。
分かるけれど……でも。
(決めたんだ。残酷な未来から守る、と)
この私が決めたのだから、それは絶対なのだ。
拳をほどいて、立ち上がる。
そして、壁に立てかけてあるガンガルフォンに歩き出した。
「私は、なんせ魔法剣の天才だから。知ったモノならなんでも習得できる。時間もかからず、すぐに」
ガンガルフォンを手に取る。
鞘から抜き放って、魔力神経起動。
「この一ヶ月、極聖魔法は散々見せてもらった。
それを、今からエンチャントしてみる。できたら私を連れて行って」
「お主が天才なのは知っておる。だがな、極聖は神聖を極めた上で、なお天の指輪の力を借りて初めて成るもの。
人間が単独で得るなど不可能じゃよ」
「なら、交渉は成立でいいわね?」
「……まあ、極聖が本当に使えたら、断る口実もなくなる。だがその代わり、できなければすっぱり諦めて留守番するんじゃぞ」
「分かってるって」
エンチャント開始。
……次の瞬間、黄金の光を纏うガンガルフォンがあった。
=============
・右手装備 ガンガルフォン+1(極聖)
=============
音を立てて尻餅をついたのは、ヒルケさん。
「見覚えある光だね」
「……まさか、ありえん……。極聖の指輪もなく、極聖を再現するなど……」
「私も、確信はなかったけど……」
――でも、創造神様から授かった才能なんだから、できる可能性は高いとも思っていた。
ロマの指輪は天使(ロマが天女と呼んでる存在。天女は天使の古い呼び方)から貰う物。
私の魔法剣は、その天使の上司……創造神様から得た物。
理屈の上では習得できないわけない、と。
「まだ、お主に驚かされることがあるとはな……」
「ともかく、これで私も一緒だからね」
「……げに恐ろしき女よ。この瞬間、お主は聖女なんぞより遥かに重要人物に格上げじゃぞ」
「じゃあ、このことはくれぐれも秘密で。面倒ごとはごめんなので。プリーストの皆さんもお願いします」
腰を抜かしたままのヒルケさんと目が合う。
「ワシからも命ずる。……此奴の存在は、政治的に高度過ぎる。口外すれば、最悪王宮と聖教会の内戦もあり得ることを肝に銘じておけ」
「か、かしこまりました……」
震える声でヒルケさんがコクコク頷く。
「しかし……まさか、誰かと共闘できる日が来るとはな。初めて、寂しくない悪魔討伐になりそうじゃ」
「……もう、急に可愛いこと言わないでよ」
「くくく、普段とのギャップに萌えるじゃろ?」
犬歯を剥き出すロマに、私も小さく笑っちゃった。
「俺も連れて行ってくれ」
と、そこでショコラも立ち上がった。
「なに?」
「ルナが戦いに行くなら、俺も行く」
「……バカタレ。さっきと同じことを言わすな。いくら強くても、一般の子供を連れて行けん」
「でも……」
ロマが二本指を立てる。
「理由は二つ。一つは、悪魔は近くの動物を都合の良い生き物に作り替える。『魔物』とか『魔人』と呼ばれる存在にな。
こうなった生き物は二度と元に戻れん。
故に、聖教会で訓練も積んでいない、もちろん極聖も使えないお主を連れるリスクは負えん」
――『魔物』や『魔人』って言葉は聞いたことあるけど、そういう事だったんだ。
「二つ目は、聖教騎士達の士気が削がれる。
急に異分子が入ってきたらチームワークが成り立たなくなるなど、いちいち説明せんでもお主ならわかるであろう?」
「……だけど、俺は……」
言葉が途切れるショコラ。
次にロマが私を見た。
「お主としてはどうじゃ?」
――パルアス戦の時、その場に居られなかったことをショコラが後悔していたことは知っている。
私を心配してくれているのも、分かっているつもり。
……私はガンガルフォンを置いて、ショコラの頬に両手で触れた。
「もし逆の立場だったら、ショコラはどう思う?」
「……逆の立場……?」
「ショコラはロマを手伝える力を持ってるけど、私は持ってない。でも、私が付いていきたい、って言い出したら。どうする?」
「……卑怯だ、そんなたとえ……」
「うん。それが、私の答えだよ」
背中に左腕を回して、ぎゅっ。
右手で頭を撫でる。
「ショコラに万が一があったら、私は自分を一生許せない。
そして、私の極聖剣みたいな、不安を払拭できる理由をショコラは持ってない。
だから私は、ショコラを連れて行かない」
「そんなの……俺だって、お前に何かあったら、俺は……。後追い、するかもしれない」
「うん。じゃあ、もしもその時は、後追いしてね」
ロマが後ろで息を呑む音が聞こえた。
「もちろん、そんなことにならないようにする。ショコラやエルザ、それになによりレナを置いて死ぬ気なんて無い。
……でもね。だからって、ロマを『いってらっしゃい』って見送るだけなのも、嫌なのよ」
「ワガママすぎるだろ。レナが一番なら、レナだけに絞ればいいじゃねえか。なんで全員、手に入れようとしてやがる」
「いまさらでしょ? 『なんで』なんて、決まってる。
私が、そうしたいからよ」
囁くように、けれど強い意志で。
「ショコラは私のなんだから。私のワガママ、嫌でも付き合って貰うから」
ショコラはハッ、と吐息のように笑った。
「置いて行かれるのが、ワガママに付き合うって事かよ」
「今回はそういうことになるね」
「つくづく、とんでもないご主人様に掴まっちまったもんだ」
「諦めて、一生添い遂げてね」
「一個教えてやるよ」
ショコラが顔を上げて、泣き笑いのような顔で、私の胸に手を置いた。
「こういうのを、『たらし込む』って言うんだ。『仲良く』なんかとんでもねえ。
向いてねえから、やめておけよ」
「……またそういう言葉遣いする。
いいわ。帰ったらじっくり、『たらし込む』なんて言葉使わないよう、たらし込んであげるから」
「奴隷の調教に余念がねえご主人様なこって」
「口が悪くて忠誠心満点で可愛い奴隷の方が悪いと思うけど?」
「……いちいちたらし込み方が上手いんだよ。当たり前のように嬉しくなる言葉使うな」
「んなこと言われたって、本音だし」
「だから……」
とん、とショコラが私の胸を軽く押して、体を離した。
「あー、まあいい。前にアンタの邪魔したくねえ、って言ったのは俺だ。
もう邪魔しないから、とっととロマもハーレム要員にしてきやがれ」
「だーかーらー! そういう言葉遣いするな、って言ってるでしょ!」
抗議すると、ショコラは満足そうに口角を上げて笑った。
「……これは、あれか。ヒルケ」
「はい」
「痴話喧嘩と、その後の惚気を見せつけられた、ということじゃな?」
「その通りかと存じます」
「……人の部屋でやるなこの馬鹿者ども! 見てるこっちが恥ずかしいわ!」




