12歳-33-
そうしてロマの過去を興味深く聞いていると、エルザがちらりと懐中時計を見た。
「エルザ、今何時?」
エルザは『まさか嘘だろお前』みたいな顔で、
「……16時になりました」
と答えた。
「もうそんな時間? ついつい聞き入っちゃった。ごめんロマ、そろそろ帰るわ」
そう言って立ち上がる。
「ルナリア様、流石に……」
エルザが私を止めようとする。
「構わんよ。用事でもあるんじゃろ?」
そんなエルザを止めるロマ。
「ショコラと訓練する時間なの。ロマも今日から参加する?」
「ふむ……。ワシの方はこれからどうなっておったかの?」
ロマがプリーストの一人に尋ねた。
「問題ありません、変更させます」
「よし。ならワシも共に行かせてもらおう」
「いやいや、先約あるならそっち優先してよ、気になるでしょ」
「気にするな。お主との親交を深める以上の予定などない」
「別に、明日でもいつでも相手するから……」
「鉄は熱いうちに打つべきだし、友はなりたてのうちに距離を縮めんといかん」
「だから、そういう戦略みたいなのはぺらぺら喋らないの」
「そうか? 腹に一物ある奴の方が鬱陶しかろう」
「いやまあ、それも一理あるけど……」
「しかし、友がそれを嫌だというなら、考えを改めるのもまた友情か……」
思わずため息が出ちゃった。
「わかった、もういいよ、そのままのロマで」
「ふっ、ワシの魅力が分かってきたかの?」
「だから自分で言うなって……」
イタズラに成功した子供のように笑って、ロマも立ち上がる。
そうして、ロマと並んで部屋を出た。
後ろでは何やらプリーストの皆さんがてんやわんやしていたが……。私が気に病んでも仕方ない。意識を切り替える。
「……ねえ、ロマ」
「なんじゃ」
「将来、やりたいこととかある?」
「やりたいこと? そりゃまあ、人並みにはな」
「たとえば?」
「悪魔を滅ぼす。聖女を継いだのは、そのためじゃ」
「……いきなり人並みじゃないけど」
「あとは、生きてるうちに親に恩返ししてやらねばとは思うとる」
心臓が跳ねる。
(まさか、自分の死期を察して……?)
「先代聖女は恩を返す前に逝きおった。古竜というだけあって彼奴も三千年以上生きとるらしいし、いつなにがあってもおかしくない。
だが、なにを聞いても大して答えんのよ」
――びっくりした。古竜の方の寿命ね。
「普通なら孫の顔でも見せるところじゃが、『お前が繁殖したからどうしたんだ?』と言われるだけだろう。まあ、いずれなにか見つけてみせるわ」
「いいね。応援するよ」
「……なんじゃ? なに企んどる?」
変に勘が良いロマ。
……いきなり将来の話なんて振った私が悪いのかもだけど。
「企んでなんか無いよ。……ただ、あらためて決意を固めただけ」
「なんのこっちゃ」
――親へ恩返ししたいなんて言われちゃ、こっちもグッと来ちゃう。
「諦めない。全部手に入れる。私が今、生きている意義そのものを」
ロマにも聞こえないくらいの小声で、呟いた。
†
これまで、学園でのショコラとの訓練は、屋敷の頃より慎ましかった。当然だけど。
が、ロマも混じるようになってから、聖教会の鍛錬所を使えるようにしてくれて、トルスギットの屋敷と同等以上な環境に。
さらにロマやプリーストの皆さんが形代の魔法を使えるため、私達の訓練は俄然、充実度を増していった。
ロマもロマで、これまで悪魔戦に特化してきたからか、ショコラの駆け引きや状況把握、判断の速さに目を丸くして。
すぐにショコラと模擬戦するのが楽しくなったらしく、私の訓練時間が多少減ってしまったのが、玉に瑕だ。
†
ロマと出会って3日目の、訓練前。
聖教会の訓練所。
ショコラが、
「あの、私、獣人なのですが……」
とロマに向かって切り出した。
「? 見りゃ分かるが?」
ロマは不思議そうに小首をかしげる。
「いまさらですが……亜人の奴隷をこんなところまで入れてよろしいのですか?」
借りてきた猫ならぬ狼なショコラ。
「ルナリアと侍女をここに入れることは伝えとる。気にせんでええ」
「ロマ様はその……獣人が近くに居るなんて、お嫌ではないのですか?」
「? 別に? 『獣人は耳と尻尾の分、お得じゃな』くらいは思うが」
古竜に育てられた彼女には、人と獣人の差なんてその程度なんだろう。
「んなことより、とっとと始めるぞ。今日こそ遠目を得るまで付き合って貰うからな!」
嬉々としてショコラを引っ張るロマ。
……その光景に、なんだか私まで救われたような気分だ。
「ショコラ、ロマにも素で良いよ」
「……また無茶苦茶を仰りやがる」
ショコラが横目で私を睨んだ。
「敬語使ってたら、訓練中も遠慮が出ちゃうかもしれない。それじゃ訓練の意味ない」
「いや、でも俺の立場でそれは流石に……」
「ロマなら大丈夫よ。そろそろ貴女のトラウマも振り払わないと。私の時にみたいに、ボコボコにしてあげて」
「俺のトラウマを払拭するのに、なんで聖女様ボコボコにすんだよ……」
「よう分からんが、ショコラもネコ被っとったか。ならルナリアの言うとおり、さっさとやめよ」
「ほらね?」
「…………」
はあ、と一つ、ショコラは大きくため息をついた。
「どいつもこいつも大物すぎて、小物の心労も汲んでもらいたいもんだ」
「雇い主の胸ぐら掴んで回し蹴りする子が小物なわけないでしょ」
「はっはっはっ、なんじゃそりゃ。後で詳しゅう聞かせて貰うぞ!」
豪快に笑うロマに、ショコラは色々と諦めたように、ガサツに頭を掻いた。
その夜。
私のオススメでハンバーガーを買って、三人で夕食を摂った。
ショコラとの出会いから、正式に私の専属になるまでの話をすると、ロマは少しだけ涙ぐんで。
「最近涙もろくてのう。ワシも歳か」
「まだ成人すらしてないでしょ……」
それから、初日の身の上話のお礼じゃないけど、ショコラの話やトルスギット家の話、レナの話など、色々お喋りして……
気づけば夜になっていた。
「もうこんな時間じゃと!? 狐に化かされたようじゃな……」
「楽しい時間はあっという間ね」
「女三人寄れば姦しいというが、得心いったわ。三人寄ると楽しくなりすぎるから、姦しくなるんじゃな」
生まれて初めて主従関係のない女と三人寄ったロマは、しみじみとそう呟いていた。




