9歳-1-
そんなこんなで、回生から二ヶ月が過ぎ。
私は九歳になった。
誕生日当日はパーティーが開かれ、上級貴族(公爵、侯爵、伯爵の総称)のお歴々や、王宮の関係者の方々に祝っていただく。
今年は王宮の方々から妙に話しかけられて、前生では(なんでだろう?)と思ってたけど……。
なんのことはない。すでに裏で私とガウスト殿下の婚約話が進んでいるからだろう。
このパーティーで唯一前生と違ったのは……レナがずっと私の膝の上に居たがったこと。
もちろん私も大歓迎で、ずっとレナをだっこしてた。
――後半はちょっと足が痺れちゃってたけど、そんなの姉の意地と根性で我慢である。
この二ヶ月、私は剣の稽古よりレナを最優先にしてきた。
レナもそれを感じてくれてるのか、前生よりずっと懐いてくれている。かわいい。すき。
……王宮の方々は、話の最中も妹を離そうとしない私をどう見ただろう。
口では「仲がいいですね」「微笑ましいですね」などと言ってくれたけど。無礼だと思われただろうか?
それならそれでいい。ガウスト殿下の心証が少しでも落ちてくれるなら。
とはいえ不敬罪にならない程度に抑えておかないと、それはそれで死刑になるかもしれないので、加減が難しいところである。
†
そんな誕生日の、翌日。午前十時すぎ。
「今日から剣を握ることを禁止する」
お父様の執務室で、そう宣告された。
「また、今日から自分の周囲の管理をするように。
予算を与えるから、使用人の費用、衣服や装飾品、本や娯楽品など、自分自身に関するものの管理を任せる。私やお母さん、また使用人も関与しない。
とはいえアドバイスはいくらでもするから、遠慮無く聞きに来なさい」
我が国ではオーソドックスな貴族教育である。子供のうちからお金の動かし方を学ばせる。
「……管理についてはかしこまりました。ただ、剣を禁止される理由はなぜですか?」
素直に引き下がるのも不自然だろう。そう尋ねた。
「正式にガウスト殿下の婚約者候補の一人となった旨が、今朝伝書鳥で届いた。昨日のパーティーでの王宮関係者への受け答え、評判は上々だったらしいぞ。よくやったな」
――レナを膝に乗せてたのが、むしろ良かったのかな……?
まあ前生でもそこはクリアできてたので、関係はないのかもしれないけど。
「なので、これから教育科目が増えてくる。剣の稽古で疲れて勉強やダンス練習ができない、なんてことになっては困る。
これまでは子供の遊びと許してきたが、卒業の時が来たのだよ」
「ちゃんと体力を付け、両立できるようになってもダメですか?」
「ダンスと違い、剣は掌も硬くなるし、肩や腕に筋肉も付く。そうすると、手を取った相手を嫌な気分にさせるだろうし、袖の無いドレスを着た時に醜くなる」
「……ですがお父様。私は……」
一応、喰い下がってみる。
と、お父様は私の両肩をガシッ、と掴んできた。
「ルナ。我が家は今、一番有利な位置にいる。国内の他の公爵家は殿下と近しい年齢の娘がいない。
今のところ、殿下が心を寄せている女性もいらっしゃらない。
こんな好機はめったに無いんだ。
よほど陛下と殿下の機嫌を損ねなければ、ルナが選ばれるだろう。
殿下とは同い年だし、将来中央学園でも近づく機会は多くなる。我が国の女性の中でも、希有なほどに幸福な状況なんだよ」
前生では負けてしまった、お父様の威圧と説得。
――可哀想に。将来後悔してしまうというのに。
「だが剣を持つ女では、殿下や陛下、それに王宮にも認められないだろう。粗野で野蛮な女性と思われる。
どうか、ここは公爵令嬢としての幸せを掴んではくれないか」
前生ではここから数日説得されて、最終的に折れた。
トルスギット家が王家の傍流となれば、その影響は計り知れない。家族を、この家を、より良くしたいというお父様の気持ちは、今ならよく分かる。
分かるけれど……ごめんなさい、今生のお父様。
(その未来は、私の……ひいては、おそらくトルスギット家そのものの凋落に繋がるのです)
「お話は分かりました。それでは以後、剣の稽古はいたしません」
そう答える。
少し意外そうに目を見開くお父様。そして、安心したように微笑んだ。
――ふっふっふ。騙されましたねお父様。別に「はい」とは答えていませんよ。
あくまで『稽古』をしないだけで『素振り』はしないとは言っていない、というへりくつ。
「……すまない。分かってくれてありがとう」
お父様の目元が優しくなり、より笑みを深めた。
「お父様」
「なんだ?」
「今度は、人並みに親孝行できる娘になりますから」
「……言い回しが気になるが、ありがとう。嬉しいよ」
「気になされないでください。子供の言葉遣いですから」
それから自室に戻って、ポフッ、とソファに寝転がる。
さて。
前生どおり、剣の禁止を言い渡された。
これからは昼のレッスンや学業をこなし、予算管理をし、隠れて剣を素振りする、という時間割になるわけだが……
掌が硬くなったり、腕に筋肉が付くのは抑える必要がある。
そうでないと、いよいよ強制的にやめさせられるだろう。
――魔法剣の才能を使って、なんとかできないかな?
創造神は「『剣にまつわる魔法』と、『魔法にまつわる剣』を習得できる」と書いていた。
だが具体的にはどんなことができるのか、よく分かっていない。
魔法剣について書かれた本なんて、この2ヶ月探してもどこにもなかったのだ。
「うーん……」
アナライズの概要に書いてあった『魔法剣の範囲に限り、スキルや魔術の習得に時間を要さない』の部分がなにか使えそうな気はするけど……
もう一度よく考えてみよう。
――そもそも、掌が硬くなるのはなぜか。
剣を直接手に持ち続けるためである。
つまり、私は剣を直接手に持ってはいけないのだ。
直接持てないのなら……魔力を纏って、その上から剣を持ってはどうだろう。私の手は魔力しか握っていない、その魔力に剣を握らせる、という状態にすれば。
理論上は、私の掌は硬くならないハズ。
「できるかな?」
がばっ、と体を起こす。
そのままソファを降り、部屋の隅に立てかけてある訓練用の木剣を握った。
試しに右の掌にだけ魔力を纏うイメージ。MPを使い、全身の魔力神経に流し込み、掌に集めていく。
掌に負荷無く、でも剣はしっかり保持できるように。
――グレートボアの時に、魔力神経ができあがるまで魔力は使わない、ってお父様と約束した気もするけど……
まあ、このくらいなら平気っしょ!
右掌で、魔力が青白く光る。
左の人差し指で右掌をつつくと、人差し指には堅い感触が、右掌には柔らかい感触が、それぞれ返ってきた。
木剣の柄を握る。
同じように、掌には優しい感触。
体感でも掌に良さそう。
「おぉっ、良い感じかも?」
試しに軽く振ってみる。
うん、すっぽ抜けたりはしなさそう。
掌の負荷については……、どうだろう?
素手で持つより良い気はするけど、こればっかりはしばらくやってみないと分からない。
『掌の負荷を減らして剣を保持する』ことが魔法剣の範疇なら、多分問題ないのではなかろうか。
「んじゃ、とりあえず掌硬くなる問題はこれで試すとして。
次は筋肉が付いちゃう問題……」
筋肉が付くのは、筋肉に負荷をかけているからである。当たり前だけど。
ならば掌と同様、『体への負荷を減らして剣を振るう』魔法を使えばいい。
これは普通に魔法剣の才能の範疇だと思う。
創造神様も「筋力も、魔力で補助すれば補えるし」って書いてるし。
早速、魔力を右腕に纏ってみる。
筋肉の上に魔力の筋肉を作って、動きの補助をするイメージ。
その状態で、片手で素振りしてみた。
「おっ! すごっ!?」
普段よりもずっと軽い。全然腕が疲れない。これなら多少疲れた夜でも、無理なく素振りできそう。
「ふっふっふ。今生は勝ったわね」
誰もいないのに悪役みたいに笑っちゃう私。
掌の保護と筋力の補助を左腕にもかけて、両手で軽く振ってみた。
――いける。いけるわ、これ!
掌と筋肉問題もだけど、なにより無駄な力が要らなくなるし、稽古の効率も上がる気しかしない!
剣振るの楽しい~♪
「くっくっく……、はっはっは!
残念だったわねお父様! 私はガウスト殿下と結婚なんかしないのよ!」
――なら将来どうするのか、って話なんだけど。
女は騎士や兵士にはなれないし。
まあ、未来のことは追々考えるとして。
今はとにかく、不幸を避けることが最優先なのだ!
浮気されると分かってて婚約なんかしてやるもんか!
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