12歳-31-
翌日。
クラスで私達の班のダンジョン演習で話題が持ちきりだった。
ダンジョン演習の映像は教師だけでなく、映像室の魔術鏡で生徒も見学できる。
シャミア様やアリア様は特に大興奮で、「ルナリア様恰好良い! 美しい! 強い!」「これが白銀の剣花……尊い……」などと言っていた。
――ロマ戦の時は頭に血が上ってたから、微妙な気分になっちゃうけど。
ただ、今回の映像は一部編集され、ロマが聖女と分かる部分はカットされていた。
私達四人には箝口令(殿下には『お願い』の体裁)が敷かれ、ロマが聖女であることは秘匿されている。
そんな放課後。
エルザと合流するや否や、「ロマ・ラダゴリカ様の使いから、茶会のお誘いがございました」と言われた。
――『また今度、茶でも飲み交わしながら』とは言ってたけど、まさか翌日とは。
行動力ある聖女様だ。
相手は王族と同格の聖女様。まさか断れるはずもない。
呼び出された二階の201号室。
入り口に聖教会の法衣を着た女性が立っていた。
服装から『プリースト』と呼ばれる神官だろう。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、ルナリア様」
丁寧に中に通されると、プリーストが二人出迎えてくれた。
そして部屋の奥、ソファの上では足を組み、頬杖を突いたロマがソファに深く腰掛けている。
「急な呼び出しに応じてくれて感謝する。
あらためて明るいところで見ると、怖気がするほど美人じゃの」
私は跪いて右手を床に付けた。
「滅相もございません。聖女様のお呼びとあれば、いかなる時でも馳せ参じる所存です」
「……あん?」
「昨日は聖女様と知らず、大変なご無礼、誠に申し訳ございません。
私のような無礼者でもお招きいただく寛大な御心、胸が震えるほど感銘を受けている次第です。
挽回の機会を賜りましたこと、深く御礼申し上げます」
すると、ロマは目を細めて、
「……きっもちわる……」
と呟いた。
――流石にその反応は傷つく。
「やめやめ。いまさら上品ぶる必要ないわ。昨日と同じ言葉使いで良い」
「……聖女様と知った今、知らなかった頃に戻るわけには参りません」
――王族と同格ということは、ちょっとでも機嫌を損ねたら死刑にされるかもしれない。身を以て知ってるんだから、そりゃ肩肘も張っちゃう。
「こっちだって昨日のお主を知った今、鳥肌が立ってしゃあないわ」
「ご不快なお気持ちにさせて申し訳ありません。どのような手段を用いてでもロマ様のお気持ちの回復に全力を尽くさせていただきます。
なんなりとこの愚女をお使いくださいませ」
「本音は?」
ちらりとロマを見上げる。
右の太ももに押し上げられて、ぷにっとした左太ももがまず見えた。次いで、頬杖を突いてこちらを見下ろすロマの顔。
「ワシの気持ちの回復に全力を出すと言うなら、本当に、包み隠さず申してみよ」
――私を見るロマの表情が、どこかつまらなそうな、侮蔑するような……
そしてなにより、とても寂しそうに見えてしまって。
「……黙って敬語使われてろ、めんどくさい」
気づけば、本音を答えていた。
「たかが公爵家の娘が、聖女様にタメ口なんか利けるわけ無いでしょ。こっちの体面も考えなさい、世間知らずの箱入りが」
ざわつくプリーストの皆さん。
いつも通りなエルザとショコラ。
ロマはどこか嬉しそうに目を細めて、
「はははっ、結構結構。今後もそのようにワシと話すように」
さっきまでと別人みたいに、満面の笑顔だった。
「……昨日も思ったけど、変な聖女様ね」
私も釣られて笑みが零れちゃう。
「お主にだけは言われとうないわ」
そう愚痴るロマの表情は一気に生気を帯びて、心底嬉しそうだった。
ロマに勧められてソファに座る。
「魔力神経や体は大丈夫か?」
「うん。一晩ぐっすり寝たらいつも通り」
「それは重畳。……して、お主は何者じゃ?」
足を組み替え腕組みをし、ロマはソファにもたれかかった。
「何者……。トルスギット公爵家の長女だけど」
「んなこたぁ分かっとる。
極聖魔法は悪魔特効とはいえ、超高密度の魔力に違いない。それを斬り落とすなど、才能の一言では荷が重い」
「まあ、魔法剣については天賦の才があるわね」
なにせ創造神様から直接もらったんだから間違いない。
そこで、プリーストがお茶を私の前に置いた。
……法衣を着た女性に従事されるなんて、なかなかない。威圧感が凄い。
また別のプリーストは、お菓子を用意してくれる。
「プリーストとシスターの兼任なんて珍しいね」
プリーストは神聖魔法を用いた戦闘員だ。男性も女性もいる。
聖教会にはシスターという女性だけの職位があり、非戦闘員はこちらに就く。
また『聖教騎士団』という近接戦専門の組織もあるが、こちらは男性のみ。だから護衛には女性プリーストしか連れて来れなかったのだろう。
「兼任させた覚えはないんじゃがな。茶など自分で用意できるっちゅうのに、『お茶汲みなどさせるわけにはいかない』と譲らん」
ロマが愚痴る。
「当然でございます」
泰然と答えたプリーストは、どこか雰囲気がエルザに似ていた。
「この調子じゃ。シスターを用意しようと言っても、護衛を減らすわけにはいかない、自分達がやればいい、と言って聞かんのよ」
「この三人はロマ様のご入学前から訓練を積んで参りました。万が一ご無礼がございましたら、どうかご指導ご鞭撻いただければと存じます」
プリーストのお姉さんが頭を下げる。
「大丈夫ですよ。この中で一番礼儀がなってないのは聖女様本人ですから」
そう言うと、プリーストのみなさんが口元を抑えて小さく笑った。
「んなこと言ったってしゃあないじゃろ。礼儀なんぞ学ぶ前に悪魔と戦っとったんじゃ」
――そういえば、聖女に就任したのが6歳だっけ。
簡単に言ってるけど、凄まじい人生だったんだろうなあ。
「そんなことより。ワシが昨日の今日でこの場を設けたのは他でもない。お主を見極めるためじゃ」
「まあ、そうだろうね」
「お主が気に入った。是非友誼を交わしたい。が、この三人や聖教会の大人達は警戒しとる。『単独で聖女を撃破しうる12歳の子供など、どこぞの刺客でないか』とな」
プリースト達は三者三様にロマを見る。
一人は「仰るとおり」、一人は「なんで言っちゃうの!?」、一人は「やっぱ言っちゃったかぁ」、といったところ。
「……なら、私の身辺も調べたでしょう?」
「無論。お主は誠に裏表無い、模範的な貴族令嬢じゃった。
が、今後はどうなるか分からん。王宮と聖教会は微妙なバランスで成り立っとる。お主が王妃になれば、それが一気に崩れかねん」
「ああ、そっか、そっちからするとそれも懸念点なのか……」
――そっちは全く心配いらないんだけど……まさかここまでの本心を言うわけにもいかない。
「そういう諸々を警戒した上で、『仲悪くなるよりは、仲良くなっとけば良い』がワシの結論じゃ」
「だからタメ口にこだわったんだ」
「あれは本心よ。仲良くなりたいこと自体、本心じゃ。生まれてこの方、同世代の友人なんてできたことないし、欲しいと思ったこともない。
……お主に出会うまではな」
6歳から聖女となると、普通の友情を築くのは難しいだろう。
暗殺狙いの年少兵が『友人候補』として送り込まれた過去があっても不思議じゃない。
「というわけで、どう表現しても脅迫の要素が含まれてしまうのは自覚しておる。
それを承知で、嫌だとしても、しばらくは友情ごっこに付き合ってくれ」
「うーん。まあ、分かったわよ」
「済まぬな」
――多分、勘違いされてる。
私が嫌なのは、友情『ごっこ』の方だ。
でも彼女は、『友情』ごっこだと思ってるんだろう。
でもまあ、その小さなすれ違いは、いくら言葉で繕っても仕方ない。
一度も友が居なかったという彼女にそれを教えるのは、説明という手段では無理だろうから。
――ゆっくり、時間をかけて叩き込んであげるしかない。
私という人間の欲深さを。
私がどれだけ、女の子との友情に飢えているかを。
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