12歳-29-
走り出す。
魔力剣は各々(おの)その光線を防ぎ、弾き、斬り、私が走り抜ける道を作り出してくれる。
「まさか、全部を自律させとるのか!? どんだけ化け物じゃ……」
「女の子相手に化け物とか言うな! そっちも大差ないくせに!」
光線を掻い潜りボス少女に近付く。
と、光球群は直接私に襲いかかってきた。
振り払おう……とした瞬間、次々と爆発し始める。
「くっ!?」
咄嗟にガンガルフォンを盾にするも、全ては防ぎきれない。爆風で吹き飛ばされた。
地面に二回、三回と転がされた後、その勢いで膝立ち。
制服の端々が焦げていた。
=============
・右手装備 ガンガルフォン+11
=============
再度+30までエンチャント。
「魔法を撃ったのが不思議だったが……そうか魔法剣か。なかなか面白いモノを使っておるな」
「……どーも」
「今ので無傷となると、重ね掛けは基本装備と見える。こりゃ、普通にやってたら埒があかんな」
ボス少女が再び浮き上がる。
5メートルほどの高さに留まると、その場で膝を抱えて丸くなった。ほとんどお尻まで見えちゃう。
その小さなお尻に見とれる暇も無く、背筋が寒くなるほど夥しい魔力が展開。
周囲にキラキラと、まるで雪のような魔力の欠片が舞い始める。
「はあっ!」
ボス少女が一気に両手両足を伸ばした。
その衝撃波に、思わず顔を庇う。
再びボス少女を見ると、背中に巨大な黄金の魔法。
左右に四本ずつ、計八本。
これまでの魔法と比較にならない威圧感。
チリチリと肌に痛みが走り、制服のところどころに裂傷が付き出す。
――マジの化け物じゃん、この人……!
ボス少女はゆっくりと目を開けた。
その瞳は内側から溢れる魔力で青く光り――綺麗ですらあった。
「これは出さんつもりじゃったが、加減できる相手でないことはよう察した。悪く思うなよ、白姫」
全く悪びれた風も無く、犬歯をむき出すボス少女。
「聖光八翼……!? まさか、貴女は……」
殿下がダン様に起こされながら、びっくりしていた。
「その名を知る者が居たか。……全く、これを翼と呼ぶのは歪じゃろうに」
背中から生えるそれは、広げた瞬間は確かに翼に見えなくもなかった。
けど……翼にしては細長く、羽根も無い。
尖った先端に、間接部分。それは、むしろ……
「正しくは聖光八足。蜘蛛の足を模しておる。翼などと、周りの大人が勝手に吹聴しとるだけじゃ」
背中から巨大な光る蜘蛛足を生やした少女は、ダンジョンという非現実的空間においてなお、異質な存在で。
「『博智の蜘蛛』とはワシのこと。翼など片腹痛し。
巣を張り、獲物を捕らえ……貪るが、我が本懐よ」
そう、楽しそうに舌なめずりをして笑った。
「……別に、どっちでも良い」
エンチャントをかけ直す。ピリピリと軽い痛痒。
「私達を騙した敵を倒すだけよ」
魔力剣を10本追加。普段よりMPを3倍消費し、どれもガンガルフォンより大きい。私は『大魔力剣』と呼んでいる。
ドーズ先生との再戦に向けて密かに開発した、強化版魔力剣だ。
「ルナリア嬢、彼女は……」
「小僧。そこから先は内緒じゃ」
なにか言おうとした殿下をボス少女が止める。
――なにやら殿下が心当たりある人物らしいけど……
「……貴女は、教師とグルになってハメた、ここのボス。今は、それで充分よ」
「くくくっ、いかにも。それ以上でも以下でもない!」
魔力の足場を作り、それを蹴り繋いで空を跳ぶ。
――二年前、ショコラのアドバイスで思い付いた乗り継ぎ作戦だ!
「空中戦もできるか!」
八本の光足VS十本の大魔力剣。
が、抑えられた光足はわずか二本。六本が私のもとへ。
一本目をガンガルフォンでいなし。
二本目は一本の勢いで回転して回避。
三本目は側面を蹴って逸らして。
四本目を弾いたと同時に、五、六本目が左から同時に襲いかかった。
五本目はなんとか剣で防ぐが……。
六本目が左腕に直撃。
撃鉄に叩かれた弾丸のように空中へ放り出された。
「ぐぅっ!」
すぐに足場を作って、その上に両足で着地。ズザザー、と滑る。
「おっかないおっかない。あとちょっとでお主の攻撃圏内じゃったな」
粉々になった大魔力剣の残滓が舞い散る中、ボス少女が楽しそうに微笑む。
補助魔法越しだったとはいえ、左腕はビリビリと痺れが抜けない。しばらく動かすのは無理そうだ。
おまけに大魔力剣もほとんど通じない。
戦況は絶望的。
戦力差は圧倒的。
――そうなると、まあ、やっぱりそうなるね。しょうがないね。
「……毎度おなじみ。ゴリ押しの時間よ」
エンチャント。もう数なんか数えない。
ガンガルフォンの纏う魔力が際限なく増幅していく。流石、補正S+∞。
「無理するな。ぱっと見、負荷50%は超えておる」
「ご心配なく。1000超えても死ななかったので」
「1000!? ……なるほど、無彩の体は、そういうことか」
「もう後戻りできないわ。騙されて、引っ叩かれて、今更大人な対応できるほど人間できてないから」
「短気じゃのう。そんなんじゃ嫁の貰い手もおらんくなるぞ」
「知ってるよ。……文字通り、死ぬほどね」
トントン、と靴の爪先を叩いて整える。
小さく息を吸って、足の補助魔力を全力に、再び駆け出した。
=============
・右手装備 ガンガルフォン+114
=============
光足が伸びて襲いかかる。
――助かる、その迂闊!
まだ私を格下だと侮ってくれてるらしい。ホントありがとう。
切っ先で逸らして、先ほど同様に体を回転。
その関節に、遠心力たっぷりにガンガルフォンを振り上げた。
「なにを……」
魔力と魔力がぶつかる鈍い激突音。
光足が邪魔して、本体にたどり着けないのなら……
――一本ずつ、ぶった切ってやればいいだけの話!
「やああああああああああああああ!」
とんでもない抵抗力。ちょっと気を抜くとガンガルフォンがすっぽ抜けそう。
全力で握力と膂力の補助魔法を展開し続ける。
「……そうか、魔法破壊狙いか。馬鹿なことを。腐っても天女の加護、叶うわけないぞよ」
ボス少女が言い終えるか否かのところで、バシュッ、と音がして抵抗感が消えた。
光足の反対側へ通り抜ける。
「なっ、なんじゃと!?」
急いで足場を作って着地。
振り返ると、光足の半分が地面に落ち、ドゴン、と石床を砕いた。
「……まず、一つ」
=============
・右手装備 ガンガルフォン+7
=============
――100ちょっとじゃギリギリだったみたい。
エンチャントをかけ直す。
=============
・右手装備 ガンガルフォン+161
=============
魔力神経負荷は58%まで上昇。
パルアス戦より魔力神経も強くなっているし、なにより慣れたのもあるのだろう。予想よりは負荷の上昇率は高くない。
――うん。これなら、勝つまでなんとか保ちそうだ。
再びボス少女に向かう。
「ちぃっ!」
ボス少女がこちらに光足を差し向けた。
先ほど同様の波状攻撃で、間断なく攻撃を仕掛けてくる。
――我慢の時間。
避け、逸らし、躱し、いなし、弾く。
防御に徹すれば、そんなに難しいことではない。
そうしながら淡々と次の狙いを待つ。
「くっ、小癪な……」
こうなると、我慢の時間は相手も一緒。
直前に一つ光足を壊された彼女の方が、メンタルは不安かもしれない。
「もう堕ちよ、白姫!」
左右からの二本同時襲撃。
「はっ!」
すぐに左側に護法剣を展開。
同時に、ガンガルフォンを右の光足に向けて振り上げた。
「残念じゃったな」
その瞬間、ボス少女がもう一本、防御に回していた足を正面から伸ばしてきた。
――二本同時ではなく、実は三本同時襲撃。
それが私のこめかみに突き刺さろうと……
「こっちのセリフよ」
した直前、左の光足が正面の光足の側面に突き刺さる。
そのまま、二本とも上方向に逸れていった。
――護法剣は、光足を防ぐためではない。というかそんなの無理だって分かってる。
だから、その進行角度をほんの少し、ずらすためだけ。
一本より二本、二本より三本、という思考は分かりやすくて、むしろ可愛くなってきた。
困ったらゴリ押しな私と、思考回路は似てそうだ。
「馬鹿な、こんなことが……」
「これで、二つ」
右の光足、人間の足で言うふくらはぎの辺りを叩き斬る。
エンチャント数を増やしたおかげで、今度は簡単に両断できた。
=============
・右手装備 ガンガルフォン+69
=============
次は200までエンチャントをかけ直す。
魔力神経は77%。
ズキズキと焼き付く魔力神経に、むしろ懐かしさすらこみ上げてきた。
――冷や汗を流す側と、獰猛に笑う側。
いつの間にか、その立場は逆転していたみたい。




