12歳-28-
霧を抜けた先は、巨大な石造りの部屋。
天井は裏山の頂上を遙かに超える高さで、幅と奥行きも裏山をすっぽり覆えそう。
天井の石が光を放ち、視界は明るい。
――こんなに大きな部屋……ボスはガーゴイルとか、大巨人とかかな?
今のところボスらしき姿は見えない。
「ほう? 四人揃ってここまで来たか、準一年の坊主ども。なかなか見所があるじゃないか」
女の子の声が、部屋中に反響して聞こえた。
同時に淡い光を放つ少女が一人、ゆっくりと宙を降りてくる。
3メートルほどの高さで静止して、こちらを見下ろした。
「……なぬ? 女子? これはこれは……今年の準一年のトップは、なかなか変わり種じゃのう」
少女は何が面白いのか、獰猛に犬歯を剥き出す。
「まあ何はともあれ、よくぞこのダンジョンの最奥に辿り着いた! ワシがここのボスじゃ。まあ、今日限りじゃがな」
両手を腰に当て、胸を張るボス少女。
――とても親近感を覚える体型だった。
年齢は14か15歳くらい。
よく手入れされた、艶やかな蒼い長髪。
ぷるぷるなスカイブルーの瞳は、私達を……これから蹂躙する獲物を値踏みするように、不敵な虹彩を宿していた。
荘厳で豪奢な白いワンピースは微かに光を発して、まるで本物の天使みたい。
「いやはや、ワシの出番が無いかとヒヤヒヤしたが、杞憂で良かったわい」
見た目にそぐわない古風な喋り方で、年齢不相応にコキコキと首を左右に曲げる少女。
――アナライズ。
パァン!
瞬間、ボス少女の目前で魔力が弾けた。
「ぬおっ!?」
(アナライズできない!?)
ほぼ同時に驚く私達。
「なんじゃ、今のは……鑑定スキルでもかけられたか?
全く発動に気づけぬとは。
……どうやら化生が混じっておるな」
――12歳(中身プラス14歳)の女の子を捕まえて化け物呼ばわりは酷くない?
と言いたいけど、まさか本当に言うわけにもいかない。
「まあ良い、今に分かるじゃろう。それじゃ、ボス戦開始と行こうか!」
右手を真上に掲げて、掌に魔力を収束し始める。
「皆さん下がってください!」
ゼルカ様が前に出、結界魔法を展開した。
「前に出る勇気は良し。褒美にど真ん中にくれてやろう! 頑張って防げよ、娘!」
振りかぶって、ゼルカ様に直接魔法を投げつけるボス少女。
ゼルカ様の結界の正面に、魔法球がぶつかる。
「……?」
だが、何も起きず。球は結界の前に留まった。
「なんだ……?」
と殿下が呟いた――瞬間。
渦巻くように、急激に球が拡大。
暴力的な光の竜巻は結界を破壊し、全員を巻き込んでいった。
「うわああああああ!」
全員がバラバラの方向に吹き飛ばされる。
私は霧の門にぶつかり、背中から地面に落ちた。
「そうそう、言い忘れた。お主らが入ってから、この部屋に結界を張っておる。
この結界の中ではフリップフロップは発動せん。故に、タリスマンの許容を超えたダメージは、そのまま体に行くから気をつけるんじゃぞ」
起き上がって周囲を見る。
ダン様は右の床に、殿下は左の壁際に、ゼルカ様はボス少女の向こう側に、それぞれ倒れていた。
「……くっ……!」
霧の門に手を付いて立ち上がる。
首から下げたタリスマンを見ると、黒くくすんで形代効果が切れていた。
ドーズ先生の説明では自動転送されるハズだけど、私の体はまだここにある。ボス少女の言うとおり、自動転送機能が封じられているんだろう。
「ボスを倒すつもりで入ってきたんじゃ、問題なかろう? 安心せい。殺しはせん」
言いながら、ボス少女が地面に降りた。
右手の人差し指で指される。
ゾクッと嫌な予感がして、とっさに横に飛び退いた。
一瞬前まで私が手を置いていた箇所がバチンッと音を立てて、光の粒子を散らせた。
「じゃがもし『授業だしとりあえず入るか』と安易に踏み入れたのなら見当違いじゃ。
授業だからこそ、無謀へのしっぺ返しは教えねばならん。転送して、はい終わり、じゃ勉強にならんからな」
無造作に下手投げで放られた光魔法。
途中で十数本に分岐して、回避方向を絞らせない。
「くっ!」
――魔力剣、20本展開!
ドーズ先生の縛りを破ることになるけど、背に腹はかえられない。
光線に魔力剣をぶつけて消していった。
が、魔力剣を掻い潜ってきた光線が私の元へ。
――エンチャント、+10!
ガンガルフォンで斬り落として、光線を全て凌ぎきる。
「……ふむ、化生はお主か」
顎に手を当てて、楽しそうに笑うボス少女。
魔力剣を再展開。とりあえず50。属性は全属性をバラバラに。
エンチャントも+30。
「見事な魔法展開じゃ。
見目も、ため息がつくほど愛くるしい。こんなに美しい無彩者は初めて見た。……それが猛者となれば、なおさら、な」
それを言ったらボス少女も美少女だし、女子にしては強すぎる。
「……貴女こそ。道中の敵と比べて強すぎる。最初からこのダンジョンをクリアさせないつもりだったのね」
「然様。貴族社会という狭い世界で育ってきた小僧小娘に、地べたの味を覚えさせるための謀よ」
周囲に無数の光球を浮かばせながらボス少女は答える。
球の群れはくるくると衛星のように旋回していた。
「……地べたの味なら、散々味わってきたわ。確かに、なかなか感慨深い味ではあるかもね」
「自身の未熟を知り、それでも立ち上がるときに噛み締めている味じゃ。戦いに携わる者は特にな」
最初は牢獄で、その次はショコラとの特訓で。
どちらも確かに、成長の瞬間に味わっていたと言えるかもしれない。
「状況は分かったし、この学園の教育方針も納得はできる」
「理解が早くて助かるわい」
「だからって、騙されたことを許せるかは、また別の話よ」
ガンガルフォンを構える。空気と擦れた三十重の魔力が、青い電気のようになって刀身を駆け巡った。
「ムカつくものは、ムカつくのよ!」
「それはまた、仕様あるまいな」
ボス少女は可愛い笑顔で……見方によってはニヤニヤして言った。
「力でねじ伏せることを教育と言い張るなら、その子供に力でねじ伏せ返されることもある、って教育し返してあげるわ。お姉さん」
「くくくっ、お主の場合それが大言にならんから困ったもんじゃ」
ボス少女が右腕を真横に振る。光球群が一斉に真横に並んだ。
「大いに結構。やってみんしゃい、白の姫。このワシ相手にまかり通せるならな!」
魔力球群が、同時に無数の光線を発射し始めた。




